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この宿は出ることにしました。

「さっき助けてくれたの、デス?」

『止まり木』の部屋に戻って、デスをテーブルに置いて一息整えてから問いかけた。

「驚かせたか。」

「うん、ちょっと驚いたけど、怖くはなかったよ。デス、人形から出られたんだね。」

「いや。緊急時のみだ。」

「なんかそれって……。」

「気にするな。前よりは楽なんだ。」

「前?」

「喉は大丈夫か?」

「あ、うん。大丈夫!」

「そうか。」

「うん。ありがとう、デス。人間て怖いね。」

「ふ、まなも人間だろうが。」

「そうだね。あは。」

 まなはデスを抱き寄せその体に顔を埋めて泣いた。

「……よしよし。」

「ふは、何それ。」

「撫でられないから代わりに声で。」

「あはは。」

「泣くか笑うかどっちだ。」

「笑う方にする。」

「ふ」

「スープか何かもらってこようか。夕食まだだし一緒に飲もう。」

 涙を拭って、優しいデスに何かしたくなった。バッグの袋から金貨を一枚出してポーチに忍ばせる。


 一階のミリさんのところへ行くと、帳面でもつけているのかな?

 カウンターの椅子に座って忙しそうだった。

 辺りは香ばしく、道行く人も思わず立ち止まりそうな食欲をそそる匂いが立ち込めていた。

 朝は優しく夜はがっつりだね。夕食も美味しそう。


「すみません。」

「あ、はい!」

 ミリさんはペンを置いて顔を上げ、にっこり笑って答えた。

「夕食ですか?」

「うん。おススメセットとスープもつけてください。」


 カウンターの横には、鳥系魔物の肉や、近海の魚の燻製も並んでいて、冒険者が持ち歩くのに好評とかで売っていたので、それも一緒に注文した。

 バッグに入れておいて、必要な時に使えそうだよね。

 スモールハウスを出せば料理もできるし。確かカタログで買った時、調理台とか生活に必要なものは揃っていたと思う。


 金貨を出すと、ミリさんは一瞬驚いたがすぐにいつもの顔に戻って、お釣りを用意して渡してくれた。

 金貨って、簡単に出すものじゃないんだね。

 なるべく高いお店で金貨を崩して、普段は銀貨までが安全かな。それか、他にも何か手があるかも。


「ありがとうございます。部屋で食べるのでよろしくお願いします。」

「はい。すぐに持っていきますのでお待ちください。」

 ペコっと頭を下げて部屋に戻る。


 明日の朝早くこっそり出よう。


 部屋に戻り、夕食が届くまでの間カタログを開いた。

 これからは自分の身を守ることをしっかり考えなくちゃ。どこか浮ついていたみたい。

 ここは異世界。

 護身用に手に入れた短剣のこともすっかり忘れていたし。


 短剣は、ちょうど今日買ったベルトポーチのベルト部分に短剣を差込めそうな作りになっていたので、そこに挿したらぴったりだった。

「短剣仕様になっていたのかな?」


 あとはカタログで勉強。

 多分このカタログは、この世界で使える物が載っていると思うの。そしたら自ずと分かるんじゃないかな、この世界の事が。


 ページをめくって行くと、まず武器が載っている。

 神様のところで見たような豊富に武器が並んでいるのをみると、この世界ではみんな普通に持っているんじゃないかな。そして武器が必要な世界。


 武器のページを飛ばすと、装備品。私が着ている服は何の加護もない普通の、丈夫な服ってだけ。

 このページに載っている服なんかは、魔法攻撃ダメージ減少効果ありとか書いてある。

「スピードアップだって。これ着ると逃げる時早くなるんかな?」

「そうかもな。」

「加護付きって高いね、ポイント。」

 スピードアップの装備品上下セットで五百ポイントとなっている。

「これ買ったらもうポイントなくなっちゃうわ。」


 ページをめくっていく。

「アクセサリーもいろいろ効果付きとかあるねえ。さっきの街を歩いていた時、みんなこういうのつけているのかチェックすればよかったね。」

「明日から観察すればよい。」

「うん、そうだね。」

 本当に色々ある。魔法も使われているんだ。まだこれといった魔法見てないと思うんだけど、街の外に出ると必要になるのかな。

 そういえばこの宿の明かりも自動でついているけど、どういう仕組みになっているのかな。


「食材も載ってるよ。」

 この世界の食べ物はこれで分かるね。野菜、果物はどれも馴染みあるものが多くあったけど、見たことがない食べ物もあった。


 肉は……魔物??

「えっ、肉って魔物なの?」

「そうなのか?」

「うん。食材になる魔物一覧って書いてある。」

「……まあ、私は食わないからいい。」

「ま、まあ、元の世界でも豚とか牛とか、それと同じよね。」

 でも、カタログに載っている魔物を見ると、顔がすごい。ザ・魔物。これを食べるのは……。

 でも見た目が動物に近い体型の魔物なら何とか食べられるかな?


 魔物のページを進めていくと、魔道具のページがあった。

 指輪、ネックレス、杖、輪っかになったもの、首輪、葉っぱ、石、宝石のように綺麗なものもある。

 よくみると、使い捨てタイプと繰り返し使えるものとあるみたい。

 身を守るのに良い魔道具はあるかな。

 パラパラとページをめくりながらチェックしていく。


「む、まな、来るぞ。」

「分かった。」

 デスの声に慌ててカタログを閉じる。

 しばらくすると、ドアをノックする音がして、ミリさんが夕食を運んで来た。

 いい匂い!デミグラスソースみたいな香り。

 テーブルに置かれたそれを見ると、ちょっと固まってしまった。


 肉だ。


 肉の塊がシチューのど真ん中にデンと構えている。

「あ、あの。これ、肉ですか?」

「はい!冒険者に大人気なんですよ。オークのシチュー。」

 オーク!

 さっきカタログで見たイノシシみたいな顔の魔物!

「ではごゆっくりどうぞ」


 ミリさんが部屋から出た後、シチューをじっくりながめた。

「これ、オークだって。」

「うむ。」

「でもすっごいいい匂い。」

「そうだな、匂いは悪くないな。」

「猪と思って食べてみようかな。あ、デスのスープこれね。」

 スープをデスの近くに寄せる。

「見た目野菜スープだけど、独特な香りがするね。なんだろう?」

「うむ。香草だろう。」

「オークのシチューも、長く煮込んだみたいで、お肉がとっても柔らかいわ。」

 フォークを指すとほろほろと崩れたお肉は、生臭さもなくしっかりとスープが絡んでいて美味しかった。少し牛肉と似ている。

 添えられていたパンは少し硬かったけど、素朴で自然な味がして悪くなかった。サラダは根菜のような物が蒸してあって、こってりしたドレッシングがまた美味しい。

 デスはきっとスープの香りを楽しんでいるのだろうけど、見た目は人形だから、お供えしているだけのような感覚だ。デスも一緒に飲めたらいいのに。


 オークのシチューをどんどん口に運んでいく。

 お肉の味は知っているものとはちょっと違うけど、全然違和感がなくてよかった。食文化は大丈夫そうだ。


「デス私ね、明日の朝早く、ここを出ようと思うの。急だけどいいかな?」

「大丈夫だ。」

「うん。」

 もっと自分で生きていけるように頑張ろう。元いたところではネットでなんでもできたけど、ここではそうはいかない。カタログがあるけど、ポイントを貯めないといけないみたいだし、とりあえず生きていけるようにはしておきたい。


 あと極力金貨は見せないようにしたい。

 ここは、ファジール案内所で紹介してもらったから、またここに変な人が来るかもしれない。

『止まり木』は本当にいい宿だと思うし、ミリさんもいい人だったけど。


 あと、まずは情報収集と観察。自分の身の振り方。

 そうそう、本屋さんとかあるのかな。魔物とか食材の本くらいは、カタログより買った方が使いやすそうだし。紙が普通に使われているみたいだからありそうだけど。

 そうだ、さっき買った地図に載ってるかも。

 あと、さっきカタログでチェックしたアレを……。


 夕食を綺麗に食べ終えた。ご馳走様でした。

「デスのスープもらうよ?」

「うむ。」

 デスのスープを飲み干して片付ける。


 先ほど見ていたカタログを召喚して、魔道具のページを開いた。

 さっき気になったもの。これこれ。『隠密』の魔道具。

 人に気づかれにくくする魔道具のようだ。見えなくなるわけではないが、認識しにくくなるらしい。

 これ、街を探索する時は便利だと思う。

 特に何の対策もできていない今の私には身を守る物になると思う。

 さっきみたいに襲われた時に、戦う道具を使っても対処できないと思う。経験が足りないし。

 それよりも今日みたいな状況を避ける方が遥かに安全よね。


 ポイントは、五百。使い切っちゃうなあ。

 カタログの表紙を見る。あれ?

「デス、ポイントが七百になってるよ!」

 朝見た時は確かに五百ポイントだったのに増えている。

「ポイントが増える事をしたってことよね。何だろう??」

「今日は初めてのことが多すぎて絞れないな。」

「そうだね。明日は時々チェックしてみようかな。」

「うむ。」

「そうそう、デス。この『隠密』の魔道具を買おうと思うの。」

「隠密か。なるほど。」

 どうやって買うのかな。


「神様、この『隠密』の魔道具をポイントと交換してください。」


 声に出して言ってみる。

 すると本がほんのり光って『隠密』の魔道具が具現化されるように現れた。

 表紙を見ると、数字は二百に減っている。


『隠密』の魔道具は革紐に黒い勾玉みたいな石が付いていて首から下げられるようになっていた。

 カタログによると、黒い石に『隠密』のスキルが書き込まれていて、身に付けるだけで薄く効果があるらしい。はっきり姿を隠したい時には石を握って魔力を込めれば、対象者から『消える』ようだ。

 五百ポイントもしたんだから、きっと効果はいいんだと思うの。


 首にかけてみた。すると石に青い文字のようなものが一瞬浮かんで消えた。

「発動しましたって感じなのかな。」

「そうだな。魔力がまなの身体を包んだのを感じる。」

「へえ。魔力って、わたしにはないのかな?あるのかな?デス、分かる?」

「魔力のコアみたいなものは感じるが、自由自在に使えるという感じではないな。」

「へえ、魔力のコア?」

「身体の中心に例えば球体みたいな、魔力のコアがあるんだが、普通はコアに揺らぎがあって、波動で全身または身体の一部に魔力を巡らせて、魔法を発動する。だが、まなのコアは静かで揺らぎがないからよくわからないな。」

「すごいね、デス。そんなの見えるんだ。」

「一応元死神だからな。」


 そして翌日の朝、私たちは、急に引き払うことになったお詫びの手紙を置いてそっと『止まり木』を後にした。

読んでくださってありがとうございます。

少しずつ一歩を踏みだすまなに、人形のデスです。

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