バッグを狙われました。
ファジール協会から外へ出ると、早いものでもう日がオレンジ色に変わって街の向こう側へ沈み始めている。
街も人もオレンジに染まり、商店街は店じまいを始めている。夜間もお店を開けるという風習はなさそうだ。帰る家がある幸せを無意識の中でかみしめつつ、それでも疲れたようにいそいそと帰路につく。
デスを抱き直し、沈みゆく夕日を見て、少し歩みを早めながら来た道を戻る。
そういえば1日の時間ってどうなってるのかな。
太陽が昇って沈んで夜が来る。当たり前に思っていたこともここでは違うかもしれない。
足元から伸びる黒い影法師が、歩く道を我先にと伸びていく。その影法師から視線を前に戻すと、ガタイのいい男が三人ほどかたまって立っていた。
三人ともにこにこしていたが、ただならぬ雰囲気を漂わせている。
歩みを止め、デスをギュッと握りしめる。恐怖が足元から昇ってくる。周りにはいつの間にか人がいなくなっていた。
「今晩わ、お嬢さん。」
ニヤニヤと笑いながら、一人が歩み寄ってくる。
「今晩は。」
視線を右に左に走らせながら答える。頭の中は、この状況をどう打破するかフル回転させることでいっぱいだ。
「俺たちさあ、冒険者なんだけど、財布を落としちゃってさあ。今日困ってるんだわ。ちょっと宿代だけでも貸してくれないかなあ。次会ったら返すからさあ。」
げへへへと後ろの二人が笑う。
「今これくらいしか持っていません。」
ベルトポーチから残り少ないお金を出して差し出した。少し手が震えている。
「ありがとう」
男はそう言って掌からお金を掴み取っていく。手が触れた時嫌悪感が湧き上がってきたが耐える。
「でも、これじゃ足りねえなあ。そっちのバッグには入ってないのかい?」
まなはハッと顔を上げて男を見る。三人はへへへとにやけている。
「空っぽです。まだ何も買っていないので。」
ギュッとバッグの肩紐を握りしめる。
「じゃあ、そのバッグでもいいぜえ」
そう言って男が手を伸ばそうとした時、ダッシュで来た道を戻り走り出した。
「待て!」
「おい、間違いない。あのバッグだ。」
「早く捕まえろ!」
必死に人気がある街の方へ戻っていくが、運動不足が祟って、だんだんその速度が落ちて、ついには捕まってしまった。
片目から涙を流しながらゼィゼィと息を切らす。
「お嬢さんー、なんで逃げるんだい。困っている人を助けなさいって教えられなかったかなあ?」
そう言ってニヤニヤ笑いながらバッグを引っ張る。
「やめて!」
必死にバッグにしがみつくが、力の差は歴然であっさりと奪われてしまった。
「この中に金貨袋があるって、本当か?」
別の男が興奮したように言う。
ハッと顔を上げる。金貨袋?
「残念だったなあ。ミシュアは俺たちの仲間でね。へへ。」
「おい、開けてみろよ。」
「ああ。」
我慢できないようにバッグのフタを開ける。
「あ?」
「あ、どうした?」
「何も入ってねえぞ?」
「まじか?」
「おい、金貨袋はどうした?」
先ほどまでのニヤニヤ笑いは消え、脅すように顔を近づける。
「金貨袋なんて持っていません。私なんかがそんな大金持っている訳ないじゃないですか。」
「なにぃ?」
「おい、兄貴、ミシュアの勘違いじゃ?」
「いや、ミシュアは金のことを間違えねえ。それに、このお嬢さん、さっき反応したよなあ。」
そう言って服の胸ぐらを掴んで持ち上げられ、どこだと凄んでくる。
息苦しくなって、ううっと呻き声が漏れるが男は力を緩めない。
苦しい……。服が少し破れたのか、どこかでビッと音がする。
こんなところで……終わるのかな……。
その時。
まるで地の底から囁くような冷たい声が上から降って来た。
「死ぬか?」
冷たい、冷たい、足元から血が凍っていくような恐怖が、じわじわと男を包み込んでいく。
「っ、あ?」
男は底知れぬ声に少し怯えながら振り向いた。
男の目の前に、ゆらゆらと黒い陽炎が漂う妖気を纏ったような刃物が突き出されていた。
「ひっ」
それは大ガマだった。刃の部分がスーッと目先から下げられ、ピタリと首の根元で止まる。
男は掴んでいる両手から力が抜けていき、ついには手を放した。
うう……誰……?
朦朧とした意識の中で見上げると、先ほどまで私をつかんでいた男がガタガタと震えていた。
他の二人も恐怖で腰を抜かして震えている。
絶対的な死。もう逃げられないと絶望するような深い深い恐怖。
声を発することもできずに男たちは震え、その視線の先には黒ずくめのフードを被った者が、大ガマを悠然と構えていた。
その姿は、この世のものではない何かを思わせる佇まいだった。
フードがゆっくりと顔をあげる。
男たちは慌てて目をギュッと瞑りこの顔を見ないようにしながら震えた。
腕も脚もガタガタ震えが大きくなるが、下手に動けない。
不意にフードを被った者が消えた。
「ごほっ、ごほっ!」
「ひっ!」
思わず咳き込んだら、男たちが怯え固まる。
咳き込む喉を抑えながら、バッグとデスを抱えながら何とか立ち上がると、男たちは慌てて土下座をしながら喚く。
「許してくださいっ! ごめんなさい、ごべんなさいっ!」
その様子に訝しく思ったが、震える男たちを横目に、急ぎその場を離れた。
数日後ファジールの冒険者の間では、死神少女という二つ名が密かに知れ渡ったが、その名を発信した男たちはファジールから消えて、誰も真相を知ることはなかった。
異世界は危険もいっぱいです。
いかに安全にスローライフを送るか。まず第一の課題かな。