ファジール探索始めます。
まなは、デスを右腕で抱えて宿を出た。
朝食美味しかった。異世界の食べ物だからちょっと不安があったけど、ちゃんと美味しかった。
受付のミリさんのお父さんが料理をしているみたい。
バケット、豆と野菜を煮込んだような料理。そしてサラダ。濃厚なドレッシングが美味しかった。
デスも野菜スープの香りを楽しんだみたい。
飲めたらもっとよかったね。自分の食事が終わった後にデスのスープを飲んだ。捨てるのはもったいないし。
まずはお金とか、バッグに入れずに使うものを入れる小さいバッグか財布を買いに行って、それから、ファジール協会に行ってみる予定。
ミリさん聞いたら、ファジール協会は町の中心にあって、最新情報が張り出される掲示板や、色々なところからのチラシが豊富にあるらしい。情報が一番集まるから、と場所も宿の地図で大まかに教えてもらった。
通りを歩いて行くと、真上の太陽の暖かい光が降り注いでいて過ごしやすい。ここが地球じゃないなんて不思議。 日本と変わらない空だけを見たら、異世界ということを忘れそうね。
宿から歩いて数分もすると、木造の建物がますます目立ってくるようになった。
商店街のように所狭しと並んだお店の中に、目当てのお店が見えて来た。
店先にいくつかのバッグが吊り下げられていたから。
中に足を踏み入れてみると、外見からは思惑が外れて意外と少し開けた空間にバッグが小綺麗に並べられていた。
その中に良さげなバッグを見つけた。
腰に巻くしっかりした作りのベルトに、革製の柔らかいポーチが付いたバッグだった。
「これなら持ち運びも出し入れもしやすそう。」
値段も銀貨三枚と、十分買える。
「いらっしゃいませ。」
背の低い、熊のようなヒゲを生やした男の人がニコニコと声をかけて来た。
「すみません、このベルトポーチ見せてください。」
「はい、つけてみますか?」
「はい。お願いします。」
棚から降ろしてもらったベルトポーチを腰に巻いてみた。
女性仕様に作られていて腰まわりにぴったりと柔らかくフィットする。ごわごわした硬い皮をイメージしていたけど、とっても使いやすそう。これなら人前でも手軽にお金とかの出し入れもしやすいね。
銀貨三枚を払ってそのまま使うことを告げた。
店主にお礼を言って店を出ると、さっそく残りの細かいお金をポーチに入れなおした。
次はファジール協会を目指す。
この道をまっすぐに進んで行くと噴水もある中央通りに出て、それを超えるといろんな協会が並んで建っているらしい。その中でも一際大きい建物だと聞いた。
知っている人がいないこの街を歩いていると、ちょっとワクワクしてくるね。
空気も美味しいからかな、呼吸が楽だ〜。
道がだんだんひらけてきた。思っていたより広い中央通りだね。
デスをギュッと抱きしめる。
「すごいよ。思っていたより、大きい。……入ってみるね。」
噴水の向こう側に、聞いていた通り大きな建物がその存在を主張していた。
木造作りで、ひと昔の学校みたいな佇まいを見せている、ちょっと懐かしいような建物だった。
でも古めかしくはなくて、正面の扉が開かれており今も出入り口を人が行き交っている。
始めて来た時の石畳の街よりは、人との交流が盛んそうな雰囲気が出ていて、入りやすそうだった。
正面から中へ入ってみると、入り口付近で足元を風のようなものがすり抜けて一瞬キュッと足に吸い付くような感触がして消えた。何だろう?
よく見ると、他の人たちも、入り口では一瞬歩みを止めてから中に入っていく。
これは後でわかったのだけど、汚れを落とす風の魔法がかかっているみたい。外の汚れを落としてから中に入るんだね。理由が分かった時は、なんて便利な道具だと驚いたよ。スモールハウスにも欲しいね。
中は広いホールになっていて、床一面は木の板を張り巡らせた作りになっている。両脇には階段と横に長い掲示板、奥に伸びる廊下が見えた。
正面には受付のカウンターがあり、三人が受付に並ぶ列をテキパキとさばいていた。
まずは掲示板を見てみよう。
今季イベント案内、お仕事斡旋、新店舗紹介、旬の食べ物一覧、子供預かり所の空き状況、海域の注意発令事項、住民登録、不動産情報、エトセトラ。
全ての情報がここに集結しているっていうのは、こういうことね。
お仕事斡旋のところに目を止めると、食堂の短期アルバイトとか、掃除とか、結構日本にいた時と変わらない内容が多かった。でも、ちょっとわからないものもある。素材採取(詳しくは『素材の森』まで)、魔玉の整理、杖磨きとか。ここら辺はファンタジーだね。
もう一つ気になったのは、不動産情報だった。
土地だけ手に入れば家は建てられるけど、ここに住むって決めてからの話だね。とりあえずしばらく土地を借りるってやり方でいけるかな? この街を出るときは家を収納すればいいし。でも土地が高かったら、宿を借りた方が経済的かな。
チラシが置かれたコーナーでめぼしいものはないか探してみると、無料で欲しいものを持っていけばいいみたいだったから数枚気になるものを抜き取ってバッグにしまった。帰ってからゆっくり見よう。
不動産のコーナーには空き物件や空き土地の情報が載っていた。
不動産の受付でちょっと話を聞いてみたくて、数人並んだ列の後ろに並ぶ。
私が思い描いていた異世界は、紙もガラスもない、自然の素材だけでできた開拓される前の世界だったけど、普通に元の世界と似ている。でも電気はないみたいだ。
電力と魔力の違いってだけで、人が作ろうと思うものは同じなんだね。辺りを照らすとか。水を出すとか。
並んでいる間手持ち無沙汰なのできのう買った冊子を読み進める。
ファジールの他にはエルドラド、グランドール、カナンといくつかの国があるみたい。獣人族が住んでいるマレサの国とか竜族のガイランドというのもある。簡単にしか説明が載っていないから分からないけど、本当にいるんだね。
あとエルフは謎だらけで、時折姿を現わすがどこから来てどこへ帰るのか解明されていないみたい。
「すみません、お待たせしました。」
不意に前方から声がして、驚いて顔を上げるとカウンターにいた男性がそばまで来ていた。
「どうぞカウンターまでお越しください。」
にっこりと言うと、カウンターの方に手を指す。
「あ、はい。」
バッグに冊子を仕舞って、デスを抱え直してカウンターに近づく。
男性は驚いたようにデスを見たが、すぐに元のニコニコ顔で席に戻る。
「本日はどのようなご用件ですか?」
私も席に着きながら、考えるように言う。
「この辺りの土地がどれくらいするか知りたくて。家を置くとしたら、土地の相場はどれくらいかとか。」
「家を置く?家を借りるではなくて土地を借りるということでございますか?」
「はい。家は知り合いが、建ててくれるので、土地だけ。」
なるべく不自然にならないように答える。
「珍しいですね。」
顔にはてなマークを貼り付けながらそれでも厚い本を取り出して、調べてくれるようだ。
カウンターの上には、『土の子・ジョン・イザナミ』とある。
ツチノコ?
ジョンさんは、ページを開いてこちらに見せてくれる。
「どの辺りの土地にするかで値段も違って来ます。例えばこちらなどは中央広場に近いので便利ですがその分高めで賃金が一年分金貨十枚になります。家付きだと金貨二十枚です。この地域の購入は一般の方にはできません。そして……」
ページをパラパラめくって止める。
「この一帯からもう少し離れて住宅街まで行きますと、だいたい半額ぐらいになりますね。例えばこちらですと一年で賃金が金貨四枚と銀貨五枚。もっと奥地ですと人の通りも少なくなって来まして、お店などがないのでぐんとお安くなって、一年で金貨二枚くらいになります。ただ、あまり奥地に行くと治安も不安定になって来ますので、女性にはおススメしておりません。」
「一年ってことは年払いなんですか?」
「ええ、土地の売買などは一年以上の滞在が条件なんですよ。」
金貨十枚から二十枚かあ。神様にもらったお金はできれば大事に使いたい。でも住むところは必要だから、買い物させてもらって、自分でお金を稼ぐことも考えなくちゃだね。
現地の案内もあるようだったけど断った。
「失礼ですがご職業は?」
「特定の職にはついていないんです。」
「ん? そうなると冒険者か何かでしょうか?」
説明しようがないからそういうことにしておく。
「そうですか。冒険者で土地を探すのは珍しいですね。」
聞くところによると、冒険者はあちこち旅をするから、家よりも旅を快適にする方にお金をかけるからだそうだ。
「色々なサイズのテントもありますし、魔物や招かざる客を防止するための結界を張る魔石もピンキリですし、質のいい安全性が高いものほどお値段の方も上がりますからね。」
「テントを張ったりはしても大丈夫なんですか?」
「外には所有権が発生していないのでね。どこでも自由ですよ。極端に言いますと家も建てられちゃいますねえ。でも魔物もいますし、安全を保証されないから誰もやりませんよ。」
そっかあ。外ならタダでどこでも建てられるのか。スモールハウスを強化して外って手もあるのね。おっかないからやらないけど。
でも一つ勉強になったね。住むところはまだしばらくは様子見で行こう。ここだっていうところを見つけてから考えよう。まずは宿代を稼ぐ方法とか生活の基盤をまず整える。いつか金貨も底をつくから早めに確立しよう。
お礼を言って受付を離れた。
あとはホール内に設置されたファジールの詳細まで描かれた地図板を見つけたので、のぞいてみる。それを写した地図も銀貨一枚で正面受付で販売されているみたいなので一部購入した。
ちょっと気疲れしてきたからもう宿へ帰ることにした。初めての場所には思っているよりもエネルギーを使うんです。
まな、覚えることがたくさんありそうです。
これからどう生きていくのでしょうか。楽しみです。