神様からのスキルは翻訳ではありませんでした。
目を覚ましたら翌日の昼過ぎになっていた。
最初は周りの状況に戸惑ったが、すぐに自分の身に起きたことを思い出し落ち着いた。
死神の人形を前に座り、昨日案内所で買った冊子を広げる。
「デスさん、応答お願いします。」
まなはそっと人形に呼びかけてみる。
昨日喋ったように思うんだけど、気のせいだったのかな。
身を乗り出して、ジーッと人形の顔を眺めてみる。
「やっぱり喋ったりはしないのかあ。」
わざと声に出して言ってみる。
「昨日怯えたではないか。」
「きゃっ!」
「……。」
「あ、ごめんなさい。やっぱり喋れるんですねって言い方は失礼かな。」
「……。」
「えっと、驚いただけで怯えてはいないつもりです。」
表情が変わらない人形に慌てて言い訳をしてみた。
「デスさんは、この世界に来たことありますか?」
「……デスでいい。私もこんな事は初めてだ。」
「じゃあ、デス。私はまなと呼んでください。えっと……よろしくお願いします?」
少し疑問文になりながらも、人形にペコリとお辞儀をして挨拶をするのは側から見たらシュールな光景だなあと思いつつ、右も左も分からないこの世界に一人だけでいるのは、引きこもりであっても心細いものなのである。
「これからどうしたらいいか、相談に乗ってもらえませんか?」
「……話してみよ。」
「うん。」
冊子をデスの方に向けながら話す。
「これ昨日買った地図とか載っている冊子なんです。今私たちがいる場所はファジールっていうところらしいです。この宿はここら辺みたいです。」
案内所から少し進んだ辺りを指差す。
「それは昨日の女が話していたから私も知ってる。」
「あっ、そうですよね。」
「……それで?」
「これからどうしようかと思って。まだちょっと頭が回っていないみたいです。何分現実世界でも引きこもっていたので外出はもともとあまり無くて。何かアドバイスってお願いできますか?」
「特に目的がないのであれば、まずはこの街を探索するのはどうだ。ここでの生き方を多少は知っておかないと何かと不便であろう。」
「探索……、はい。昨日の案内所での失態を思い出すと、そうですよね。」
「ハラハラさせおって。」
「デスでもハラハラしたりするんですね。」
「……何が言いたい。」
「死神さんだから、もっとクールなのかと。」
「私のことはいい!」
「は、はいっ。」
ひーん。冗談は通じないです。
「そういえばお金出した時、驚かれましたね。ちょっともう一度出して確認します。」
バッグからお金を出す。ひと抱え分ある袋が、ジャリッと音を立ててテーブルの上に乗る。振動でデスがパタと倒れた。
謝りながらデスを起こして、お金の袋を開けて中を見る。
「これって、神様のところで二千ポイント使ってもらったやつですけど、この世界でいくらなんでしょうね。」
「頭を使え。昨日そのお金を使って返って来たお釣りを思い出せ。金貨一枚って言っていただろう。それで、銀貨八枚と半銀貨一枚。要するに、銀貨十枚でそのコイン一枚分になるってことだ。」
「そっか。じゃあ、この宿の宿泊は一泊で銀貨一枚だったから、神様にもらったこのコイン一枚で10泊分の価値があるってことね。この袋に何枚入っているんだろう?」
「ざっと見てポイントの数だけはいってるんじゃないか?」
「二千枚?それくらいあるかな? そうすると……結構な金額かも。昨日の、名前は忘れたけど案内所の人も驚いていたから、人前では出せないよね。」
「あとバッグの能力も知られないように気をつけろ。」
「うん。お金、金貨二枚くらいだけ別に出して持っていた方が使いやすそう。」
袋から、二枚だけ取り出し袋はバッグにしまう。
昨日のお釣りと金貨を合わせて、別の小さいバッグを買って入れたらいいかも。
「買い物でお財布でも買えたらいいかもね。」
「そうだな。」
「神様のところで見た本がここにあったらな。ポイントじゃなくてこの金貨で買うのに。」
すると、突然ポンっと目の前に単行本くらいの大きさの厚い本が現れてテーブルの上に落ちた。
「「?!」」
本が落ちた振動でデスが倒れる。
まなは、デスを起こして座らせると、その本を手に取った。
表紙に五百と数字で書かれている。
「なんか見覚えあります。」
そう、神様のところで見た本だ。一回りくらい小さくなっているけど、表紙にはポイントの数字。
パラパラと開いてみると、一枚の紙が挟まっていた。
『これが君に与えたスキルだよ。うまくポイント貯めて買ってね♡』
「面白がってやがる……」
デスが呆れたようにつぶやく。
「面白がっているんですか?」
「普通はもっと使い様のあるスキルを渡しそうなものだ。戦闘に特化した能力とか魔力とかあるいは制作系スキルとか。」
「でもこれも便利そうですよ。どこにも行かなくても買えるんですから。」
「ポイントを貯めて、な。」
「……あ!」
「どうするとポイント貯まるか、載ってるか?」
まなはページをパラパラめくってみるが、品物と必要ポイントが載っているだけで、どうすればポイントが貯まるかの説明は載っていない。
「神様、どうやったらポイント貯まるんでしょうか?」
空に向かって問いかけてみるが、何も返ってこなかった。
「でも、この本すごいです! 物だけじゃなくて、スキルも載っています。高いけど。」
「ほう。」
「例えば、『鑑定』とか『探知』とかどう使うかわからないけど、あと『鍵開け・解錠』とか色々載っています。でもこれやっちゃいけないスキルじゃないですか?」
「悪用しなければ良い。」
「それはそうですけど。でも……この本も人の目に晒してはいけないやつですよね。」
「その本は多分、まなにしか使えないと思うが、強要される事もありえるから、用心するんだ。」
なんかそれだけでかなり疲れそう……。
「そうですね……。ちょっと持っているのが怖いけど、バッグにしまって、安全なところで使うようにします。」
「うむ。」
カタログをバッグにしまおうと閉じたら、ぽんっと消えた。
「あれ?」
「召喚か……。」
「召喚?」
「うむ。先ほどのカタログをイメージしながらオープンって唱えてみろ。」
「オープン。」
ぽんっ
カタログが手の中にある。
「ほんとだ!」
そっか、神様が金の本を出した時もそう唱えていたような。
カタログを開いて閉じるとまた消えた。
すごい! 私魔法を使っちゃったよ。魔女になった気分。
「でも、デスはこれからも一緒に行くんですよね?じゃあ、デスも一緒に使いましょう。」
「私の事はいい。それより、ポイントが入る条件をチェックする。やる事が増えて来たな。」
「話し合うとやる事が明確になってきますね。デスがいてよかったです。」
「……忘れるな。私はまなを間違えて刈り取ったんだ。」
「そうは言うけど。死神さんなら分かってたんじゃないですか?死にたくても死ねないって言うのが。……デス?」
デスは、それからしばらく黙ってしまったが……。
「すまなかった。」
と、静かな声で謝った。
まなは横に首を振る。
「ううん。全然大丈夫。今こうして話してるから死んだ気がしないし。外国へ引っ越したような感じ。」
「そうか。」
「私よりも、デスの方が、人形になっちゃって大変じゃない。動けないのは辛いと思うの。」
「私は大丈夫だ。」
「そっか。」
「そうだ。」
「……」
「……」
「じゃあ、改めまして、これからどうなるかわからないけど、よろしくおねがいします。」
「うむ。」
ふふっ。なんかこうして人と話したりするのに気持ちが軽くなるって久しぶりな気がする。
あ、人じゃなくて死神さんだけど。
そろそろ朝食を食べたいです。
「あ!」
「なんだ!」
「デスって、食事はどうするの?」
「……差し支えなければ、ホットドリンクが欲しい。スープもいい。食べられないが、魔力で嗅覚とか痛覚は感じるんだ。私は、その、暖かい飲み物はライフワークみたいなものでね、日に一度は飲みたいのだ。」
気まずそうに言うデスについ微笑んだ。
「分かったわ。」
「うむ。」
デスの反応にちょっと笑ってしまいそうになったけど、遅い朝食とスープを取りにお金を持って一階のカウンターへ向かった。
神様にもらったスキルは『カタログ召喚』でした。
こんなカタログがあったら便利だなー。