死神の憂鬱
私は死神。人の命を刈る者。
死神に任命されてから随分と長い時が過ぎた。
人の命は定められている。
老衰、事故、病気、殺人……どんな理由でもその魂に刻まれたカルマで、ある程度の人生を決めて生まれてくる。
どんな死を迎えるとしても、それは魂自身が生まれる前にどんな学びをするか決めるのだ。
生きながら経験を積み、魂の質を磨き、死を迎える。そうして輪廻転生を繰り返す。
これが命あるものの定め。
たまに自分から定めを投げ打って自決する者もいるが、そうした者にはそれなりの罰が神によって下されるし、勝手に他人の命に干渉した者も、神によって重い罰が下される。
罰の内容は神のみぞ知るだ。
私は、学びを終えた魂を神の元に還すために働いている。
私の仕事もまたカルマによって定められた、魂の質を磨く為のもの。
あとどれくらい命を刈れば終わるのだろう……。
……最近憂鬱だ。
憂いている死神なんて聞いたこともないが、私は今確かに少し疲れている。
この仕事に疑問を感じている訳ではない。
ただただ、疲れた。
だが、考えるとキリがない。
私は思考を心の奥に沈め、職務に励む。
死神は、黒光りする大ガマを肩にかけながら下界へ下降する。
今回の目的である、家の屋根が見えてきた。橙の瓦が敷き詰められた大きな屋根が目立つ建物。手入れが行き届いた庭のガーデン。昼間は季節の花々が美しく彩るのだろう。
今は暗くてよく見えない。
死神は目を閉じて、住人の魂を探る。
家の一階にふたつの魂が寄り添っている。そして二階にも二つ。離れているから、それぞれの部屋にでもいるのだろう。
全部で四人。
今日命の終わりを迎えるのは……二階にいる方の一人。
「オープン」
呪文で死神の書を開き、今日のリストのページを一瞥する。
今日の仕事はこの家の娘か。
リストには、名前、性別、生年月日、顔写真、家族構成、死因など対象者の情報が細かく記載されている。
堀田れな。
19歳。
死因は心の臓を止める。
医者によって原因不明の心停止と診断されるだろう。
二階の窓の外から吸い込まれるようにして、中に入る。
コツ、コツ、コツ。
死神の足音が、冷えた廊下を歩くたびに暗闇に響く。
死神の姿と声、たてる音は、命を刈る対象者以外の人物には見えないし聞こえない。
だが、死の音をわざわざ聞かせるような悪い趣味は持っていない。
ひっそりと刈るのが私のやり方だ。
一つ目の部屋の扉をすり抜ける。
ベッドに眠っている人物の顔を覗く。
死神の書にある写真と同一人物のようだ。
すんなりと探り当てたことにフッと笑いながら、死神は大ガマを振り上げる。
そして、風を切る音。
ブンッ
大ガマは、女性もベッドも床も全てすり抜けながら円を描く。
すると、女性の身体から、仄かに青く光る魂がふわふわと出てきたかと思うと、輝きを増して一気に天に昇る。
死神はそれを見届けてから、死神の書を閉じた。
そしてまた暗い廊下をゆっくり戻り、窓からすり抜け、帰っていった。
「疲れた……」
死神の頭の中にはもう、帰ってから飲むホットドリンクのことしかなかった。
魂を刈り取られた女性の部屋の隣。
ベッドの上で布団を体に巻きつけながら、廊下に響く不審な足音と気配に震えている女性がいた。
更新はゆっくり目です。
現実世界でもゆっくりスローライフを夢見ています……。