悪舌少年と素直になれない少女
時計の大きな音で目が覚める。
カーテンの隙間から射し込む光がとても眩しく、俺は掛け布団を頭まで被り、再び寝ることにした。
「次郎!いい加減にしろ!起きろよ!」
親父が俺の布団を剥がして、大きな声を出している。力じゃ大人に勝てない俺は抵抗虚しく、朝日の光に晒される。
「んだよ…親父。ふぁ~あ、まだ朝だぜ?」
「もう朝だっつってんだろ。ったく、口が悪ぃなコイツ。誰に似たんだよ」
俺は眠い目を擦りながらリビングのちゃぶ台に座る。
「あっ!コイツ!ちゃぶ台に座んじゃねぇよ!座布団があるだろ!」
「あい、わかった」
親父がうるさいから俺はちゃぶ台から降りて、座布団に座ることにする。
そして、ちゃぶ台の上に用意されてる「プロテイン+マルチビタミン」と書かれた栄養ゼリーを手に取り、容器を潰して口に流し込む。
「今日、兄ちゃん居ないけど、どこ行ったのさ?」
ゼリーを胃に流し込んだ後は親父がビールを飲む時に使うコップいっぱいに入れてある牛乳をストローで飲む。
「お前よりも一時間早く起きて、本社の訓練所に向かった。お前も早く支度しろ」
「あいよ」と返事をすると親父に怒鳴られる。
言葉遣いとか言うなら親父が直せよと思いながら渋々、「はーい」と返事をする。
親父から聞いた話では、俺は捨てられた赤ん坊で親父は本当の親父では無いらしい。
だから、「ハハオヤ」という存在が居ないらしい。
そして、兄ちゃんも俺の本当の兄ちゃんでは無いらしい。
親父の言ってることは意味がわからないけど、兄ちゃんはよくわかっているらしい。
兄ちゃんは「6歳の次郎に言ってもわからないと思うけど、きちんと育ててくれる父さんにはちゃんと感謝するんだよ」と俺によく言っている。
よくわからない。親父の言っていることも兄ちゃんが言っていることも。俺が馬鹿だからなのかもしれないけど。
俺は歯磨きを終わらせて、灰色の訓練着に着替える。
これから行くところはGWCって会社の訓練所ってところだ。
そこでは色んな子供が勉強したり、運動したりして立派な大人になる準備をするらしい。
立派な大人ってなんなんだ?家で煙草をプカプカ吸って、休みの日は朝から酒を飲んでる親父は立派な大人では無さそうだから、マリナおばさんみたいな人のことか。
親父を見て、俺はこんな大人にはならないと誓うと玄関の呼び鈴が鳴る。
「おい!桜が迎えに来てるぞ!」
「あいよ!今行く!」
俺は重い荷物を背負い、小走りで玄関に向かう。
靴を履き終わると背伸びをし、鍵を開ける。
そして、ドアに6才児の全体重を乗せて、勢い良く開けると「ふぎゅ!」という短い悲鳴とドアに何かがぶつかった音が重なる。
ドアを開けた先には顔を抑えて、床に座り込んでいる少女がいた。
「あー、そのなんだ。本当にすまねぇ……桜」
やっちまった……と思いながら俺は頭を少し下げて、素直に謝る。
「すまねぇ……じゃないわよ!ゆっくり開けなさいよ!」
顔を真っ赤にして怒り狂ってるこの女は乾 桜。
明るい茶髪の頭に三角の犬耳がピンと生えている犬系亜人で俺と同い年で俺のバディ……つまりは相棒だ。
気が付いたら一緒にいたってくらい長い付き合いだ。
「次郎は落ち着きが無いのよ!少しは一郎お兄さんを見習って頂戴!」
「おいおい。そこで兄ちゃんと比べんのはやめろよ。そんな事言ったらお前こそ、牡丹姉ちゃんのお行儀の良さと優しいところを見習えよ」
「お姉ちゃんのことは関係無いでしょ!」
「お前が先に言い出したんだろ!」
「うるせぇ!クソガキ共!さっさと仲直りして車に乗れ!」
桜と喧嘩しているところに親父の一喝とチョップを頭に食らう。
二人共、親父のチョップを食らった頭を押さえながら渋々と親父に着いていく。
親父は運転席に乗り、俺と桜は後部座席へとよじ登る。
親父が車の鍵を捻るとエンジンの音と共に車が動き出す。
「桜よぉ。次郎が素直に謝ってんだろ。なら素直に許せよ。そうしないといつまで経っても仲直り出来ないだろ」
「はい。ごめんなさい」
「俺じゃなくて、次郎に言えよ」
親父に言われて、桜は隣で座ってる俺の方を向くと何かを言いかけようとして、口を閉じるのを繰り返している。
いつまで経ってもコイツは素直じゃねぇなぁ。
「悪いな。桜。顔痛くないか?」
俺がもう一度謝ると桜は驚いた顔をした後に重い口を開く。
「良いの。あたしこそ、もう一度謝らせてごめんなさい」
「良いんだよ。そんなことは。お前も踏ん切りが付かなかっただけだろ?」
シュンと犬耳と目を伏せ、申し訳無さそうにしている桜。
こっち向けと俺は桜の肩を叩く。桜が反応して、俺の方に顔を向けると俺は自分の頬を指で押し上げて、口角を上げる。そして、寄り目にすることで変顔を作る。
「笑顔が一番だろう?」
昨日見た映画の格好いいおやじみたいに俺が格好いい声でそう言うと桜は笑い、「それでカッコつけてるつもりなの?変なの」と俺の変顔を真似する。
後部座席に座るガキ共の笑い声を聞きながら「世話が焼ける」と呟く。ふとバックミラーを見ると俺の顔は安堵によるものか、自然と笑みを浮かべていた。
どうやら、予想以上に俺は子煩悩になっていたようだ。次郎の言動に関しては不満に感じているが、一郎や次郎の成長は見ていて楽しい。子供を育てるのは確かに重労働で煙草一本吸う場所にも気を使わないといけないが、それを差し引いても悪くは無いと感じた。
成る程、マリアが現役傭兵から一線を引いて、あの職場に就いている理由が何となくわかってきた。
アイツらが大人になり、酒を一緒に飲む楽しみを思い描きながら車をGWCの職員駐車場へと向かわせる。
職員駐車場から出て、社員IDチェックを済ませた俺と桜は親父と別れて訓練所へと向かう。このGWCって会社では訓練生であれば、6才の俺達でもGWCの会社員として扱われるらしい。
ロッカールームで桜と別れると自分のロッカーにIDカードを入れて、ロッカーの扉を開ける。その中に昼飯の弁当を入れ、背負っていたリュックサックからハーネスを取り出し、体に装着する。
ハーネスをしっかり着れたことを確認するとリュックサックから鞘に収まっている剣を取り出すとハーネスの背中の部分にあるハードポイントに鞘を接続する。
自分の身長とほぼ同じくらいのデカイこの剣は「タイタンマチェット」と呼ばれるGWCの試作品らしい。
親父はこの剣を「使いこなせなければ、重いだけの黒光りするデカイ鉈。そもそも、鉈っていうのは軽いのがウリであって、一本10kgもあるこれは鉈のウリを真っ向から否定してる失敗作だ」と言っている。
だったら何でそんな失敗作を使わないといけないのか、親父に聞くと「大人になったら嫌でもわかる」としか言わない。
ただ、同時に「黒曜鋼で出来たその鉈はお前に合っているかもしれんしな。まぁ、しっかり振り回せるように体を鍛えとけよ」と言っていた。
黒曜鋼って、そもそも何なんだろうか?重くて丈夫なのは分かるけど、重過ぎて持って走るだけで精一杯だから他の訓練生よりも訓練が遅れている。
他の訓練生は羽みたいに軽い武器や魔術を使ってるから実戦訓練をしてるけど、俺は基礎体力作りとかいう訓練しかやっていなかった。
ロッカールームで周りの冷ややかな視線を浴びながら誰とも話をしないで黙々と用意をしているのはそのせいだ。訓練が遅れている時点で桜を除く、同期全員は俺を落ちこぼれと呼んでいた。重てぇなぁ……と愚痴を溢すと馬鹿が絡んでくる。
「おい、落ちこぼれ!今日も文鎮担いで腕立て、スクワット、走り込みかよ?」
「ホント、だっせぇよなコイツ。いくら弱いからって、実戦訓練に参加しないってのは根っからの臆病者なんだろうな」
「うるせぇなぁ……」
ヤジを入れている同期二人に舌打ちをすると二人は「喧嘩売ってんのか?」と俺に詰め寄ってくる。喧嘩売ってんのはてめぇらの方だろうが、アホなのかコイツら。こういう手合いは無視を決め込むのがセオリーだが、俺にはそんなことは出来ない。うるさいものはうるさい。
「うるせぇんだよ。てめぇらの喧嘩の大安売りなんぞこっちから願い下げだ」
「あっ?クソ野郎が!臆病者の癖にデカイ口叩いてんじゃねぇぞ!」
「ここで俺達が直々に実戦訓練してやるよ。感謝しろよ?」
そう言いながら二人は己の得物を引き抜く。
当たり前だが、周りに止めようとする人間は一人も居ない。
全く、喧嘩の押し売りに野次馬とはやってられねぇよホント。
仕方なく、二人の得物を観察する。剣の長さは俺の腰くらいの長さであり、その刀身は緑麗鋼と呼ばれてる緑色の金属で出来た「羽のように軽い武器」である。
今にも飛び掛かりそうな二人を見て、乱闘は避けられないと判断した俺は鞘の側面からスライドさせて、大鉈を引き抜く。刀身の先端を床に落とすと辺りに鈍い音を響かせる。大鉈を床に下ろしただけでツルツルとした素材の床はヒビが入り、割れてしまう。
その様子を見て、怯むことなく、二人は左右に別れて同時攻撃を仕掛ける。