【間章】 飲み屋にて
人工的な明かりが暗闇を照らし、人を賑やかにする東京の夜。
多くの人が乱雑に入り乱れる町の片隅にある小洒落た雰囲気の酒場に俺とマリナが居る。
「ねぇ、あの時に言おうとした次郎の秘密って何なの?」
グッとビールを煽った後にマリナが本題に入ろうとしている。
俺も勿体付ける理由は無いのでそのまま答えることにする。
「前に次郎は魔術が使えない体質ってのは話したな?」
「ええ。そうね。でも、それで話が終わりでは無いんでしょ?」
俺は頷き、スーツの右ポケットから封の開けていない煙草の箱を取り出す。
「とりあえず、一箱吸ってからでいいか?」
「嫌よ。私が煙草の臭い嫌いなこと知ってる癖に」
「んだよ……若い頃は俺の煙草の臭いなら良いとか言ってたじゃねぇかよ」
「……だから、嫌なのよ」
ツイっと目を逸らすマリナに対して、俺は落胆しながら渋々煙草を仕舞う。
若い頃のコイツは素直で可愛げがあったが、今は見る影もないな……
そう思っているとマリナにギロリと睨まれる。
考えを読まれたか……まぁ、いい。
本題に入るとするか。
「次郎に魔術の才能が無いのは何でだと思う?」
「何故って、魔素の貯蓄量が少ないからじゃないの?どんなに魔術に対する知識がある人間でも魔素が無ければ、魔術を発動させることなんて出来ないじゃない」
「違う。貯蓄量に関しては今の年齢で常人の7倍はある。滞りなく成人まで成長すれば、大した努力をしなくても常人の数十倍に膨れ上がるだろうな」
「7倍ぃ!?GWCの高度魔術師だって、常人の4倍が関の山っていうじゃない!」
マリナの反応は決して、大袈裟では無い。
一般的に魔術師の才能があるって奴は常人の2~3倍程度。
軍事力として成立する魔術師なら常人の4倍といったところだ。
ちなみに人工的に貯蓄量を底上げする実験もGWCで行われていたが、犠牲者の数と結果が見合わないために凍結されている。
「それに数十倍って、『神に愛された魔術師』と同等クラスってこと!?零司……冗談を言うにはまだ酔いが回って無いわよ」
神に愛された魔術師ねぇ……各国に一人は居るとされる魔術の理に辿り着いた者だけが得られる称号。日本にも一人居たな。
その魔術師一人の戦力を現代兵器に例えると核弾頭ミサイル一発分とされているくらいといえば、どれだけ滅茶苦茶な人物か理解出来るだろう。
「うるせぇな。検査の結果がこの用紙に書いてあるから勝手に読めよ。それでも納得いかないならGWCの医務局まで問い合わせれば良い」
マリナに次郎の検査結果の紙を見せると紙を引ったくられる。
チッ……紙で指切っちまったじゃねぇか……クソ……
マリナが目を皿にして読み込んでいる内に俺は煙草の封を開け、一本取り出す。
フィルターを下にして、テーブルの上で煙草を軽く叩く。
そして、煙草を口に咥えて、20年は使ってるお気に入りのジッポライターで点火する。
煙を肺の奥に送り込み、送り込んだ煙を吐き、空中で煙の輪っかを作る。おっ、今日は上手く出来たな。
「ちょっと!何よこれ!」
俺がニコチンを血液に乗せて、身体に循環させているとマリナが驚いた様子で俺を見る。
「あっ!何吸ってるのよ!いい加減にしなさいよ!」
マリナは俺から煙草を強引に引ったくり、灰皿に押し付ける。
「何をそんなに驚いてんだよ」
「この子の魔素属性についてよ!属性が土、火の二種類になってるわよ!」
「何だと?二重属性かよ……キナ臭い感じになってきたな」
魔素には、火、土、風、水の四大元素があり、人間の中にある魔素にもそれぞれの属性があり、俺は火属性でマリナは風属性とどんな人間にも一種類は必ず存在する。
自分と同じ属性の魔術を行使する際には必要なプロセスを省略したり、発動までのタイムロスを無くすことが出来るようになる。
つまり、全ての属性を有している天才的な魔術師は全ての魔術を何のプロセスも無しに一瞬で発動することが出来るということだ。
じゃあ、複数の属性を持つパターンは存在するのか?
答えはイエス。大体は別属性の強力な魔素に長期間曝されることによる突然変異が原因で起こることが多く、後天的なものだ。
そして、この後天的な方法は決して簡単なことではなく、多くの者が命を落としている。
ちなみに二重属性を遺伝させて、先天的なものにする場合は両親共に同じ属性を2つ有する必要がある。
ここで分かることは次郎の両親共に火、土属性の二重属性ということだ。
「日本で火と土属性の二重属性の夫婦ってだけでもかなり絞られるわね」
「複数属性で有名な奴だと日本にいる『神に愛された魔術師』の石動 智史だな。アイツは全属性の保有者であり、妻である石動 翔子も優秀な魔術師だ。だが、一ヶ月前に第一子誕生の報道がされていたから違うか……?」
「いくら何でも石動家の子供では無いんじゃない?だって、石動 翔子も全属性の保有者よ。産まれてくる子供も全属性保有者じゃないとおかしいじゃない」
「それもそうか」
確かにそうだ。全属性保有者同士の子供ならば、受け継ぐ属性は全属性だ。突然変異によって、属性が増えた報告はあるが、減るもしくは完全な無属性になるという報告は無い。
じゃあ、どこかの魔術師家系の子供ってだけの話か。
まぁ、どちらにせよ。俺のやることは変わらない。
「で、アイツが魔術を使えない理由だが、細胞にある魔素孔が全部塞がれていて、全く機能しないとのことだ」
魔素孔というのは体内の魔素を排出するための肉眼では確認出来ない程の微小な穴のことを指す。
体内にある魔素を放出して、魔術陣と詠唱により、魔素を具現化することで奇跡を起こす魔術を使う上で重要なものだ。
つまり、そこが塞がれている時点で魔術師としては致命的ということだ。
「気の毒な子なのね……本当に」
「まぁな。だが、少なくとも俺にとっては都合が良い」
「自分が魔術を教えられないのと魔術が嫌いだからでしょ」
マリナが残ったビールを飲み干すと呆れながら呟く。
魔術師でも無いくせに魔術に頼っている傭兵は二流だ。
魔術は便利だ。発動プロセスさえ守っていれば、人に一切触れることなく、簡単に人を殺すことが出来る。
そこに人を殺したという実感は湧かない。
実感が湧かないからこそ、敵を殺す時に魔術ばかりを使っていると魔術が使えない状態に陥った時に人を殺す覚悟が揺らいでしまう可能性があるからだ。
その程度で覚悟が揺らいでしまう傭兵なら死んだ方がマシだ。
「ふん。あんなものに頼っている傭兵は二流だ。俺の後継者はいつだって、一流でなくてはならねぇ」
その為にも俺の全てを一郎と次郎に叩き込まなくてはな。
改めて、そう決意すると俺は氷が溶けて、温くなったバーボンを一気に煽った。