25話「体育祭」前編
「そんじゃ体育祭委員、後は頼んだわー」
担任の山田先生はそう言うと教室の外へと出て行った。
「はい。 ってことだから今からどの種目に誰が出るのかを決めたいと思います。 まずは綱引きから。 出たい人は黒板に名前を書いてください」
体育祭委員である唯がそう言うと、クラスの皆はこぞって自分の名前を書きに黒板前に集まった。
同じ体育祭委員である相川がいっぺんに来た連中をまとめて一人ひとり名前を書かせている。
うちの学校の体育祭は、必ず1人1種目は出場しないといけないというルールがある。 1種目以上は任意で出場できる。 大抵は運動部が多く出場し、文化部の奴らはノルマである1種目しか出場しないケースが多い。
そんな俺も後者の立場であり、運動部の皆さん頑張ってくださいと他人事である。
まあ、俺もここは無難かつ人数制限数も多い種目である綱引きでも出るか。
そう思い席から立ち上がると、後ろから何者かに肩を組まれた。
まあ、誰かは大体予想つくんだけど。
「おい淳一、お前まさか綱引きとかいう甘ちゃん競技なんかに出ようと思ってんのか?」
肩にあった石田の腕が徐々に首に移動し、首を絞められる。
「ちょい、石田! 苦しいからやめろって!」
俺は石田の腕をパシパシと叩く。
「あ、すまね。 つい力入れすぎたわ」
「はぁ……ふざけんなよお前……」
「すまんって! で、お前綱引き出るのか?」
「出るつもりだ」
「はあ? まじかよ!とんだ腰抜け野郎だなお前は!」
「……いや、お前それは綱引きに失礼だろ」
「でもよー、やっぱり男はクラス別リレーだろ! 綱引きなんてあれだろ。 絶対楽しようとして本気出さないやついるだろ。 他の奴が頑張るからいいだろって」
ぎくっ。 まさにその発想は俺がしていたものだ。 「誰かが頑張るから俺はいいや」って。
「その顔は図星の顔だな」
石田はニヤニヤ笑いながらと俺の顔を見つめる。
「わ、悪いかよ! 別にいいだろ。 体育祭なんてやる気ねえし」
「ふーん、まあいいけどよ。 せっかくのチャンスなのにな」
ニヤニヤしながら俺を煽るような目つきの石田。 なんかムカつくな。
「チャンスって何だよ?」
俺がそう聞くと石田は更にニヤリと微笑んだ。
「唯ちゃんにかっこいいとこ見せるチャンスだよ」
「……唯にかっこいいとこ?」
「そうだ。 唯ちゃんにかっこいいって思われたいだろ? 「淳一、かっこいい! 好き! 抱いて!」ってよ」
…………めちゃくちゃ言われてえ!
言われたら嬉しさで死ぬよ俺!
世界一可愛くて世界一大好きな人からそんなこと言われたら俺……いつ死んでもいいよ。
……いや、死んだら唯に会えないじゃねえか!
だめだ。 生きる! 俺は生きる!
……でも他にこの嬉しさの表現の仕方がわからねえ……
ドスッ
腹に鈍痛が走った。
「痛え! 何すんだよ石田!」
「おー、悪いそんな痛かったか。 お前なんか上の空だったから唯ちゃんの真似して腹パンしたんだけどどうだ?」
「いや、唯のがもっと痛いな。」
「うわあ……さすが空手部だな。んでクラス別リレーどうする? 」
「出る」
「うお! まじか!」
「ああ、出るぜクラス別リレー! そして唯に……ふふ」
「……予想通りだな」
「ん? なんか言ったか?」
「いや、何でも」
段々と種目が埋まっていき、残すはクラス別リレーだけとなった。
「じゃあ最後にクラス別リレーに出場したい人は黒板に名前を書いてください」
唯がそう言うと俺は待ってましたのごとく席から立ち上がった。
黒板前に着き、名前を書こうとすると、
「相川哲治っと」
相川が俺の横から自分の名前を書いてきた。
そして俺の顔を見て、
「僕もリレー出るからよろしくね淳一くん!」
と微笑んだ。
「……で、なんでこんなことになったんだ?」
「まあしょうがないよなー。 それにしても……ぷっ」
「石田お前! 笑うなよ!」
「いや、悪い。 だってよー。 ぷっはははは」
石田は笑いをこらえようとしたが耐えきれなくなったらしく思いっきり笑い出した。
石田が何故こんなに笑っているかを説明しよう。
俺は唯にかっこいいところを見せるためにクラス別リレーに出場しようとした。 ここまでは良いのだが……
なんとクラス別リレーの出場希望者が定員を遥かに超えてしまい、ジャンケンで決めることになったのだ……
お察しの通り俺はジャンケンに負けてしまった。
まあそこまでは良い。 こればかりは仕方ないのだが……
「よりによって何で俺が相川と二人三脚しなきゃいけないんだよ!」
相変わらず石田は笑い続ける。
この野郎……元はと言えばお前がクラス別リレーに出ろなんて言わなければ……
ジャンケンに負けてしまい、他の空いてる種目に出場しようとしたのだが……そこでもまたジャンケンに負けてしまい、最後に余った二人三脚で……相川と……
「はあ……」
自然とため息が出る。
それを見た石田はさすがに悪いと思ったのか笑うのをやめた。
「あー、まああれだ。 淳一」
「何だよ」
「頑張れよ……ぷっ」
「てめえ!」
翌日。 授業が終わり帰ろうとしていると、相川に話しかけられた。
「淳一くん! この後空いてるかな? 空いてたら二人三脚の練習しようよ!」
ニコニコと微笑みながらそう話す相川。
まったくこいつは何を考えてるんだ?
「いや、忙しい」
勿論忙しくはない。 俺は帰宅部だから暇だ。
「えー、淳一くんどうせ暇でしょ?」
「……いや忙しい」
「またまたー、2人で頑張って良い結果残そうよ!」
「……別に二人三脚ぐらい適当にやって適当に終わらせればいいだろ。 そんな頑張る必要ねえよ」
「うーん、それじゃ困るんだよなあ。 それじゃ唯ちゃんにかっこいいところ見せられないからね」
こいつ考えることは一緒かよ。 こいつのためなんかに頑張る必要はない。
「知らねえよ。 とにかく練習しなくても適当にやればいいだろ」
俺がそう言うと相川は真剣な顔つきになった。
「淳一くん、唯ちゃんのこと好きなんだよね?」
「は、は?」
「好きなんだよね?」
「何言ってんだよお前」
「好きなんだよね?」
「何が言いたいんだ?」
俺がそう聞くと相川は微笑んだ。
「いや、ある意味利害の一致だと思うんだよね。僕も淳一くんも唯ちゃんのことが好きだし。 かっこいいところを見せたいでしょ? なら二人三脚だとしても手抜きはできないよね? 淳一くんの大好きな唯ちゃんの前で 」
……確かに……って俺、何納得してんだよ!
石田にものせられて俺ちょろすぎんだろ!
でも……まあ、唯の前でだらだら競技はできないし……
「分かったよ。 やろう練習」
相川はニヤリと笑い、
「そう言ってくれると思ってたよ」
と爽やかな笑顔でそう言った。




