試合結果
試合は一瞬で片がついた。彬子の圧勝である。彬子は黒木の間合いに入るなり、飛び蹴りを食らわせ、喉を突いたのだ。彬子が本気なら黒木は殺されていたところだ。
道場の男たちも、し合った黒木も、何が起こったかわからなかった。いや、頭が理解しようとしない。
「も、もう一度だ!」
いち早く立ち直った黒木が叫んだ。
黒木は小さな相手に拳を繰り出した。しかし、拳は空を切る。彬子は既に黒木の背後に回っていた。そして、首に首刀を打ち込む。黒木は崩れ落ちた。
一部始終を見ていた道場の男たちは戦慄した。シンと静まり返った道場の中。榊は彬子が普通ではないことを悟った。そして一歩進み出て、皆に告げた。
「今後彬子は師範が不在の時の師範代行とする。皆もそのつもりでいてくれ」
「「「はいっ」」」
誰からも否やは出なかった。
そして、小学校に通い始めた彬子。榊は彬子の担任の先生に呼び出された。
「お子さんは天才です!このまま日本にいるのは惜しいです!スキップ制度のあるアメリカへの留学はいかがですか!?」
担任は興奮気味だ。榊は彬子の勉学については何も聞いていなかった。とりあえず、本人と相談すると言って帰ってきた。
「彬子、勉強はどのくらい出来るんだ?」
榊は帰ってから彬子に聞いた。
「どのくらいって?」
「うーん、難しいな。中学生や高校生の勉強も出来るのか?」
「どんな問題?」
「……そうだな。そういえば、東大合格のための赤本があったな。ちょっと待ってろ」
榊は赤本を取ってきて、彬子に手渡した。さすがに東大レベルは無理だろうと思って渡したのだが、彬子は「書くものある?」と聞いてきた。榊が紙と鉛筆を手渡すと、彬子はすらすらと解き始めた。まさか……。彬子は一通り問題を解くと、榊に手渡した。榊は解答と照らし合わせていく。全問正解だった。
榊は唖然とした。これは天才というレベルではない。
「彬子、勉強は誰から教わった?」
「お師さま」
榊は、あの男は武術だけでなく、勉学にも力を注いでいたようだと悟った。
「彬子、留学するか?」
「留学?」
「ああ、小学校では退屈だろう」
「……」
彬子は言えなかったらしい。それならば留学させてやろうと考えた。
彬子の留学の手続きは滞りなく進んでいった。そして、留学前最後の道場では、彬子に会えなくなることが寂しいと男たちが言っていた。その中でも、彬子と初めて試合をして、その実力を認めた黒木は彬子に言った。
「彬子さん、お帰りをお待ちしています」
十五も年下の女の子に敬語を使っているのだから、端から見ると、おかしいことだった。しかし、誰も笑うことはなかった。皆、彬子の実力を認めていたのだ。
そして彬子はアメリカに留学し、大学院まで卒業して、十七歳で帰国した。