黒龍剣
まことしやかに語られている伝説がある。それは「黒龍剣」というものだ。「黒龍剣」の使い手は、世界最強だと語られていた。しかし、誰も見たものはおらず、伝説に過ぎないと思うものも少なくなかった。しかし、ある一族は知っていた。「黒龍剣」が実在することを。その一族の国こそが、「黒龍剣」の発祥の地だったのだ。
一族は何年にも渡り、探し続けていた。「黒龍剣」の使い手を。「黒龍剣」を伝授してもらうために。
彬子はそんなことも知らずに訓練に明け暮れていた。そして、彬子が七歳の時だった。「黒龍剣」の伝承が行われた。「黒龍剣」とは一子相伝であり、この日のために、男は彬子を探し続けていたのである。
このあと彬子は男の知人である男性に引き取られた。その人は空手道場を開いている、榊という男性だった。
彬子は体術の一つとして空手も習っていたため、空手道場に引き取られたのだろう。彬子は来た当初は畏怖を露にしていた。なんといってもまだ七歳。それに、男の他に人に会ったことがなかったのだ。しかし、戦闘能力だけは誰にもひけはとらない。榊は、彬子の養い親のことを知っていた。誰とつるむでもなく、孤高の存在だった。だが、「黒龍剣」のことは秘密なため、榊も知らなかった。
彬子は異質だった。最初こそ怯えが見えたものの、今は感情をまったく感じさせない。「敵に気取られぬ事」これも養い親の教えだった。
彬子も空手道場で一緒に練習をすることになった。榊は心身共に育って欲しいと願ってのことだった。しかし、彬子は「普通」ではなかった。最初は同世代のものたちとの稽古をと思っていたが、まったく相手にならない。誰一人として彬子に敵うものはいなかった。榊は仕方なく、彬子を大人クラスへ連れていった。そこでは激しい技の応酬が繰り広げられていた。
大人クラスを指導している男が近づいてきた。
「榊先生、その子は?」
「ああ、今日から大人クラスに入る子だ。よろしく頼む」
「冗談でしょう?こんな小さな子が……」
「それが、子供クラスでは相手になるものがいないのだ。まずは見てやってくれ」
「……わかりました」
「全員やめっ!集合!」
ばたばたと男たちが集まってきた。
「今日から大人クラスに入る……えーと」
「相模彬子です」
「だそうだ。皆よろしく頼む」
男たちはざわついた。それもそのはず。たった七歳の女の子が大人クラスに入るというのだ。
「それは無理かと……」
男たちの中で一人がやっと声を発した。
「まずは誰かし合ってやってくれ。黒木、どうだ?」
言葉を発した男に白羽の矢がたった。
「こんな小さな子供相手にですか!?」
黒木は道場の次期師範と言われている男だった。
「その子供相手に勝てるの?」
彬子が心底不思議そうに尋ねた。彬子にとっては師匠である男が唯一の特訓相手だったのだ。
「とにかくし合ってみてくれ」
「榊先生……」
黒木は呆然としながらも、仕方なく組み手を行うことになった。周囲の男たちは興味津々だ。
「よろしくお願いします」
彬子の凛とした声が響いた。
「……よろしく頼む」
こうして練習試合は始まった。