伝説
彬子は全てのアジトを引き払った。本当は榊に挨拶したかったが、勘づかれる可能性があるのでやめることにした。不義理をしてしまうが、なるべく自分との接点はない方がいいだろう。
そして、李一族の国へ三人で旅立った。もちろん偽造パスポートだ。おそらく李一族は自分たちの動きを察知しているだろう。それでも、少しでも時間稼ぎが出来るなら構わなかった。
李一族の国へ渡り、その夜に彬子たちは行動を起こした。向こうに準備する隙を与えないためだ。
もちろんこちらの事前準備は怠っていない。李家の見取り図や警備、総帥の居場所、隠し通路までも調べ上げた。三人はそれぞれ別の隠し通路から中へ入ることにした。彬子はなるべく総帥の近くに。二人は彬子の邪魔をするものを片付けるために、少し離れた場所に。
彬子は総帥の書斎に出ることが出来る通路にいた。通路の向こうに数人の人の気配がする。彬子はしばらく息を潜めていた。
バタバタ
「総帥、侵入者です!」
始まった!二人は侵入に成功したようだ。
「早く処理しろ」
バタバタ
部屋のなかは静まり返った。とそのとき、彬子のいる通路の先が開いた。
「彬子殿。正面からいらしてくだされば、賓客としてお迎えしたものを」
「総帥、夜分に失礼します。どうしても総帥とはお話をしたかったものですから」
総帥も落ち着いていたが、彬子も堂々としたものだった。
「ほう、話とは何かな?」
「死んでいただきたいのです」
「くっ、くっ、くっ、さすがは彬子殿。単刀直入ですな」
「では、死んでいただけるので?」
「私が死んでも次の総帥が立つだけだ」
「ええ、ですから全員に死んでいただきたいのです」
彬子は「黒龍剣」を引き抜いた、と思った瞬間、総帥の首は胴体と離れていた。彬子はそのまま書斎を出ると、次の目的地へ向かった。総帥の親族のところだ。そこへ行くまでには、かなりの数の兵隊を殺さなければならなかった。
こんな時だが、剣は喜んでいた。血を欲していたのだ。剣の切れ味は鋭いものだった。もちろん彬子の技量あってのことだが。
彬子は剣を振るい、的確に相手の急所をつき次々と殺していく。躊躇いがない訳ではない。だが、どうしても「黒龍剣」を終わらせなければ、という強い意志が、彬子を突き動かしていた。どれ程の人間がいても、どんな武器を使っても、彬子には敵わなかった。そして、二ヶ所からほぼ同時に火の手が上がる。黒木と村尾が上手くやったらしい。李一族の混乱は増していった。
彬子も最後の仕上げに入った。親族を残らず殺すこと。非情なようだが、子供も例外ではない。後々、旗印にされては困るからだ。彬子は苦い気持ちで仕事を終えると、炎の中、正門から出ていった。
たった一夜で、李一族は壊滅した。世間では、神の怒りに触れたのだと噂された。この事は、伝説のように語り継がれることになる。
ある山の中。
「彬子さん、山菜が豊富ですね」
「まあね」
「彬子さん、水場が遠すぎますよ。上手く水を引けるかやってみましょう」
「そうだね」
三人の会話はいつまで続くかはわからない。しかし、今を大切に生きようとする三人の姿があった。
<完>