第四話 謎の物体X
八塚が諏訪を探しに行く1時間前・・・
「あれ? 何だこれ?」
諏訪はすっとんきょうな声を出した。なぜそんな声を出したかというと、今、自分の目の前には謎の物体とも言うべきものがあるのだ。見た目は卵のような球体なのだが、色は全体的に黒く、所どころに白い斑点がある。大きさはランドセルぐらいだろう。では、なぜ諏訪がこんな奇妙な物体を発見したのか。いや、発見したというより遭遇してしまったと言ったほうが正しいだろう。なにせ、夜食が欲しかったので買い物を手早く済ませ、さぁこれから八塚のもとに向かおうとした矢先に、道端にこの物体が転がっていたのだ。
諏訪自身こういう経験はないわけではないが、片手で数えられるほどしかない。それにここまで大きなものと出くわすのは初めてだ。故に、諏訪はこの物体の対応を考え始めた。
「周りの一般人が気付いてないということは、間違いなく魔法関連の道具もしくは魔物関係だな・・。おい、ナビケーどう思う?」
諏訪が質問すると右腕に巻いている時計型携帯端末から機械的な男の声が聞こえてきた。
「諏訪様の言うとおり、魔法・魔物関係のものと思われます。しかし、このような物体を見るのは私も初めてです」
「お前が初めてって言うぐらいだから、相当珍しいものだろうな」
「はい、しかしこれに似たような物体はデータ上にあります」
それを聞いた諏訪は顔をしかめた。
「何だその似ている物体っていうのは?」
諏訪のナビケーは抑揚のない声で答えた。しかし、その答えは驚くべきものだった。
「魔物の卵です。そして、私がさっき解析した結果、この物体も87.99パーセントの確率でその卵もしくはそれに近い物体と思われます」
その報告を聞いた諏訪は、問題の物体に目を向ける。確かに形は卵っぽいが、卵と呼ぶにはいささか大きすぎるようにも思える。すると、ナビケーが諏訪に話しかけてきた。
「しかし、諏訪様。いくつか気になる点がございます」
「何だ?」
「魔物の卵は普段『連合』が管理してます。例えば、新たな卵が誕生すると自動的に『連合』の本部に転送されるように世界各地に魔法が張り巡らされています。ですから、このような人が密集する場所ではすぐに魔法が発動して、卵は転送されるはずなのです。しかし、我々がこの物体に遭遇してすでに約5分経過しています。そして、おそらくこの物体が誕生したのはそれよりも数十分前だと予測できます」
「つまり、魔法が発動していないから卵じゃないってか?」
「いえ、さっきも報告したとおり、ほぼ卵で間違いありません。ただ、魔法が発動していないというのが気になりまして・・・」
諏訪は一旦近くにあった時計台を見た。八塚との約束の時間まではまだ40分ある。諏訪はこの話を続けていいと判断し、会話を進めた。
「何で、気になるんだ?」
「『連合』の魔法は何百年と時間をかけながら構築されています。ですから、欠けている要素はないはずなのです」
「つまり、どういうことだ?」
「これは、私の個人的な意見ですが、おそらく何者かが・・・・」
ナビケーはそこで黙ってしまった。
「お、おい?どうした?」
「すみません、諏訪様。我々の半径5キロ内に複数の魔物の反応がありました。それにより、会話を一旦中断させてもらいました」
その報告を聞いた諏訪の顔が険しくなる。
「マジかっ!? ナビケー、すぐに魔装術式の申請をしてくれ!」
「その件は逃げられないと判断した時点で申請しました。すでにセロ校長から魔装術式の使用許可は下りてます」
「よし!それなら術式発動だ!」
「了解しました。術式発動まで残り20・・・19・・・18・・・」
諏訪は術式が発動するまで、近くの物置に隠れる。すると、現れたのは鳥のくちばしを持つ悪魔、ガーゴイルだった。諏訪は目で何体いるか確認したが、ざっと10体ほどだろう。
「3・・・2・・・1、諏訪様専用魔装術式サラマンダー発動」
諏訪の周りに赤い魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間、諏訪は白で縁取りをした赤いコートを着ており、白のタイトなズボンを穿いていた。そして、背中には全長1.8メートルの赤き大剣、『火竜(サラマンダ―)』がかかっている。
諏訪はサラマンダ―を鞘から抜くと、物置から一気にガーゴイルの群れに突っ込んだ。だが、ガーゴイルは諏訪を見つけると、すぐに隊列を崩すようリーダー格のガーゴイルが仲間に伝えたらしく、諏訪の初撃は空振りに終わった。諏訪の攻撃を避けたガーゴイル達は反撃すると思いきや、諏訪には目もくれず地面にある魔物の卵と思われる物体に向かって急降下した。
「あいつら、あの卵もどきを狙っているのか!? そう簡単に渡すかよ!!」
諏訪は火系魔法『火壁』を唱える。炎の壁がガーゴイルの行く手を阻み、ガーゴイル達の動きは完全に止まった。その好機を諏訪は逃さなかった。諏訪は火系魔法剣技『豪炎斬』を唱えた。大剣に灼熱の炎を纏い、諏訪はガーゴイルの群れを切り裂いた。ガーゴイル達は逃げることができず、金切り声を上げながら灰となった。
「お仕事完了・・・っと言っても予想外の仕事だったな」
「お疲れ様でした、諏訪様。相変わらず、豪快な狩り方でしたね」
ナビケーの若干嫌みったらしい言葉に、過剰反応した諏訪はムキになって言い返した。
「へっ! どうせオレはあいつみたいにスマートに狩れねぇよ!!」
「『あいつ』というのは八塚様のことですか?」
「あぁん!? そうですけど!!」
諏訪は大剣を鞘に戻しながら不機嫌極まりなく答えたが、これにはちゃんと理由がある。
諏訪と八塚は中学のころからこの魔法師の仕事をしている、いわゆる同期である。同期となれば周りから比べられることも多く、その度に八塚は周りから高評価され、諏訪はというと八塚のおまけとして見られていた。
「オレはあいつとは戦闘スタイルが真逆なんだよ!それを周りは八塚みたいにしたほうがいいとか、ゴチャゴチャうるせぇんだよ!」
「確かに、戦闘スタイルに関してはお二人は真逆ですからね。それよりも、この物体をどういたしましょう?」
ナビケーの言うとおり、ガーゴイル達を追い払った今、この物体の処分を決めなければならない。諏訪はめんどくさそうな顔をして、ナビケーに質問した。
「それじゃ、おまえはこの物体をどうするのが一番いいと思う?」
「私としてはセロ様にお渡しするのが一番安全かと」
「まぁ、そうだよな・・・、って、ヤベッ!!八塚との待ち合わせ!あ~~、すっかり忘れてた・・・」
諏訪は時計台を見るとため息をついた。すでに待ち合わせの時刻を20分以上過ぎている。
「あぁ~!、今すぐメールせねば!!」
「その必要はないみたいですよ」
「へッ!?」
諏訪は携帯の画面からパッと顔を上げると、住宅街のはるか上空に見覚えのある青年が超高速でこっちに向かってきている。そして、次の瞬間には諏訪の隣で砂ぼこりをたてて着地していた。そして、切れ長の黒い瞳が印象的な青年、八塚は諏訪に向かって一言。
「23分18秒遅刻だな、諏訪」
「ハハハハッ・・・、すいません・・・」
~続く~