浜野くらら編 第四話
「楠木~こんな所でなにやっているんだ?」
突然声をかけられて、私たちは慌てて座り直した。
「楠木もデートか?そういや昨日から気合入っていたもんな。」
どうやら楠木くんの知り合いだったみたい。
しかしその顔を見た途端わたしは全身が凍りついた・・・
「くららちゃん・・・どうして楠木と一緒にいるんだ・・・」
「え・・・た、高梨くん・・・どうして・・・ここに・・・」
そこにいたのは昼間わたしと別れた高梨くんが立っていた。
「あの後、そのまま帰るのが悔しかったからぶらぶらしていたんだよ。まさかこんな形で再開するとはな。」
慌てて立ち上がり頭を下げた。
「ご、ごめんなさい…」
謝る事しかできなかった。わたしが高梨くんにしてきた事を考えれば・・・
そして今の状況をみればそれは振られた後に別の男と仲良くデートしている。言い訳なんかできない。高梨くんは怒り声で言ってきた。
「そうか、楠木に近づくために俺を利用したのか。通りで・・・」
高梨くんは自分が利用されたと思っているようだった。そんなことないのに・・・わたしはとにかく分かってもらいたくて、「違うの、楠木くんと会ったのは偶然なの」そう言ってしまった。
これが楠木くんにショックを与えることに気が付かずに。
高梨くんと楠木くんは友達のようだった。しかしこんな偶然って・・・
どうしていいのかわからなくなってしまい身動きできなくなっていると・・・
「・・・高梨、浜野さん、俺は邪魔だよな。高梨・・・彼女連れ回して悪かったな。浜野さんとはご飯食べただけだからなんにもなかったからな。・・・邪魔者はここで消えるよ。」
そう言うと楠木くんは踵を返して走り出していた。
「楠木!」
「楠木くん!」
わたしと高梨くんが叫んだが止まることなく暗闇に楠木くんの姿が消えていってしまった。これで終わってしまったかのように・・・
「・・・くすのき・・くん・・・」
消えてしまった楠木くんに届くわけないのに、口から名前がでてきた。そして全身の力が抜け再びベンチにへたり込んだ。
これで終わりなの・・・確かに一日だけでもいいとは思ったけど、こんな終わり方ってあんまりよ。悲しさと悔しさが全身を包んだ。
そんなわたしにずっと黙っていた高梨くんが声をかけてきた。
「くららちゃん、これはどういうこと?ちゃんと説明をしてくれないか。」
そうよね。ショックを受ける前にちゃんと説明をしないと思ったけど出てきた言葉は、
「ごめんなさい・・・」
それだけをなんとか言ったけどそれ以上何を言っていいかわからなくて黙るしかできなかった。きっと怒っているはず、たとえ振った相手だとしても昼間までは彼女だったのだから・・・だけど高梨くんの声は怒りの声ではなく普通に
「あのさ、俺も突然のことでちょっとパニックっていうか・・・怒り任せになってしまったけど、もう落ち着いたから話してくれるかな?」
落ち着いた語り口調でわたしに話しかけてくれた。怒りがない口調で少ししてわたしも落ち着き、別れたあとの事を話した。
「・・・高梨くんと別れた後、あのファミレスに楠木くんと彼女さんが入って来て、彼女さんが一方的に別れを切り出して楠木くんは振られてしまったの。」
「そんなことがあったのか・・・やっとできた彼女だって喜んでいたのにショックだったろうな。」
「うん。軽く10分以上は放心状態だったよ。」
「ハハハ、あいつらしいよ。だけど、それと今楠木と一緒にいたことと関係ないよね。」
「そうだね。それだけだとたまたま別れたカップルをみただけだよね。だけどわたしにとってはとても大事な出逢いだったの。」
「大事な出逢い?楠木とか?」
そう言われてわたしは正直に高梨くんに好きな人の名前を告げる事にした。
「うん。わたしがずっと好きだった人こそ、楠木隼人くんなの。中学からずっと好きだった人・・・」
高梨くんは驚いていた。当然のことだと思う。わたしがずっと好きだった人が高梨くんの友達だったなんてわたしも驚きだったから・・・
「そうか、俺の勝てない相手がこんなに近くに居たとはな。世の中狭いな。まあ、正直ショックではあるけどやつが相手なら俺も素直に諦められるよ。楠木は男からみてもいいやつだからね。」
そう言われてわたしは、なんて言っていいかわからず「ごめんなさい」としか言えなかった。
「気にするなよ。くららちゃんに好きなやつがいるのは分かっていて付き合ったのだからね。勝てない相手だったのを良くわかったし、楠木なら安心していられる。だから幸せになりな。もし、あいつがくららちゃんのこと悲しませるようなことしたら俺がぶん殴ってやるから。」
そう言ってボクシングの真似事をして見せた。慌てて
「ぼ、暴力はダメだよ。」
そう言う、高梨くんは笑いながら
「冗談だよ。楠木は俺にとっても大事な友達だからな。まあ困ったことあればいつでも相談してくれていいよ。これでも一応元彼だからね。」
そう笑顔で言ってくれてわたしは安心した。高梨くんとは友達としてこれからもやっていけそうな感じがした。
「本当にごめんね。そしてありがとう。」
「気にするなって。それより楠木はどこ行っちまった?俺とくららちゃんが今だに付き合っていると勘違いしているみたいだっだし。どうするかな。」
そう、去り際の言葉は、私たちが恋人同士だと勘違いしていたはず、ちゃんと誤解を解かないと思い携帯を取り出して先ほど交換した番号にかけた。しかし出ることはなかった。
「出ないよ。どうしよう・・・」
「あいつ出ないか?俺からもかけてみるよ。」
そう言って高梨くんの携帯から楠木くんの携帯にかけてもらった。
「ダメだな。出ない。」
「どこ行っちゃっただろう?心配・・・」
「多分ここには戻ってこないと思うから駅の方で待っていた方がいいかもな。」
「駅に?なんで?」
不思議に思い聞いてみた。高梨くんはさも当たり前ように答えた。
「飛び出した楠木の性格からして、ここに戻ってくるはずないし、帰るんだったら駅に行かないとここからは楠木の家に帰えれないし、それにもう一つ帰る可能がある所あるけどそこも電車ないしタクシーになるからどっちにしても駅にこないとこの辺だとどうにもならないから駅で待っている方かいいよ。」
そう言うと高梨くんは駅に向かって歩き始めた。わたしもどうすることもできず、一緒に駅に向かった。駅のロータリーに着くと高梨くんを待たせるわけにも行かないので
「高梨くん、わたしがここで楠木くんを待っているから帰って大丈夫だよ。これ以上迷惑かけられないし」
そう言うと高梨くんはちょっと困ったように答えた
「まあ、そんなに俺を避けなくても大丈夫だよ。それにここでくららちゃんを置いて帰って何かあったら楠木に合わせる顔がないよ。」
そう言うと高梨くんは自販機に行ってコーヒーを買って渡してくれた。
「寒いからこれでも飲んで待とうよ。俺も誤解を解いておきたいからね」
それからしばらくわたしが楠木にどうして惚れたのか話した。
「ヘぇ~あいつ中学時代大人しかったのか。今のあいつを見ていると想像もつかないな。」
「わたしも驚いたよ。あんなに明るくなっているから、だから会ったらますます・・・」
そこで言葉を止めてしまった。考えてみたら高梨くんには酷い話だよね・・・のろけ話なんて・・・ごめんなさいと喉からでかかった時に、
「楠木の事がますます好きになっちゃったんだ。」
高梨くんは何事もなかったようにわたしが言いかけた続きを言ってきた。
思わす高梨くんの顔をみたら笑顔でこちらをみていた。
「のろけ話なんて話して辛い思いさせているとかと思ってた?大丈夫だよ、もう俺は昼間にくららちゃんを振って気持ちの整理ついているし、それに相手が楠木だからね。ドンドンのろけていいよ。そのうち俺もノロけ話をたくさん聞かせるから覚悟していてね。」
高梨くんは強いなこんなにも笑っていられるなんて・・・
「本当にありがとう。」
「もうお礼なんていらないよ。友達だろ?遠慮はいらないよ。」
「高梨くん・・・」
言葉に詰まってしまった。こんなにもいい人を振り回して居たなんて・・・最低の女だ・・・知らなうちに目に涙が溜まっていた。
「ほら、ここで泣くところじゃないだろ。どうせなくなら感動の再開とかだろ?」
高梨くんの優しさに「うん」としか答える事ができなかった。
「このままだと俺いい人になっちゃうな。よし!腹黒いところもみせておかないとな。」
「え?腹黒い?」
何を言っているのかわからなくて首をかしげていると、
「なぁにくららちゃんと楠木の邪魔をしてやろう」
そう言って、口角ニヤッと持ち上げた。何を言われるかドキドキしていると
「黙っておこうと思ったけど、教えちゃうよ。」
「な、なに?」
「それは・・・楠木は今日彼女と泊まるつもりでホテルを予約済みなんだよ。なかなか進展しない仲を一気に進ませる予定だったんだよ。俺に豪語していたからな。まぁこんな事になるとは思ってみなかったけどね。」
最後の方は笑いながら言っていた。さらに極め付けの一言が発せられた。
「今夜はそこに連れ込まれて手篭めになっちゃうだろうな。せいぜいそうならないように気をつけてね。」
満面の笑みで言われてしまった。さっきまでの感動を返せと思えるぐらいの憎まれ口を言われて、そうなってもいいかなと思ってしまったけど、口では否定しておいた
「そんなに軽い女じゃないですよ」
と言って頬を膨らませて怒ってみせた。
「ハハハ。そんな可愛い顔しても怖くないよ。そういう顔は俺にじゃなくて楠木に見せてあげないとあいつ拗ねるよ。」
なんだか恋人同士だった頃よりいっぱい喋っているかも・・・恋人としては失格だったけどこれからは友達として新しい関係を作って行こうと心に決めた。
その時、ロータリー内に人影が見えたそこに居たのは楠木くんだった。楠木くんもわたしたちに気がついて一歩だけ後ろに下がってまた走りだそうだったけどわたしたちが駆け寄るとその場で立ち止まってくれた。
「楠木くんどこいっちゃっていたのよ。心配したんだから。でも無事で良かった。」
「そうだよ。楠木。突然走って行くからびっくりしたよ。」
やっと会えて安心したけど、楠木くんは苦悩の表情のままで話し始めた。
「心配なんかしなくても大丈夫。・・・俺は帰るからこの後は二人は楽しんで、じゃ・・・」
楠木くんはやっぱり勘違いしている。どう説明すれば分かってくれる?
「楠木くん。どうして帰っちゃうのよ。なんでよ・・・」
兎に角引きとめないと思ってでた言葉はちょっと涙声になってしまった。
わたしに続けて高梨くんが
「そうだよ。楠木お前が帰ることないだろ。一緒にたのしめよ」
そこまで言うと楠木くんは苦悩の表情から怒りの表情に変わり
「ふざけるな!!確かお前の彼女を食事に誘ったのは悪かったよ。それは謝る。だけどな何か俺も一緒に行ってお前ら二人がイチャイチャするのを見せつけるのか!!」
やっぱり楠木くんは勘違いしている。高梨くんが誤解を解こうと話し始めた。
「ちょ、ちょっとまてって!!楠木勘違いしているぞ。俺と浜野は確かに付き合ってけどそれは過去形だよ。それも付き合っていたと思っていたのは多分俺だけだよ。くららちゃんには心に決めたやつがいるんだよ。そいつを忘れるために俺と付き合い始めたけど、忘れるどころかますます好きになってしまっただよ。それに気がついた俺は他に好きなやつがいる浜野を振り向かせようと努力したさだけどな勝てなかった。だから浜野とは別れたんだよ。それも今日な…」
そこまで聞いた楠木くんは怒りの感情は消え、どうしていいのかわからない表情をしていた。それを自分が理解するために発するかのように
「別れた…それも今日…?」
「あぁそうだよ。その後にくららちゃんはお前と会ったんだよ。だから消えるとすれば俺の方だよ。それにな…くららちゃんのすき…」
そこまで黙って聞いていたけどそこから先はわたしが言わないといけない。
慌てて高梨くんの言葉を遮った。
「ま、待って高梨くん。それは言わないで!それはわたしが言わないといけないから…」
高梨くんはわかってくれたようで一度頷きびっくりする行動にでた。
「そうか、わかった…なら俺こそが邪魔者だよな。楠木!逃げずに話せよ。この幸せ者が!!」
そう言って楠木くんの背中に平手打ちした。みるからに痛そうな音を立てていたけどやっぱり痛かったみたい・・・
「痛っていなぁ!!高梨なにすんだよ」
痛みに耐える楠木くんに高梨くんは笑って言った。
「はははっ!!この一発で俺もスッキリした。じゃな!」
そう言うと高梨くんは「しっかりやれよ」と小さくわたしに囁くと踵を返して走りだし改札口の中に消えて行った。高梨くんの行動に感謝して小さくて聞こえないだろうけど「ありがとう」と消えて改札口に向かって言った。