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その日から、日々桜佳と一緒にいた。
そうなると、必然的に彼のことをよく知ることになる。
例えば、彼は意外と怖がりだったり、自分に自信がなかったり。その反面、彼は勉強熱心だったり、食べるのが好きだったり、食べてる姿が可愛かったり。
ここ数ヶ月、いろんな彼の姿を見てきた。そこで、私は自分の気持ちを自覚せざるを得なくなったのだ。
正直に言おう。
私は、桜佳が好きだ。それも、親愛ではなく恋愛的な意味で。
多分、この気持ちは報われない。だって桜佳にとって私は、なんでも受け入れなければいけない状況の自分を買った奴だから。
でも、私は精神年齢でいうと結構歳を重ねた大人なので、諦められるはず……、多分。
***
桜佳side
あれから何事もなく生活していた。本当に、何事もなく。
罵倒されることも、暴力を振るわれることも、顔を見られて吐かれることもない。泣かれたことすらない。
しかし、俺はちゃんと理解しているのだ。
俺なんかが簡単に受け入れられるはずがない、と。
怖いのだ。いつか来るであろう捨てられる日が。別に、ここから追い出されて生活が出来なくなり、そのまま死ぬことは怖くない。
罵倒されても、暴力を振るわれても、千莉なら良い。そばに置いてもらえるなら、存在を肯定してもらえるなら、なんだって良い。
ただ、千莉のそばにいられなくなることが怖い。
捨てられるのは心底嫌だ。でも、捨てられないという確証がないままそばにいるのも不安で不安で仕方なくて嫌だ。
だから、試すことにした。
どうやって試そうか。
俺がこの家に害をなす存在だとしったら、追い出されるかもしれない。
そうだ。
この際、俺の絶対に叶わない想いを伝えようか。
こんなに醜くて、生まれも卑しいこの俺が想いを伝えたらどう思うか、分かりきった答えだ。
吐き気を催すだけなら良い方だ。普通に奉行所に連れて行かれて罰を受けるだろう。
俺なんかが自分の想いを伝えれば、流石の千莉も俺を拒絶するはずだ。
ズキズキと痛み続ける心を必死で無視して、俺は千莉を試すことにした。
***
「千莉、伝えたいことがある。」
そう、怪我がある程度治り歩けるようになった桜佳から言われて、私は桜佳の部屋に来ていた。
「伝えたいことって何?」
座椅子に座っている桜佳の、机を挟んだ反対側の座椅子に腰掛けながら言う。
対面で桜佳の表情がよくわかる。なんだか楽しそうだ。でもどこか、なんと言うか、仄暗い空気を纏っている気がする。
「そうだな……。いや、俺には小難しいのは無理か。」
独り言のように少し小さく呟いて、桜佳は大切なものを手放すように言葉を紡ぐ。
「俺は、千莉が好きだ。」
そう言われて、まずは吃驚した。
だって、彼は私を好きになるはずがないと思っていたから。実際、私は桜佳を金で買った奴だ。そんな私が彼からの好意を想像できるだろうか。私には出来なかった。
その次に、羞恥と歓喜。おそらく、今の私の顔は茹で蛸のように真っ赤なのだろう。
しかし、まだ信じきれない私の気持ちの一欠片が、聞く。
「どうしたの、急に。それ、本当?」
「あぁ。もちろんだ。」
「そっ、かー。」
信じていいのかなぁ……。いやでも、せっかく彼から伝えてくれたのだ。この機会、逃してはいけない!
「本当なのね?」
「あぁ。」
彼はなんだか諦めのついたような表情をしていた。少し不思議には思ったが、あまり気にせずに私の想いを伝える。
「私も……、桜佳が好き。」
「…………は?」
放心したような桜佳。
その反応に羞恥心と悲しみに心が苛まれていると、不意に桜佳が震えた声で話し出す。
「俺なんかを……、好き?」
「うん。そうよ。ダメだった?」
言ってしまったものは仕方がない。開き直って話すことにした。私の精神はもう大人なのだ。
「あんたみたいな俺なんかとは住む世界が違うような奴が、俺を……、好き?」
「住む世界が違うは否定させてもらうけど、そうよ。悪い?」
私は問いただす。
帰ってきたのは、どうしても信じられないといった様子の桜佳の言葉だった。
「悪くはない。悪くはないが……、あり得ないだろ……。こんな、俺なんかに……。」
「いやいや、あり得るよ?全然あり得る。と言うか、人の好きって気持ちを否定しちゃダメだよ?」
「そう、か……。いや、でも……。」
彼はなぜかとても困惑していた。
そちらから告白してきたのに、どう言うことだろうか。
「なんでそんなに困惑しているの?桜佳から告白してきたじゃない。」
桜佳からヒュッと息を呑む音が微かに聞こえた。
沈黙が訪れる。
桜佳は、痛々しいほどに自らの手を握る。私は俯いてしまった彼を見守ることにした。何か事情がありそうだ。
しばらく見守っていると、震えた呼吸が聞こえた。
「……怖かった。俺なんかがこんなに受け入れられて、優しくされて、甘やかされたのは初めてだったから……。」
桜佳は静かに、押し殺すように涙をこぼす。まるで、見られてはいけないというように。
「だから、試そうと、思って……。」
さっきよりも一層震えた声で、言い切った桜佳。声だけではなく全身が震えている。
「……あんたは本来、俺なんかと、関わらなかった、はずの、奴だ。だから、こんな奴に、好かれたと、思ったら、俺を捨ててくれると思って……。」
そう言ったところで、桜佳は慌てたように付け足す。
「あ、いや、捨てて欲しかったわけじゃ、ない。むしろ、これから捨てられるのが怖いぐらいだ。……ごめんなさい。試すようなこと、して。本当に、ごめんなさい。俺は多分、相当、捻くれてんだ。」
一生懸命、詰まりながらも言ってくれた桜佳を、私は無言で抱きしめた。彼の安心感のある身体に手を回し、背中を優しく撫でながら、言葉を紡ぐ。
「どれだけ捻くれていようと、私は桜佳が好き。あなたに好かれていることが私はとても嬉しい。絶対に離れて行かないわよ。」
桜佳の震えた身体を包み込むように抱きしめる。縋り付くように強い力で私を抱きしめる桜佳に「大丈夫大丈夫」と繰り返し言う。彼の憂いを全て取り除いてあげたいが、私にそんな力はない。なので、できるだけ私の気持ちが伝わるように、ぎゅっと抱きしめた。
「捨てるなよ。」
「捨てないよ。」




