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8話 千田さんの1日

 朝。千田界に朝日が差し込む頃。


「よっしゃあ!今日も張り切っていくよお!」


 おばちゃんの声とは思えない、弾けるような元気な挨拶。近所の人たちは「千田さん、今日も元気だね」と微笑ましく見守っている。


 ハチマキをきゅっと締めて、腰に手ぬぐいをぶら下げ、千田さんはすでに玄関でストレッチ中。普段着のカーディガン姿だが、なぜか体操着のようにキビキビ動いている。


「オヤジさーん、起きてるかい?」


 寝ぼけ顔の犬が住み着いている(?)オヤジさんが、のそのそと座布団から出てくる。しっぽをふりながら、大あくび。植木の手入れをしてくれる有能な犬だ。


「さ、今日の朝ごはんは特製・焼き鮭定食だよ!オヤジさんの大好物!」


 ぱたぱたと縁側に出て、薪ストーブに火を入れ、魚焼き網で鮭をじっくり焼く。その香りが、裏庭から異世界にまでしみ出すのは千田さん家の名物。近所の人も「千田さんちの鮭、今日もいい匂いだね」と言って通り過ぎる。


「ほら見てごらん、この脂ののり。これはご褒美ってもんさね」


[朝の巡回!]


 ご飯を食べたあとは、魔法のホウキではなく、庭の電動自転車にまたがって軽く浮遊。千田さんにかかると、普通の自転車も空を飛ぶ。


「よいしょっと、千田界、異常なーし!」


 軽快な音楽がどこからともなく流れ出す。千田さんお手製のBGMシステムだ。


「小原庄助さん、なんで身上、つーぶした?ヤンチキどっこいしょー、そうかい そうかいなっソー♪」


 すると、千田さんの普段着がピカッと光って、


「魔法おばちゃん千田さん、ハッピ変身、完了!」


 青地に「千田界」と大きく染め抜かれたハッピ。腰にはしゃもじ型の魔導具、背中には八木節専用ステレオを背負い、決めポーズ。召喚階級「八木節マスター」の面目躍如である。


「八木節に代わって、お仕置きよお〜!」


[午前の修行!]


 千田界の住人たち相手に「煩悩ばらい体操教室」ことラジオ体操を開催。参加者は瑠散、荻野さん、周東さんの子どもたち、それに火の精霊数匹。


「さあいくよお〜!いち、に、やあぎ、いち、にい、やあぎ!」

「それ八木節ちゃうやろ!今やるのはラジオ体操や!」


と瑠散が思わず関西弁でつっこむが、千田さんは完全無視で踊り続ける。


「ちょいと出ました三角野郎が四角四面の櫓の上でおーいさねー、おーいさねー♪」


 もう、ラジオ体操は何処へやら八木節を踊りだす。


 オヤジさんはちゃんと「指導員補助」のビブスを着て見守り係。おやつに鮭トバをかじりながら、時々「ワンワン(気合い入れろ)」と檄を飛ばす。


[昼食はみんなでおにぎり作り!]


 五十嵐さんと周東さんが来て、リビングが一時、魔法料理研究会に早変わり。千田さんは相変わらずハッピ姿で指導にあたる。


「鮭入り混ぜご飯に、しそをぱらっとふふ、これぞ『鮭踊る八木節ボム』よ!」

「名前のクセが強すぎます」周東さんが冷静にコメント。

「でもめちゃくちゃ美味しいです」五十嵐さんが感心しながら一口。


 千田さんの顔が広いのは、こうして気がつくと人が集まってくるからだった。みんな千田さんが大好きなのである。


[午後のトラブル対応!]


 近くの異世界ゲートが不調で、火の精霊が迷い込む事件発生。


「ひええっ、魚が焦げるー!」と叫ぶ精霊に、

「焦げもまた、味わいよお〜!」と千田さん。


 手拍子とともに八木節を踊ると、なぜか火の勢いがちょうどいい遠火の強火に収まった。八木節マスターの真骨頂である。


「そうかい そうかいなっソー、遠火!ヤンチキどっこいしょー、強火!」


 結果、火の精霊は「千田さんの八木節、めちゃくちゃ楽しい!」と言って、料理担当として居着いてしまった。千田さんの人徳(?)恐るべし。


[夕方。千田さんの秘密の時間。]


 ハッピを脱いで普段着に戻った千田さん。日が落ちたあと、縁側で、炊きたてご飯と焼き鮭、そしてお味噌汁。


「うん、やっぱり、これが一番だね」


 オヤジさんがちょこんと隣に座り、千田さんにもたれかかる。その姿を見ながら千田さんは、ぽつり。


「ほんとはさ、とーちゃんがこうやって戻ってきてくれたら、って……いや、言ってもしょうがないけどね」


 行方不明中の旦那さんのこと。千田界を本格的に作ったのも、実は旦那さんを探すためだった。でもそれを表に出さないのが、千田さんらしさでもある。


 オヤジさんはふと顔を上げ、やさしくしっぽをふる。


「へへっ、ありがと。じゃ、明日も踊るか!」


 千田さんの鮭へのこだわりも、実は旦那さんが鮭好きだったから。でもそんなセンチメンタルな理由は、普段は八木節で吹き飛ばしている。


[夜。]


 ちゃぶ台の上でちょっとした宴会。異世界と現実世界の境目がゆるい千田さん家では、こんな光景が日常だ。


 ゲート向こうから帰ってきた瑠散くんが手土産の鮭グラタンを持ってきたり、荻野さんがふらりと寄って味見したり。周東さんの子どもたちがドタバタ走り回る。折茂さんも日傘を畳んでお茶を飲みに来る。


 その真ん中で、千田さんはゆったり笑う。お金持ちだけど、こういう時間が一番の贅沢だと思っている。


「明日も千田界は、元気でいくよお〜!」

「千田さん、また八木節踊るんですか?」瑠散が苦笑い。

「当たり前だよ!八木節は千田界の魂よ!」


 まさに、踊って笑って焼き鮭焼いて、今日も明るく異世界を守る、魔法おばちゃん千田さんの1日なのでした。


 そして明日もまた、「ヤンチキどっこいしょー」の音と共に、千田さんの愉快な1日が始まるのである。

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