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男装僧侶はバレたら死ぬ

作者: 七枕なな

 エーリアはお金のために僧侶になった。


 義父を連帯保証人にして、娘の私を置いて逃げた母の借金を返すために、お金がいっぱい必要だったからだ。

 

 需要と供給が噛み合っていないため、僧侶の給金はかなり良い。

 僧侶でいるには、貞節を守る必要があるから、若い人の成り手が少ないのだ。

 少しでも早く借金を返すために、エーリアは暇さえあればどんな任務でも受けた。


 治癒術を使える唯一の存在である僧侶の仕事は多い。

 一般市民相手の病院勤務、貴族の家に派遣されての治療の仕事、騎士団、兵士の駐屯地、ギルドへの派遣、地方の聖教会支部への派遣、冒険者の一員としての雇用。


 そして、中でも一番金払いの良い仕事が勇者パーティーへの参加である。危険手当が桁外れなのだ。


 だから、聖教会の上層部から「最近新しく認定された勇者の初任務に参加できる僧侶を探している」と言われた時、エーリアは「やります!」と即答した。


「命の危険があるんだが」

「いつものことですよね。危険手当をはずんでくれれば構いません」

「少々面倒な事情があるんだ。君には男装で任務に挑んで欲しい。勇者には絶対に女だとバレてはいけない。命に関わる」

「・・・・・・なんですかそれ?」

「男装手当を付ける」

「やります!」


 そうしてエーリアは、男僧侶エーリとして、勇者パーティーの一員に加わった。


***


「勇者、エーリ、お前らはそこで待っててくれ。手続きは俺たちが行ってくる」

「エーリ!絶対に勇者に女を近づかせるな!小さい子供でもダメだ!絶対だぞ!勇者を頼んだ!」

「はい!」


 そう言ってギルドの受付へ向かって行ったのは、同じ勇者パーティーのメンバーである、弓使いツルハと剣士マッキヨ。

 どちらも鍛え上げられた上腕二頭筋の眩しい屈強な男だ。


「ごめんエーリ、僕のせいで」


 ギルドの待合所の隅っこ、眉を下げ申し訳なさそうに壁に張り付いている何処にでもいそうなヒョロい少年が、今回初任務の勇者フツオである。


 勇者フツオは聖教会本部の近くにある花屋の息子で、たまたま花の納品に教会を訪れたところ、虫干し中だった聖剣に選ばれ、その聖剣があまりにも強力だったために勇者の称号を与えられてしまった少年だ。


 シャキンシャキーン!


 そして勇者フツオの腰に下げられ、女冒険者が近くを通りかかるだけで刃を鳴らしているこの聖剣こそ、エーリアに男装を強い、勇者フツオに女を近づかせることを許さない全ての元凶、聖剣ツインテールだ。


 聖剣ツインテールはかつて初代勇者が倒した魔王の、二本のツノを素材に作られた双剣だ。

 今まで誰にも使うことを許さず倉庫で静かに眠っていたが、勇者フツオを見つけた途端、剣自らすっ飛んでいった。


 引き剥がそうとしても側を離れず、また、女が近づくと威嚇し、女が勇者フツオに触れたり会話したりしようものなら勝手に飛び出して切り掛かる。

 新人勇者と聞いて粉をかけた女剣士がサイコロステーキになりかけた事件はまだ記憶に新しい。


 聖教会本部のロビーに飾られた初代勇者と魔王の死闘を描いた絵画では、魔王は屈強な体に険しい顔をしたゴツい男性体として描かれている。記録にもそのような姿として残っているのだけれど、それがどうしてこんな剣になったのだろう?


 聖剣ツインテールが雌猫のように勇者フツオに剣身を擦り寄らせるのを見て、疑問符を浮かべながら、エーリアは勇者フツオに女が近づくのを防ぐべく、他のメンバーが帰ってくるまで勇者の護衛任務に勤しむのだった。


***


「わた、俺は別のテントで寝るので、こちらのテントは勇者様お一人で使ってください!」

「大きいテントだし、エーリもこっちで一緒に寝ればいいのに」

「寝相がめちゃくちゃ悪いので!」


 冗談じゃない。私を殺す気ですか!

 勇者の横で、二人きりの時間を邪魔すんなよ、と言わんばかりにカタカタ揺れている聖剣ツインテールが怖い。


 最初の自己紹介で、使い慣れない「俺」という一人称を間違えてしまったのがきっかけで、勇者フツオには、最近「俺」デビューを果たした、男らしい一人称に憧れているヒョロ男子仲間として懐かれている。


 聖教会の戦闘職の男は、聖騎士筆頭にみんな体格がよく、ゴツい男しかいないので、最近まで剣ではなく剪定鋏を握っていたヒョロもやし勇者フツオは、エーリのような細く小さい男に親近感を感じるらしい。

 まあ、ほんとは女ですからね!


 せめて寝る前にちょっとだけでも話をしたい、と言う勇者フツオに付き合って、エーリアは勇者フツオに勧められた敷き布の上に腰を下ろす。

 いつもの癖で両足を揃えて座り、横へ足を流そうとしてから、ハッとして足を開き、男らしくあぐらをかく形へ座り直したエーリアを、勇者フツオは微笑ましげに見、うんうんわかるよ、と頷いている。


「僧侶は女性が圧倒的に多いので、仕草がうつってしまって」


 言い訳をするエーリアに、勇者フツオは思い出すように口を開く。


「僧侶って上品な女の子多いよね。集まって歩いてるといい匂いするし花園って感じ。僕、聖教会に納品に行くの毎回楽しみにしててさ」


 今はもう、勇者フツオは僧侶の多くいる場所へ近づくことは叶わない。後ろから剣の腹で勇者の尻をバシバシ叩いている聖剣ツインテールが許さないからだ。


「男少ないと、やっぱモテる?」と聞いてくる勇者フツオに、エーリアはうーん、と思わず腕を組んで考える。


 僧侶に適性が出るのは圧倒的に女性が多く、男僧侶はほとんどいない。


 今回エーリアが男装までして勇者フツオのパーティーに参加することになったのも、やっとのことで都合の付いた男僧侶が、前日になって腹痛に襲われ、トイレから出ることができなくなったからだ。

 僧侶の治癒術は外傷にはめっぽう強いが、病気には効果が薄く、生理現象に関してはもはや天に身を任せるのみだ。


「俺なんて全然モテません!そもそも恋愛禁止だし、僧侶の女の子は、冒険者とか聖騎士とか勇者様とか、仕事でいろんな男性を見る機会が多いので俺なんか・・・・・・」


 勇者の言う花園は、実質百合畑と化していて、先輩僧侶と後輩僧侶の間では、姉妹制度が横行している。

 通りかかった聖教会の空き部屋で、先輩の女僧侶と、エーリアの同期の可愛い女の子が、僧侶服を乱してくんずほぐれつしていた時にはそっと見ないフリをした。


 男を選ぶにしても、僧侶の出会いは実際かなり多いので、引退後は聖教会関係者よりも、冒険者や貴族と結婚することの方が多い。


 僧侶に夢を見ている勇者フツオには、そのままいい匂いのする夢を見ていてもらおう。


***


「暑い・・・・・・」


 エーリアは茹っていた。


 今回、勇者フツオの初任務に選ばれた先は南の地方だ。

 かつて魔王が支配していた北側に比べると魔物の被害も少なく、現地の冒険者のレベルもさほど高くないため、たまに強めの魔物が出現した際は教会に討伐要請が届くことがあるのだ。


 実際に対峙したという冒険者の証言から、日差しを遮るものの無い砂岩地帯を昨日から歩き回って捜索しているが、正直暑い。もう限界です。


 サラシが、サラシが蒸れる!


 体格を隠すためサラシをぎゅうぎゅうに巻き、細い腕を隠すために長袖を着、高い襟の付いた僧侶服を纏っている。

 エーリアは胸が大きいので、胸を平たく潰すために、サラシも何重にも巻いてある。


 「大丈夫?水飲む?」と水筒を差し出してくる勇者フツオは軽装の革鎧だ。数ヶ月前まで花屋の息子だった男には、金属鎧を装備して歩き回る筋力も体力も無かったからである。


 すでに脱いだ上着を腰に巻き、服の裾で汗を拭う際に見える、腹筋のふの時もないペラい腹に、聖剣ツインテールが大興奮している。なぜ?


「エーリも暑かったら脱いでもいいんだよ?」

「いえ、お気持ちだけで大丈夫です。僧侶服は正装なので、気合いが入ります!」


 嘘だ。

 汗はダラダラ、サラシはびちょびちょ、もう全部脱ぎ捨てて泉に飛び込みたい。


 エーリアが本当は女であるという事情を知っている弓使いツルハと剣士マッキヨが心配そうにこちらを見ているが、すでにエーリアの分の荷物を彼らに持ってもらっている以上、もう迷惑をかけるわけにはいかない。


 もうさっさと出てきてくれないかな・・・・・・。早く帰りたいよ。


 ふらふらと視界が揺れ、まずい、と思った時には遅く、エーリアの体は前に傾いていた。

 その時、横から伸びてきた手がエーリアの腕を掴んだ。掴んだ手を自分の肩に回し、支えたのは勇者フツオだ。


「倒れた時にはお互い様だろ」

「あ、ありがとうございます」


 砂まみれにならずに済んだのはありがたいけど、顔が、顔が近い!


 自分のことを美人だとも可愛いとも思ってもいないが、この至近距離で見られて、男の顔だな、とはいかないくらいには私はれっきとした女子である。

 密着した腰から下げられた聖剣ツインテールが刃先で私を突いているのも恐ろしい。厚着をしてなきゃ刺さってる。


 さっきまで暑い暑いと思っていたのに、急に背筋が冷えてくる。汗も冷や汗に変わっている。

 気づけば、勇者フツオがエーリアの顔をじっと見つめていた。

 事態に気づいた弓使いツルハと剣士マッキヨも、いつでも聖剣ツインテールの暴走を止められるように臨戦体制だ。


「エーリ、お前・・・・・・」

 

バレたっ!?


「まだ、髭が生えてないのか?」

「へっ?」

「僕はもう生えている。モヤシ同盟として、一歩僕がリードだな」

 

 勇者が馬鹿で良かった。セーフ!


 こんな至近距離でも女だとバレなかった自分の顔の色気の無さには少しは落ち込むが、今は命拾いしたことに感謝だ。

 きっと数ヶ月間まともに女の顔を見ることがなかったせいで、女の子の顔がどういうものだったか、分からなくなってるに違いない。かわいそうに。


 結局、勇者に負担をかけるわけにはいかないと言うことで、弓使いツルハと剣士マッキヨに両側から持ち上げられ、身長差からぶらりと足を揺らしながらエーリアは思った。

 今度、巷で人気の美少女絵師の絵を差し入れしてあげよう。


***


 目的の魔獣が現れたのは夕方頃だった。


 群れを率いて現れた、三メートルはあるだろう巨大なサソリの姿に、勇者フツオは終始ビビりっぱなしだったが、そんなことは戦闘にまるで関係が無かった。


 聖剣ツインテールを勇者が握りしめたその瞬間、毒針から飛び散る紫色の体液に悲鳴を上げる勇者の体を、聖剣が勝手に動かし、無双を始めたからだ。


 弓使いツルハの弓を弾くサソリの攻殻を、聖剣ツインテールは容易く両断する。輪切りだ。

 関節の隙間を狙うことに切り替えた弓使いツルハと、ツルハの援護で周りの魔獣の群れを屠っていく剣士マッキヨ。

 気づけば、全く危なげなく討伐は終わっていた。


 これが勇者パーティーの実力か。私の仕事、無かったな、とせめて細かい擦り傷を治そうと皆に近づいたその時、勇者フツオが倒れた。


 毒か!?と皆が焦ったのも束の間、勇者フツオがなんとも情けない顔で呻く。


「身体バキバキ・・・い、いたい。全身が引きちぎれそうだ・・・・・・っ!」


 筋肉痛だ。


 三メートルを超える敵に対し、飛んで、跳ねて、目にも止まらぬ神速で切り刻む。尋常でない負荷が勇者フツオの体にかかったはずだ。

 ましてフツオは勇者初心者のヒョロモヤシ。

 どうやらタダ働きにはならなそうだ、とエーリアは勇者フツオの体を足先から順に治癒していく。


 筋が何本か切れているのだろう。

 ぴくりとも動けない勇者フツオは、されるがままにエーリアに転がされ、聖剣ツインテールはシャリシャリと刃先をこすり合わせ、心配そうにフツオに寄り添っている。こうして見るとちょっと可愛いんだけどな。


 エーリアが勇者フツオの治療をしている間に、弓使いツルハと剣士マッキヨは現場の片付けをこなす。

 倒した魔物の残骸は、纏めておけば明日、最寄りのギルドから回収のために冒険者が派遣されることになっている。欲しい素材を抜いたら、残りはそのままギルドに売却する手筈だ。

 

 治療も終わり、日も沈みかけてきた辺りでさて撤収だ、と一向が野営場所に戻ろうとしたその時、勇者フツオがよろけた。

 傷は癒えたものの、もう体力が限界だったのだ。


 咄嗟にその体を支えようとしたエーリアだったが、さすがに支え切れない。エーリアが下敷きになり、勇者フツオはその上に倒れ込む。

 

 もみ、もみ、もみもみもみ。


 勇者フツオの両手が、エーリアの、サラシ越しの胸の上にあった。

 しかも倒れた衝撃でサラシが少し緩んでいる。


 あ、私しんだ。


 聖剣ツインテールは勇者フツオの背後で頭上まで持ち上がり、夕日を反射させて煌めく。真っ赤に染まる刃が、数秒後の私の未来のようだった。


 両手に触れる柔らかな感触に、目を見開き、わなわなと体を震わせた勇者フツオは口を開く。


「ものすごく立派な胸筋だな!」


 馬鹿でよかったー!!

 勇者が馬鹿でよかった。でも失礼!


「すごく、鍛えてるんだな!それなのに僕はエーリを勝手にモヤシ同盟だなんて。僕は、僕は自分が恥ずかしい!」


 恥ずかしいのは私のほうだ!早くその手を胸からどけろ!


「わた、いや俺は胸筋がすごいだけで!すごいのは胸筋だけですから!」

「いや、本当にすごいなこれ。何か特別な筋トレでもあるのか?」


 揉むな!


 疑わしげに周りをぐるりと回っていた聖剣ツインテールも、勇者フツオが胸筋だと言い張り、褒めちぎるので納得したのか、ホルダーに戻っていく。


 一通りエーリアの胸筋?を揉んで満足した勇者フツオは立ち上がり、「僕もエーリに負けないよう、訓練を頑張るよ!」とエーリアと固く握手を交わし、「急ごう!」と帰路を走り出す。


 呆然とその姿を見つめるエーリアの肩を、近づいてきた弓使いツルハと剣士マッキヨがポンと叩く。どんまい。


「災難だったな」

「・・・・・・セクハラ手当は出ますかね?」

「大丈夫、俺たちが証言してやる」


***


 その後、勇者パーティーへの参加手当、男装手当、セクハラ手当を無事に上層部からもぎ取ったエーリアは、あれからすっかり気に入られた勇者フツオの、パーティーのレギュラーメンバーとして、何度も共に任務に向かうことになる。


 エーリアも命は惜しい為、二回目は何かと理由をつけては断ったのだが、なぜか勇者フツオの任務では男僧侶が捕まらないのだ。

 最強の戦力を無駄に遊ばせる訳にはいかないと、昇給をチラつかせる上層部に、エーリアはついに折れた。


 今日もエーリアはお金のために男装する。

 借金を完済する、その時まで。


古の鈍感系ラノベ主人公のような勇者です。ただし行く先々で「勇者が来たぞ!女を隠せ!」って言われるのでハーレムできません。

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