【異想譚】 不撓のひと(二)
「それって、あんまり良くない状況じゃないのか?」
従姉妹のクリスティーナは、漆黒の髪と真紅の瞳を持つ美少女だ。だがその性格はエリアスより男っぽく勇ましい。
彼女はどんな大人より信頼できる、エリアスの親友でそしておそらくは将来の主君だ。彼女には歳の離れた弟がいたが、国は長子である彼女が継承すると決まっている。
「シュテレ王がろくでもないやつなのは知っていたけど、そこまでだとはな」
整った顔をひどく歪めて、クリスティーナはそう言った。彼女は幼い頃から父王に付いて政治の場に臨んでいる。どうやら、シュテレ王への評価はだいぶ低いらしい。
今のエリアスも内心は同じような感想だった。
そもそも、帝国内は女子であっても家長や国主になれる。なのに、娘を王子として育てていたことに、ひどい違和感を感じた。
「なんだか、かわいそうだなって思ったよ」
エリアスが素直にそういうと、クリスティーナは強く頷いた。
「だが、それだけでは済まないだろうな。我々は来年には帝国の学園に入学する。あそこは男女共に全寮制だ」
そうなのだ。
エリアスたち貴族の子供は皇都で学ぶことが義務付けられられている。
そこは全寮制で、タウンハウスからの通学はできない。使用人の同伴は許されているが、ほとんどの場合はその身一つで行くと聞いている。その為、貴族は身分に関わらず、自分の身の回りのことは全部自分で出来るように教育されてきた。
貴族の寮だが、男子は浴室や食堂などは共同だという。
「そこに女の子が入学するのは難しいよね」
エリアスがため息をつくと、クリスティーナは深刻な顔で首を振った。
「難しいじゃすまない。確か入学前に身体検査があるはずだ。なんせ将来軍部に仕える可能性もあるからな」
それを聞いてエリアスはぎょっとする。そして、洋服の上からでもわかる彼女の華奢な体躯を思った。
「それは、絶対バレちゃうやつじゃ…………」
「シュテレ王のことだ。賄賂でも握らせれば何とかなるのだろうと思っているかもしれないが、そんなことでは絶対すまないだろうな」
クリスティーナは瞳を伏せて何か考え込むような仕草をする。
「女を男と偽って学園に入学させようとするのは前代未聞だし、貴族としての籍も男である以上、皇帝を謀ったととらえられても文句が言えない。責は大公にも向かうだろうな」
「そんな大事に……」
さーっと全身の血が引く気配がする。
「うん、これはおそらく相当面倒な事態だ。私もなんとかできないか、調べてみる。エリアスは次にその子に会う約束はしたの?」
「うん、次の女神の休日に」
「一週間後だね。じゃあそれまでに、わたしもその子に近づこう。明日は顔合わせがあると思うから、心づもりだけはしとかないとね」
そう言って大きく頷く従姉妹を、不安な思いでエリアスは見つめる。
あの小さな少女が悲しむようなことにならないといいな。
そんなふうに思いながら。
✖︎ ✖︎ ✖︎
「ヴィレ殿、……少しよろしいだろうか?」
フェリクスのか細い声に呼び止められて、エリアスは緊張しながら振り返る。
図書館でフェリクスとのおしゃべりの次の日、顔合わせはほんの一時間ほど、その後昼食の場に案内される途中のことだった。
今回、集められたのは伯爵家以上の子供達で年齢はみな十三歳。来年には学園に入学するので、これを機会に北峰の結束を固める意図があるのだろう。
ノルデンからは王女クリスティーナとエリアス、そしてもう一人はクリスティーナの従兄弟のアレクシス・ゲルスターだ。この二人は顔や雰囲気がよく似ているので、並んでいると姉弟か双子のように見える。
シュテレからは王子のフェリクス、ランゲ伯爵家とファラー伯爵家からも一人ずつ、名前はザシャとヤンというらしい。この、ザシャ・ランゲが図書館でフェリクスに付き添っていた少年だ。終始ぴったりとフェリクスに付き添っているので、おそらく護衛も兼ねているのだろう。
ベルンシュタイン公子ロルフもいた。大人の噂話によると、彼はベルンシュタイン大公の実子ではないらしい。確かに濃い茶色の髪に緑色の瞳は、ベルンシュタイン大公家のものにはいない。体格は同じ十三歳と思えないほどがっつりしたものだったが、卑屈そうな落ち着かない目で周囲を見ていた。
あまり好きになれそうにないな、とエリアスは思う。
だが、将来のベルンシュタイン大公はこの男なのだ。自国の宗主国君主となるのなら、好き嫌いとは別に忠誠を誓わねばなるまい。
子供達を集めたベルンシュタイン大公は髭を蓄えた四十過ぎの男だ。集まった子供達を満足げに見渡し、そして共に学び励むようにと訓示した。
その直後、なんとなく緊張したままのところでフェリクスに話しかけられ、エリアスはぎこちなく振り返る。少し前を歩いていたクリスティーナとアレクシスも足を止めた。
「はい、コンニチワ……」
緊張にあまり声が上ずる。背後でクリスティーナとアレクシスがくすくすと笑っているのが、実に業腹だ。
「すまない。その……きみに妹君は居られるだろうか? 公式の記録では、きみはヴィレ家の末子となっているのだが……」
不安そうに下を向きながら話すフェリクスの後ろで、いかにも取り巻きといった風のザシャとヤンは目つきが鋭い。正直いって、顔が怖い。
(なんか警戒されているなぁ。……あ、違う)
おそらく、この二人はフェリクスが女の子だと知った上で仕えている。そしてそれを隠そうと必死なのだ。そのため、必要以上に警戒をしているのだろう。
エリアスはにっこりと微笑みながら、その三人に向かい合う。
「はい。妹がおりますが、父の庶子で公式には存在しない事になっております。もしかして妹と、どこかでお会いしましたでしょうか?」
(父上、すまない!)
エリアスの父は一人目の妻を亡くした経験があり、現在の妻である母にはめっぽう甘い。もちろん他の女性がいた事など全くないのだが、ここはひとつ、汚名を被ってもらおうではないか。
フェリクスはあっさりとその言葉を信じ、はにかむように笑った。そしてそっと上目遣いでエリアスを見る。
「そうか……昨日話をさせていただいたのだが、とても楽しくて……。よければ、妹君の友達になりたいのだが、良いだろうか?」
(めっちゃかわいいいーーー!!)
叫ばなかった自分はとても偉いと思う。そしてチャンスを得たとばかりに、身を乗り出す。
「もちろんです。そしてよろしければ、私ともー」
言いかけたところで、ぐいと思いっきり後ろ襟を引っ張られた。ぐえっとのけぞったところにクリスティーナが顔を出す。
「なんだ? 友達になるのか? いいな私も混ぜてくれ!」
相変わらず強引だ。
「私はクリスティーナだ。クリスと呼んでくれ! フェリクス、どうか敬語抜きで話をしようじゃないか!」
クリスティーナのの勢いに押され、驚いたように水色の瞳をぱちぱちさせていたフェリクスだが、すぐに嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「良いだろうか……ぼくはあまり、楽しい人間ではないと思うのだけど……」
「それは誰が決めたのだ。私ではないな!」
おどおどしているフェリクスに、クリスティーナは楽しそうに語る。そしてとても自然にフェリクスの手を取り、食堂の方へと向かう。
その後姿を呆然と見ながら、エリアスは呟く。
「……クリスぅ……!」
「あー、やっぱりエリアスのお気に入りは全部クリスに取られるね。がんばれ」
エリアスの肩をぽんと叩きながら、アレクシスがその後を追いかける。
その後をザシャとヤンがいかにも面白くなさそうな顔をして追いかけた。
お読みいただきありがとうございます。
ザシャはピアーナの5人の兄の3番目です。
アレクシスはこの頃から(もしかしたらもっと前から)クリスティーナの後をついて歩いています。それをエリアスはいつも『鴨の親子のようだなぁ』と思いながら見ています。
それは本編の頃も変わりません。
次回もよろしくお願い致します!




