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ファントム・ミラー  作者: ひかり
【第一部】幻視鏡をさがして
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第6話 真夜中の幻視鏡

「おい起きろ」


 チルの声がして、慌ててイーアは顔を上げる。いつの間にか寝てしまったらしい。


 灯りのない真っ暗な室内で、木枠のベッドの上に置かれた鏡がぼうっと光っていた。

 青白い光は思ったより強く、イーアの隣のチルの顔を照らしている。


「すごい……魔導具じゃないよね」

 今さらながらそんなことを確認し、イーアはチルの顔を見る。チルが頷いた。

「近寄ってもいい?」

「ああ、さっき見たが、やっぱりこっちの存在に気がついていないようだぜ」


 どうやらチルは一足先に確認したらしい。

 イーアもおそるおそる身を乗り出して、鏡を見つめた。

 確かに女がいる。

 昼間見た時は不明瞭な輪郭しか映し出さなかった鏡が、今は青く光りながら、泣き喚く女の姿を映している。


 マーナの話していた通り、緑の髪に赤い目。胸元あたりまで見えるので、彼女がかなり古いデザインのドレスを着ていることがわかる。だが、他にアクセサリーの類は見当たらない。貴族の女性という感じはしなかった。


「この人……」

 言いながら、イーアは鏡に映し出された女の目を見つめる。そこに憎しみの感情は見当たらない。ただただ、深い絶望と慟哭(どうこく)がある。

「多分幽霊じゃないと思う」


「は!? なんでお前そんなことわかんの!?」

 チルが驚いた顔でこちらを見る。

「すまない、うまく説明はできないが……この気配はおそらく、精霊の類だと思う」


「精霊……」

 呆気にとられたように、チルがつぶやいた。


 頷きながら、イーアも驚いていた。


 かつて人は、精霊と心を通わせながら、その力を借りて魔法を使っていた。

 古代、失われた魔法文明の時代には、魔法と精霊魔法は区別されていたという。だが、その文明が崩壊して以来、人が人ならざる力を使うことを、総じて魔法と呼ぶ。


 その魔法を、人が失ってから長い年月が過ぎた。精霊はいまや、御伽噺の中にしかいない。


「お前、精霊が見えんの?」

 チルの問いかけには、イーアは強く首を振った。

「見えない。けど、気配を感じることができる」

「け、気配……?」


 精霊はどこにでもいるわけではない、とイーアは師匠から教わった。

 今でもいるとしたら、強くこの地上の何かと結びついているもの。ただし、人とは関わろうとはしないだろう。そう師匠は言っていた。


「い、一度お師匠に連れられて、精霊の世界を覗いたことがあって、それから、少しわかるようになったんだ」

「はぁ!?」


 チルは目がこぼれるんじゃないかと思うほど見開いて、こちらを見ている。それも当然だろうと思いながら、イーアは苦笑いした。


「お師匠って、なにもん?」

「えっと……黒翼の魔女って、わかる?」

 今度こそ、チルはあんぐりと口を開いて固まってしまった。それはこの大陸に数百年前から存在する、伝説の魔女だ。

「本当は秘密なんだけど、話してしまったから、誰にも言わないでくれると嬉しい……」


「あーーー」

 チルは意味のない言葉をしばらく吐いてから、自分の頭を掻きむしった。それからぐいと身を乗り出し、イーアの隣に来る。そして鏡を指差した。

「わかった。その詳しい話は後だ。じゃあこいつは精霊なんだな?」

 イーアは強く頷いた。


「確かに、月の光の中で幽霊が出ることは滅多にないからな、一歩前進だ。じゃあ、こいつはなんで泣いてる?」

 チルの言葉に、イーアはもう一度鏡をよく見る。


 鏡の女は変わらず、泣き叫んでいる。漏れ出る声はとても小さく聞き取りにくいが、鏡の中では唇を大きく震わせていた。

「わからないけど…………なにを言っているかが分かれば」

 そう言いながら、イーアは女の唇を目で追う。正確には、その動きを。


「読唇術までできんのかよ。おい」

 呆れたようなチルの声を無視する形になるが、イーアは瞬きも忘れて女を見続ける。


「だいぶ古い言葉のようだ。……愛し子、痩せて、なぜ、きえて……」

「へえ」

「悲しい……、なぜ、いなくなってしまう」

「えっと、愛し子が痩せて消えそうってことか」

「そのままだね」

 チルの雑な結論には、イーアは苦笑いするしかない。


「つまりはその愛し子を見つけて食わせればいいんだな!」

「そのまんまだよ!!」


「まぁ、一番の目的はその精霊を泣き止ませることだからな」

 雑な結論の割に、自信たっぷりでチルは言い放った。

「あ、消える」


 先程まで強い光を放っていた鏡だが、やがてぼんやりとした光になり、そして消えた。後には曇った銅鏡だけが残る。

 部屋は灯り一つない、真っ暗になった。


「まぁ、思ったより大きなヒントだったな」

 扉を開けながらチルがつぶやいた。

 どうやら鏡が光っている間、オイルランプは廊下に出していたらしい。再び黄色い灯りに部屋が照らされた。


 イーアも大きく頷く。あとはこの精霊がどこにいるかだが。

「間違いなく、屋敷にあるって言うオークの木だろうな。この枠もその木の枝から作られたんだろう?」

「マーナはそう言っていたね」


「じゃあ明日、その木のところに行こう」

「直接見に行くのか?」

「ああ、愛し子とやらの居場所探しだが……、オークの木の精霊って移動できるのか?」

 精霊については、師匠から聞いた程度の知識しかないイーアは首を傾げる。

「どうかな。でも精霊は宿っているもの、媒体が必要で、下位精霊だとそこから離れられない、だったはず」


「とりあえず木から離れられないと仮定しよう。そうしたら、愛し子とやらは木の近くにいる。少なくとも痩せていくのがわかるほど」

「そうだね」

 まぁ筋は通っている。雑だが。


「んじゃ、明日行くぞ。午前中はお嬢様は学校か?」

 貴族庶民関わらず、子供は教育を受ける。貴族と庶民、農村と都市では少しずつ名称や学ぶ内容は違うが、帝国の支配下の国では必ずこの教育制度が存在する。

 

「いや、今は夏休み中だと思う」

「ちょうどいい。お嬢様のお友達ってことにしてお屋敷に行ってみようぜ」


 チルがニヤリと笑う。

「お友達は無理だと思うけど」

 イーアは苦笑いした。チルは眉根を寄せてこちらを見た。

「マーナは貴族のお嬢様だから、たぶん男の子とは友達にはならない。それを口実にお屋敷を訪ねたら、間違いなく不審者扱いされ」

「お前、ばっかだなー」

 言葉と共に、再びデコピンされた。


 イーアは眉間をおさえ涙目で、立ち上がるチルを見上げる。

「そんなの、あったりめーだろうが。とにかくつべこべ言ってないでお前は寝ろ! お子様が寝る時間は過ぎてんだよ!」


「お子様って……チルもそう変わらないじゃないか」

「おー言うようになったなー。文句言わずに! 寝ろ!」

 そう言いながら、乱暴にイーアを布団が敷いてあるベッドに押し込む。

「ぼ、僕がここで寝たらチルは!」

「俺はいろいろ仕事があんの。じゃあな、おやすみ。イーア」


 それだけ言い残して、チルはバタンと扉を閉じる。

 それを呆然と見送った後、次第にイーアの口元が緩んでいく。


「名前、呼んでくれた……」

 それだけなのに、無性に嬉しい。

 イーアは胸を弾ませながら、布団に潜り込む。

 先程と同じ、チルの匂いがふんわりと体を包んだ。


(友達になれたかもしれない)

 すとんと落ちるように寝るまでのわずかな間、イーアはその喜びを噛み締めていた。



お読みいただき、ありがとうございます。

イーアばどこでも寝ることができる子供です。チルは枕が変わると眠れません、というか常に眠りの浅い子です。


気に入っていただけまし嬉しい限りです。次回もよろしくお願いします!!

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