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ファントム・ミラー  作者: ひかり
【第三部】鏡の狭間【三】
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第20話 ふざけんじゃないわよー!(破壊されていくベルンシュタイン別邸)

 応接間に入室した三人はほぼ同時に息を呑んだ。


 奥にはどかりとヴェルザー卿が座り、その前にはテーブルを挟んでノルデンとシュテレの貴族が並ぶ。ノルデン側には養父のエリアスもいるので、北峰五国のうち四国の国主が揃っている状況だ。


 ノルデン側には国王のクリスティーナ、ヴィレ伯爵、ルークの父であるゲルスター伯爵が並ぶ。背後に控えているのはエリアスと『剣聖』アレクシス、そしてルークの兄のヨナタン。もう一人見慣れない顔があるが、徽章から察するにリーゲル男爵だろう。数代前にノルデンの伯爵家が断絶し、その代わりに伯爵領を引き継いだ家だ。

 ノルデンの国主クリスティーナは堂々と長い足を組んで座っている。その隣、クルトの母であるヴィレ当主のマイケも着飾った女性なので、ノルデン側は華やかな印象が強い。


 それに対して、シュテレの面々は雰囲気が違った。二十年ほど前から国王不在のシュテレを実質統治しているのはランゲ伯爵家当主のアーダムで、これはそろそろ四十に差し掛かった頃合いの男だ。がっしりした体躯で、白茶色の髪に見事な髭を蓄えた戦士の様な男。その隣に座るのは、彼の弟で現在のランゲ伯爵代理。座るもう一人はファラー家の当主だろうか。

 その背後にはランゲ後継の息子と、もう一人の男。確かランゲ家の三男だったか。その彼が、ツェツィーリアの顔を見て大きく目を見開く。


 見事に、北峰の重鎮が揃った。

 いまだにルイスに対して難色を示しているシュテレの顔ぶれに嫌悪を感じつつ、ルイスは三人を代表して挨拶をした。


「揃ったな。ツェツィーリア、ここに座りなさい」

 ヴェルザー卿が自分の隣を目で示すが、娘は戸惑った様に体を震わせる。クレオが背後からそっと『大丈夫だよ』と言ったので、ようやく動き出した。

 ルイスは入室前になんとか娘のエスコート役をクルトから奪い取ったが、ぎこちないことこの上ない。だが、ヴェルザー卿はルイスにエスコートされるツェツィーリアを満足そうに見ている。


「チル、今日は可愛いな。お前らしくないが」

 席についた娘をクリスティーナが揶揄った。言われたほうは何か言い返そうとしていたが、この顔ぶれに萎縮したのか、何も言えずに唇を歪めている。


「さて、ノルデン国王よりヴェルザー卿に申し上げる。我が妹、ツェツィーリアをお返しいただきたい」


 クリスティーナが澱みなくそう言うので、ルイスは内心ぎょっとした。北峰の宗主国に対して、まるで対等な口調だったからだ。

 ヴェルザー卿も片側の眉を跳ね上げた。どうやらこれはこの人の癖らしい。

「ほう」


「ツェツィーリアは未だ我が妹。どうやら貴公の血縁とのことだが、貴族籍はいまだにノルデンにある。現状は、我が妹をベルンシュタインが軟禁している状態だ」

 クリスティーナは艶やかな笑いを浮かべながら、さめざめとした目でヴェルザー卿を見返す。

「貴族籍にあるものの誘拐、軟禁は重大な案件だ。ノルデンへの敵対行為と捉えてもよろしいか」


(血の気が多い!!)


 ルイスは心の中で叫んだ。そう……昔から北峰の面々は短気で喧嘩っぱやい、と言われているが、これは真実だと思う。少なくとも、戦いに関しては。


 今、クリスティーナの背後に控えるのは『剣聖』だ。彼の強さは異常で、二十年以上も皇家主催の武術大会で優勝し続けている。ちなみに一昨年エアハルト殿下が一度勝ち優勝したが、去年は負けて再び彼が優勝者となった。


 豊穣祭を彩る娯楽(エンターテイメント)の一つだが、帝国一の剣技を競う場でもある。その頂点の座に長く居座るこの男は、間違いなく大陸最強の男だ。


(まぁ十四歳で彼に勝った殿下も異様だがな)


「ツェツィーリアは、十四年前の災禍で行方不明となっていた。だが、我が後継であることは間違いない。……まずは我が国へ帰国させるのが筋であろう。こちらへ一報もなく、隠匿していたのは何故か」

 ヴェルザー卿の声は低く重い。かなり腹に据えかねていたのだろう。


「平民として生きていた娘を後継に?」

 クリスティーナが鼻で笑う。

「そうしてあなたはまた、彼女を意のままに操ろうと思ったのか。……フェリクスの時と同じ様に」


(……フェリクス?)

 ルイスはその名前を記憶から探る。たしか、最後のシュテレの王子。


「……フェリクス?」

 萎縮した様に黙っていたツェツィーリアが呟いた。


「率直に言おう。私がこの子の存在をあなたに黙っていたのは、フェリクスと同じ様にこの子が束縛される事を恐れた。だが貴公は見事に身分を偽り、この子に近づいたな。そしてフェリクスの娘だと確信した。……そしてやはり、この子の意思を無視して事を進めようとしている」


「……フェリクス王子の娘であるならば、我がシュテレも口出しする権利があるな」

 戦士らしい重厚な見た目に反して、軽い口調でアーダム・ランゲが言う。

「前シュテレ国王が亡くなった際、我が国の唯一の王族を連れ去られたのはたしかに貴公だ。……どんな事情があったにせよ」


(これは例の事件に関係してるな……)


 確か、前シュテレ国王は二十年以上前に自害し、そのすぐ後にフェリクス王子は病死したとされている。その数年後に当時のヴェルザー卿の養子、ベール夫人の実子が公城で何者かに殺害されたりと、その時代は混乱の極みだった。

 そんな北峰の動乱に帝国が関与しなかったのは、当時の帝国でも『皇女の内乱』と呼ばれる動乱が起きていたからだ。


「あれは保護だ。父親が窮地に陥った我が子を保護しただけだ」

「……あの時点で実子と認めていてくだされば、我が国もここまで混乱することはなかったのですよ? ヴェルザー卿」


(……シュテレ王子がヴェルザー卿の実子? とんでもねぇな)

 確か前シュテレ国王は未婚で、妹の遺児を養子としていたはずだ。

(っていうか、あいつ大丈夫か?)

 上座に座るツェツィーリアはすっかり顔色を無くしている。

(本人の前で話すことじゃないだろうに……仕方ないな)


 ルイスは娘の背後に移動し、その細い肩に自分のコートをかける。驚いた様に少し震えたが、抵抗はしなかった。


 自分の隣に座る娘をちらりと見て、ヴェルザー卿はため息をつく。


「……確かにフェリクスは我が子で、あの時点では公表することが出来なかった。だがその様な事態に導いたのはシュテレ、そなたらの責でもある。……結果、私は永遠にフェリクスを失った」

 きつい眼差しでシュテレの顔ぶれを見ながら、ヴェルザー卿は言う。

 睨まれた方も難しい顔で押し黙る。


「同じ轍は踏まぬ。この子は次期ベルンシュタインを継ぐルイスに託す」

 はっきりとヴェルザー卿が宣言した。


 内心喝采を叫びたいルイスとは逆に、ツェツィーリアは真っ青な顔でヴェルザー卿を見つめる。だが何も言えず、ただ藍玉(アクアマリン)の瞳が呆然と見開かれていた。


「本人の意思を無視して、それは保護と言えるのか」

 クリスティーナが静かな怒りを込めて言う。


 ヴェルザー卿は隣に座る娘を、愛おしそうに見つめ、言った。

「確かに、お前にとっては望む未来ではないだろう。だが、お前にとってはこれが一番の幸せだ。どうか、わかってくれ」

 今までの高圧的な態度は、孫娘を前に消え去った。本心より彼女の幸福を願っている、そうとしか見えない。


 一方の娘の方は蒼白な顔で、藍玉の瞳を大きく見開いてヴェルザー卿を見つめている。


「……フェリクスの時もそうだったな。あの子が何を望み、どう生きたいと思っていたか、あなたは興味を示さなかった。結果どうなった? 想い人と引き離し、結果虎の前にあの子を放り投げた。あの子はベルンシュタインから逃げ出すしか選択肢がなかった。そうして……」

 クリスティーナが強くヴェルザー卿を睨め付ける。

「……あの子を守らなかったのは、あなただ。ヴェルザー卿」


 ヴェルザー卿も今度は何も反論しなかった。


「ルイスは我がヴィレ家のもの。我が系統からベルンシュタインの後継が生じるのはこの上なく光栄なことですわ。ですのでノルデンといたしましても、ルイスが次期大公には異論はございません。ですが」

 クリスティーナの代わりに、ヴィレ家当主マイケが口を開く。

「そこからルイスと姫君のご結婚となると、時期尚早かと」


(……余計なことを)

 だが、ノルデン側はルイスとツェツィーリアの婚姻には難色を示している。そこにエアハルト殿下の存在があるのは、間違いがない。


 一方、ヴェルザー卿は絶対に殿下にツェツィーリアを渡したくないのだろうと、ルイスは推測する。なぜならアルトの頭シュヴァルツエーデは、元王朝を支持するノイのベルンシュタインと長く対立した歴史を持つ国家であり、さらに殿下には黄金の女神が執着している。おそらく、殿下とツェツィーリアが結婚などしたら、彼女は酷く苦労することになるだろう。いや、それ以前に女神に殺されるか。ほぼ確実に。


「……我らは双獅子の末裔、本来なら我らが仕えるのは琥珀の女神の末裔のみだ。……かつてこの地を焦土に変えた、黄金の女神ではない」

 アーダム・ランゲが静かに怒りを込めた声で言う。


(あー、シュレテには伝承が残ってたのか)

 ルイスは頭を抱えたい衝動に駆られながら、隣に立つクルトを見る。

 クルトも同じように遠い目をしていた。


「双獅子の片割れ、シュテレは黄金の系譜ノーヴァの血族を主とは認めぬ。……だが、姫君の伴侶となれば話は別だな。それがシュテレの総意であ――」


「ふざけんじゃないわよ!!」


 アーダムが言い切る前に、中性的な大声と共に応接間の扉が吹き飛んだ。

 ぎょっとして一同がそちらを向く。ルイスもついさっきまで自分の隣にあったはずの扉を茫然と見た。……あの前に立っていたら、危なかったかも。


 扉があった場所には、深くスリットの入ったスカートから細く白い脚を出し、怒り狂った表情の女が一人立っている。はるか後方に立つ、張り付いた笑顔の男はノルデン王弟だろうか。


「ピアーナ!?」

 アーダムの隣に座るボルガーが驚いた様に声を上げる。


 確か、ランゲ家の末娘。今はシュヴァルツエーデに仕える身のはずだ。細身な上に髪を短く刈りそろえているので、一見すると男と見間違えてしまいそうな容姿だ。


「お兄様、よくもチルを怯えさせてくれましたわね。よくもこう顔を揃えて、あれこれと好き勝手な事を……」

 そう言いながら狂器にしか見えないハイヒールでつかつかと歩く。おそれもなく上座に行き、目を丸くするツェツィーリアをひょいと抱き上げた。


「チルはチルの生きたいように生きるの。お兄様やあんたたちが勝手に決めていい訳がないわ。……お兄様、わたくしだって双獅子の末裔よ? この命に代えても、チルは私とウドが守るわぁ」

 にったりと笑い、ピアーナは踵を返す。言いたいことだけ言って、さっさとツェツィーリアを連れて帰るつもりらしい。


「待て、ピアーナ!」

 シュテレ側の声を一瞥の後に無視して、彼女は歩き出す。その背後にぴたりと剣聖アレクシスが付いた。


「やっぱり力ずくになっちゃうかー」

「仕方ないですわね。まぁ当初の予想通りですわ」

 クリスティーナが苦笑し、マイケが同意する。


「ツェツィーリア!」


 ヴェルザー卿がその名を呼んだ。

 少しだけ、懇願するような色を込めて。


 だが、ピアーナに抱き上げられた娘は眉を困らせながら、そっと目を伏せる。無言でピアーナの体にしがみついた。


 ピアーナは立ち並ぶ面々を見事に無視しながら、玄関ホールを横切る。ルイスは思わず追いかけた。


「夫人」

「ああ、これあんたのコート? 返すわ」

 ピアーナがツェツィーリアを抱いたままルイスの腕にコートを突き返す。 

「……剛力なのですね」

「鍛えてんのよぅ。あんた、もし本当にチルに気があるのなら、正面から正々堂々口説きなさいよ? そうしたらチルだって考えないことがないわよねぇ?」

 その口調が楽しそうなのはなぜなのか。


「くど……、そうですね」

「チルぅ、あなたもてもてじゃない? どうするぅ?」

「姐さんやめて、俺そういうのいいから……」

「そう? あたしはあなたが幸せなら、誰でもいいけど。でも遅くなってごめんねぇ。こんなことなら、あたしだけでもこっち残ってるんだったわぁ」


 ツェツィーリアはピアーナの腕の中でぶんぶんと首を振る。


「ありがと、姐さん」

 ここで初めて、ツェツィーリアの大きな藍玉の瞳から涙が溢れた。ルイスは思わず、それを凝視する。


「じゃ坊や。また会えたらいいわねぇ。ばいばい」

 そう言いながらさっさとピアーナは馬車に乗り込む。

「じゃあわたしらも騒がしくなる前に撤収するか」

「後の始末はよろしくね。エリアス」

 そう言いながらクリスティーナ達も出ていく。


「いやー、相変わらずうちの国は逃げ足が早いねぇ」

 クルトが呆れたような、仕方ないと諦めたような口調で隣で言う。そしてルイスを見て、ため息をついた。

「恋は飛び火のようなものだと言うけど……大丈夫? 恋敵はあの殿下だよ?」


「はぁ!?」

 思いがけず大声が出てしまい、ルイスはちょっと慌てた。というか、自分の顔は今どうなっているのだろう。なんだかものすごく熱い気がする。


 だが、今はそれどころではない。

 残されて愕然としている彼らのところに戻らなければ。

「クルト、戻るぞ」

「はーい。叔父貴、可哀想になぁ」


 ルイスは遠ざかる馬車の音に背を向ける。

 何がなんでも、ベルンシュタインを手に入れる。そのために、あの娘を手に入れなければ、と心に強く刻みながら。




お読みいただきありがとうございます!

物語も後半戦ですー!

まだまだ続きますが、 次回もよろしくお願いいたします!

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