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ファントム・ミラー  作者: ひかり
【第三部】鏡の狭間【ニ】
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第15話 女神の加護のそのもとで

「ナディアの時と違って、わたしはチルの魂をよーく知っているわ。あの子の魂を探し出すなんて、朝飯前よ! それに、チルは肉体ごと晄界(こうかい)に飛んだ。多分、戻ってくるのもそれほど難しくないわ」


 はっきりと言い切った後、リンはふと視線を巡らせる。


「ただ、その腕が気になるのよねぇ。もしあっちの世界の何かがチルを引っ張ったなら、その何かと闘わなくちゃかもじゃない? さすがにわたし、猫だから弱っちいし……」


「そもそも晄界(こうかい)のものが此界(しかい)に干渉すること自体がおかしい」

 そう言い放ったのはレヴィンだった。

「それが私とリンの影響が強いあの娘を攫ったというまでは考えられるが、もう一人の人間を連れ去った理由がわからない」


 イーアは頷く。

 確かに、チルと一緒に行動していた筈のクルトの姿が見当たらない。あの床には大量の血と脳漿(のうしょう)が落ちていたから、おそらくもう生きてはいないだろう。


 だが、それを言葉にするのも躊躇(ためら)われ、クルトは今のところ行方不明とだけエリアスに告げた。


 こんこんと誰かが扉を叩く。


 沈黙の中、ルイスが入室し、硬い表情で座る一同を見て息を呑む。そして何枚かの紙束をイーアに渡した。

「……ありがとう」

 それを受け取りながら、イーアは彼の顔を見る。ルイスは酷く顔色が悪かった。


(まぁ、そうだろうな)


 ノルデンの貴族の結束は硬い。同じ北峰だとシュテレもそうで、学園でも同国の人間で行動することが多い。イーアの同級生の三人、ルイスとクルト、もう一人の三人は側から見ていても兄弟のように仲が良かった。そのクルトの行方が知れないのだ。

 あれだけの血痕があれば、何があったかは容易に想像がつく。


 イーアは書類に目を落とす。エリアスの読みやすい字で、ただし急いで書いたのだろう。箇条書きのように聞き取ったことが書き連ねてあった。

 その中、ひとつの単語が目に留まる。


桃金剛石(ピンクダイヤモンド)……?」


 それはこの大陸でとても珍しい宝石だ。今から十数年ほど前に、皇帝がその桃金剛石(ピンクダイヤモンド)で指輪を作り妃に贈った。

 現在の皇帝妃は一度も表に出たことがないため、民はもちろん貴族にとっても幻の存在となっている。

 そのためこの話題は一気に帝国中を駆け巡り、桃金剛石(ピンクダイヤモンド)の指輪をつけた妃の姿絵が一時期帝国内でとても流行った。


 なので、巨大な桃金剛石(ピンクダイヤモンド)の指輪といえば、現在の皇帝妃を連想する者は多いだろう。

 そして彼女こそが、イーアの実母だ。だが、イーアを産んだ年齢が若過ぎたため、公で母と呼ぶことはできない。


「皇帝妃か……?」


「……皇帝妃は皇城で伏せっていると聞いたが」

 イーアの震える声に、ランベルトが問うように言う。


 確かに伏せっている。数年前に末の妹を出産した時にから一度も目覚めることはなく。その彼女の魂を探すために、イーアは数年前、晄界(こうかい)に潜り込んだのだ。


「ナディアがどうして? ま、とりあえずわたしがすいっと潜ってくるわ! ナディアを掬い上げることは難しいかもだけど、チルひとりなら、わたしの力でもなんとかなるわ。イーアもそれで良い?」


 イーアは硬い表情で頷いた。

 だがすぐに、硬質な声が静止する。


「駄目だ」

「はぁ!?」


 きっぱりと言い切るレヴィンを見上げ、リンは琥珀の目をまん丸に開く。

「にゃんで!?」

 感情が昂ると猫の声帯の方が優位になるらしい。小さな体を大きく見せる威嚇のようなポーズをしながら、リンはレヴィンを睨み上げる。だが彼女の伴侶はその姿を見ることなく、ふっとため息をつく。


「我が愛しのジークリンデ。君は自分の魂がどれほど弱っているかわかっていないのか」

 レヴィンの言葉にリンはぐっと息を呑んだ。

「今、君だけの力で晄界(こうかい)に潜ったら、確実に君は死ぬ」


 ぐぐぐ、と意味のない言葉がリンの鼻から溢れる。言い返さないあたり、おそらく彼女にも自覚があるのだろう。


「リン……」

 リンはくるりと振り返ってイーアを悲しげな目で見上げ、しおしおと髭を落とす。

「そうねぇ。確かにあたしが死んじゃったら、チルはすごーく悲しむわよねぇ。でもなんとか、助けないと……」


「界を跨ぐには、膨大な力が必要だ。新月の今、わたしの力は冥界に近いので使えない」


「じゃあ僕の魂を使うことは? 昔はそうしたと思うけど」

 イーアが控えめに手を挙げると、リンは少しだけ嫌そうな顔をした。

「あの頃のイーアは不純物がなかったから……今は女神の匂いがぷんぷんするから、使えない。匂い移りそう」


「匂いって……いつから……」

 イーアはしおしおと手を落とす。

「去年の秋くらいかなぁ。なんか変だなぁって思ってたけど、あれ女神のマーキングだったのね」

「マーキング……。その頃から女神の代行者にさせられていたと言うわけか」


「ほう、女神の代行者か。懐かしい響きだな」

 ランベルトの声にイーアは顔を上げる。

「その昔、君の祖父がそう名乗っていたな」


「祖父が?」

 イーアの祖父は、もう何年も前に処刑されている。その直前、一度だけ会ったことがあるはずのその顔を、イーアは全く思い出せない。

「わからないな……女神の伴侶が『代行者』なら、祖父は妻がいたはず。女神がその存在を認めたのか?」


「そうなのよねぇ」

 リンがふーっとため息をついた。

「わからないことが多いわ。わたしもレヴィンも、中央に関わらないで生きてきたから、女神関連はちんぷんかんぷんなのよ。レヴィンが皇室に関わるようになってからまだ四百年くらいだし。その間、女神が騒ぎを起こしたことはなかったし……」


「殿下」

 イーアの真後ろに立つルイスが呟いた。

「……発言しても宜しいですか?」


 すっかり彼の存在を忘れていたイーアは、振り返って苦笑する。

「まだ居たのだね……」

「居ました。喋る猫様にすっかり仰天しておりますが」

 ルイスの目が据わっている。

「殿下は女神伝説をもちろんご存知ですよね?」


「ああ……その昔、地上を憐れんだ女神が、妹神たちと共に世界を再生させる、その女神伝説かい?」

「そうです」


 ルイスは居心地が悪そうに眉間を厳しくして続ける。女子生徒に人気の秀麗な顔が、少しだけ苦渋の色を滲ませる。


「その女神の神殿がノーヴァにあり、そこにはちょっと違う伝説が残っています。……私は、母は神殿女だったので口伝で聞き、知っておりますが……本来なら門外不出のものです。出来れば誰にも言わないでいただきたいのですが」


 そう言いながら、ルイスはちらりとランベルトを見る。

 その様子に、イーアは『ほう』と思った。


 ノルデンの貴族のルイスにとっては、ベルンシュタイン大公国のランベルトは宗主国の国主だ。年齢も身分も遥かに上の相手に、不遜とも取れる態度をとっている。

 あまり得意な相手ではないが、なかなか肝が据わっているなと思った。


「この場のことは口外せん。ただしルイス・ヴィレ、お前もこちらのお二人にことは決して他で口にするな」

 苦笑混じりにランドルドに言われて、ルイスは頷く。このお二人ことリンとレヴィンは白々しい顔で、それぞれあらぬ方向を見ている。


「結構生々しい伝説なのですが……黄金の女神は降嫁し、皇帝の妻になった。そして三人の皇子と一人の姫の母となられた。ここまではどの神話書にも書いてありますね」


 イーアは頷く。


「女神は天寿を全うし、死に行く時に誓ったそうです。何度生まれ変わろうとも、必ず愛する夫、皇帝と再び夫婦になると……まぁよくある話ですね」


「そうねぇ……よくあるわねぇ」

 またもやあらぬ方向を見ながらリンはいう。


(そういえば師匠とリンもそうだった……)

 一番最初に会った時に、リンがそんな話をしていた。夫のそばにいる為に、自分自身に呪いをかけてこの世界に縛り付けた。その呪いによって、リンは何度も何度も生まれ変わってきたという。


「すでに女神は何度か再臨しており……記録に残っている限りでは八百年前と五百年前らしいですが。

 だが女神の望みはこれまで一度も完遂されたことはなく……神殿では、もし次に女神が伴侶と共に転生を果たし、その望みが叶えられないのなら、この大地は女神の加護を失う、と考えていたそうで」


「加護を失う?」


「過去にも何度かあったらしいですよ? 俺は詳しくは知りません。神殿の神官長ならもっと詳しいでしょう。どこまで事実でどこまで伝説かは分かりませんが」


 しれっとした顔でルイスが言う。ランドルドが何か言いたげな顔をしたが、発言はしなかった。代わりにリンを見る。


 リンはちょっと首を傾げて、

「それってあの『火竜の災禍』のことかしら?」

 と、ランドルフの顔を見上げて言う。


「『火竜の災禍』?」

「『氷の王国』滅亡の話ですな。北峰は昔、氷の王国とそれ以外は国にならない小さな集落しか無い地域だったのですが、一斉に火山が火を吹いて大地を燃やし尽くしたそうです。当時の民のうち、半分以上の者が死亡し、残った民も大地が燃え尽きたことで生きる術を失い、多くが亡くなった、と」


「ただの自然災害だと思ってたけど、あれって女神が関係者してたのかしら? シュテレあたりでは黄金の女神への嫌悪感情が強いし……」

 うーんとリンが首を傾げる。

「人間だった頃の記憶が、最近朧げなのよねぇ……ぼけちゃったのかしら」


 頭を抱えるリンを愛おしげに撫でるレヴィンは、唯一過去を知る者だろうが、この話に加わるつもりはないらしい。

 時期的には、その災禍からの再生のために琥珀の女神が『氷の王国』の王族に降嫁したと考えていいだろう。イーアはひとつ頷いて、ルイスの顔を見上げた。


「つまり、皇帝の生まれ変わりだという私が、今度は女神の夫にならなければならないと言うわけか」

「なってもらわんと女神の加護が無くなるそうですよ?」

 ルイスが挑戦的に言うので、イーアはますます面白くない。


「まさかそこまで黄金の女神がするかなぁ……まぁわたしも、琥珀の女神の魂だけ引き継いで記憶は持ってないので、黄金の女神がどんな人物だったのかは個人的に知らないのよねぇ」


 リンはそう言いながらレヴィンを見上げるが、帰ってきたのは淡い微笑みだけ。


「どちらにしろ、今チルを連れ戻しても、また女神に襲われる可能性があると言うことか。連れ戻す方法もない上に彼女の身を守る方法もない」

 イーアが苦い気持ちで言うと、ランベルトがふんと鼻で笑う。


「貴公が今後、ツェツィーリアに関わらなければ良いだけの事だ」

 すっぱりと言い切りながら、イーアに鋭い視線を送る。

「殿下、我が孫娘をこちらにお返し頂きたい。行方不明だったあの子を保護していただいた事は感謝するが、これ以上女神との愛憎劇に巻き込まれてはたまらない。その上、この大陸が女神の加護を失うことになれば、これから先どのようなことになるかわかりはしないのだ」


 暗にお前が女神を受け入れれば全てが解決するのだ、と言われているような気がして、イーアはぐっと息を呑む。


 イーアはぎりっとランドルドを睨みつけた。


「チルがあなたの孫だと?」




お読みいただき、ありがとうございます。

会議会、もう一話続きます…長くてすいませんです。


本文中説明を入れられなかったので…イーアたちの住む世界には幾つかの【界】

【晄界】精霊たちの住む世界

【此界】この世界

他に【冥界】【玄界】など…


イーアは晄界に足を踏み入れた数少ない人間です。


次回もよろしくお願い致します!

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