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ファントム・ミラー  作者: ひかり
【第一部】幻視鏡をさがして
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第4話 もう少し世の中のことを勉強してこい!

「で、なんでお前は店に残ってるんだ?」


 面倒な事になったなと思いながら、呆れた顔でチルは言う。

 なぜか店のカウンターにイーアは入りこみ、向かい合うようにアルと鏡を覗いていた。


 店の奥から出てきたチルはそれを見て、ため息をつく。

 ちなみにマーナは鏡を店に置いて帰った。お嬢様なので門限に厳しいらしい。


 アルはいい。信用はしていないが、チルの兄貴分の友人だ。だがどうにもこいつは好きになれないな、とチルは思う。

 いかにも育ちの良さそうな顔で、ひとかけらの疑いも持たずにチルの言葉を信じている。


(よっぽどのご身分だよな。こいつ)


 そんな人間が、汚いこの店で楽しそうにしている様が理解できない。


「幽霊が写り込むなんて凄いじゃないか!」

 アルが楽しそうに言う。イーアも頷いた。

「こんな事、本当にあるんだね。母上の話を聞いた時も半分くらいしか信じていなかったけど」

 なかなか酷い息子である。


 男二人が瞳を輝かせて鏡に見入っている様に、チルは呆れた。

「そんな見ててもでねぇぞ幽霊」

「そうなのか?」

 イーアがびっくりして顔を上げる。


 あったりめーだろ、とチルは店の椅子に座る。

 古い安楽椅子がぎしりと軋んだ。

「幽霊にしろ人ならざるものにしろ、太陽のある時間には出てこねーよ。影のものなんだから」 


 それでもきょとんとしているイーアに、仕方ないなぁとチルは商品の時計を指差す。古いタイプのそれは、針がぐるっと一周して一日を数える、いわゆる一日時計と言うやつだ。

 チルの指は時計の一番上を指差している。


 この大陸では一日を六つの時間に分けて数え、それぞれに創生の六柱の女神が充てられている。


 一番上の場所は日付が変わる境目、古い言葉で『翠の女神』の時間だ。

 指をゆっくり真下に動かしながら、チルは説明する。


「ここからここ、中天の時間、つまり六時(12時)までは『金の女神』の領域。太陽の力が強い時間だな。『(グリューン)』、『(ロート)』、『(ゴルド)』の時間だ。

 六時からは逆に夜の女神の力が増して、『銀の女神』の領域に切り替わる。『(ジル)』、『(ブラウ)』、『(ダンケ)』の時間だ」


 その夜の時間の最後を飾る黒の女神の時間が終わると、日付の切り替わりと共に金の女神の領域に戻るのだ。


 最近は数字を当てはめ、一日を十二の数字で区切るのが普通だ。

 なので、一般的な知識ではないが、それくらい知っているだろう? という挑発の意を込めて見ると、びっくりするくらい大きく目を見開いたイーアがいた。


「昔は女神の名前で時間を呼んでいたことは知っていたが、ちゃんと意味があったのか」

 その目には何故か尊敬の意味が込められている…気がする。


(なんで……?)

 普通は馬鹿にされたと怒る場面ではないだろうか。顔が引き攣りそうなのを必死に堪えながら、チルは続けた。


「で、この黒の女神が自身の眷属を持たない女神。代わりに人の死後を司ると言われている。 

 どこまで本当かわかんねーけど」


 黒の女神の時間は、黄昏時からさらに時間が進み世界が闇に染まる時間から、日付が変わるまでの時間だ。この時間は死者の時間と言ってもいい。

「つまりはこの時間しか幽霊は出てこねぇんだよ。基本的には」


 今はまだ夕方なので、古い時間の呼び方で言うと蒼の女神が始まったばかり。黒の女神の時間が始まるまでは、ふたとき(4時間)ほど早い。

 さらに幽霊の出現には、いろいろな条件が必要になるので、見守っていてもぽいぽいと出てくるものではない。


「つーわけで帰った帰った!」

 チルは手で追い払うような仕草をする。


「え、僕も幽霊を見たい」

 イーアが声を上げる。

「あんなもん、見たって碌なことねーぞ。下手すりゃこっちの精神持ってかれるからな」


 それを聞いて、イーアの目がますます輝く。

「と言うことは、チルは幽霊を見たことがあるのか? どこでだ? この店でか?」

 ただただ純粋な好奇心いっぱいな顔で、矢継ぎ早に聞く。

 その後ろから無責任なアルが、チルは幽霊を見れるんだよねーなどと余計なことを言った。


 チルはうんざりしてイーアの顔を見返した。

(こいつ、マジで顔がいいよなー)


 店に最初に入ってきた時、一瞬驚いて隙が出来てしまったくらいだ。

 金の髪はきらきら光り、手入れされた綺麗な肌。金のまつげに縁取られた瞳は紫色で、この世の中の綺麗なところだけ見てきたんだろうと思えるほど、澄んでいる。そのパーツひとつひとつが見事なバランスで配置された、整った顔。

 本人が無頓着な様子なのが、余計に腹立たしい。


 本人は庶民っぽいと言っていたが、どう見ても超一級品のシャツにズボン。


(貴族はトラウザーって言うんだっけ?)


 この街は治安もいいし、警邏隊の巡回も多い。だがもし、あの姿で西方諸国でも歩こうものなら、一発でカモである。誘拐犯、殺人犯、変態野郎どんと来い状態である。


(一生関わりたくないタイプだが、ちくしょう)


「だーめ、帰れ帰れ。明日教えてやるから」

「だが、もしかしたら僕の探している鏡の手がかりが見つかるかもしれないし…。今日はここに泊まらせてくれないだろうか!」


 とんでもないことを言い出した。冗談じゃない。

 目を細めて睨みつけると、イーアは大真面目な顔の前に両手を合わせる。どこでそんなポーズ覚えてきたんだ。


「宿代も払う!」

「うっせーどうせ金貨しか持ってねーだろ」

「金貨では足りないだろうか…」

「てめぇはもう少し世の中のことを勉強してこい!」


 堪らずチルが叫ぶと、イーアはぱちぱちと瞬きをする。その様子に、チルは大きなため息を吐く。


(ぜってー自分ではわかってるつもりだな。こいつ……)

 大変面倒なことになってしまった。



 ◾️ ◾️ ◾️



「ご機嫌だな、イーア」

 食堂の向かいの席に座るアルが楽しそうに言うので、イーアはしっかり頷いた。

 今日は色々なことがあり、とても楽しい。

 初めて袖を通した服も、ごわごわしていて、とても新鮮だ。


 あれから散々交渉した結果、今晩はチルの家に泊まることになった。

 家は店の奥にあり、チルと同居人の部屋と、ほとんど使われていないキッチンと浴室があるらしい。


 チルは普段食事は店屋物で済ませるそうなので、今日は三人で近所の食堂『子羊と杯』亭に来た。家を出る前に、大変不機嫌なチルが無言で差し出したのがこの服だ。

 麻のシャツに綿素材のズボン。サスペンダー付きで、ちょっと楽しい。


「麻より綿の方が一般的?」

「どちらも庶民の服としては普通だな。東方諸国は麻の生産量が多いので、安価に出回っている」


「チルは家では風呂を使わないって言ってたけど、普通はそうなの?」

「湯を沸かす魔導具は高価だからな。ここいら旧市街地はいまでもかまどを使う。かまどはだいたい台所にしかないから、湯を運ぶのが面倒なんだよな。

 公共浴場を使うことの方が多いだろう」

 アルの丁寧な説明に、イーアは目を丸くした。

「公共浴場?」


「先に言っとくけど、連れていかねーからな」

 どん、とテーブルに料理の乗ったトレーを置いいて、チルが言い切る。先程まで店の従業員とカウンターで楽しそうに話をしていたのに、イーアの向かい側に座るとひどい不機嫌になった。


「行きたいとは言っていない」

「すぐ言い出すだろ。お坊ちゃんは好奇心いっぱいだな」

「お坊ちゃんいうな」

 二人が言い合うと、アルは黙ってチルが持ってきた食事に手を伸ばす。鶏肉の煮込みに焼いたバケット、グラタンのようなものに、トマトのスープ。なかなか美味しそうだ。


 イーアは思わず身を乗り出し、そしてふと固まる。

(どうやって食べればいいのだろう)

 大皿にこんもりと盛られた肉は大きい。フォークはあるが、ナイフはどこにも見当たらなかった。


 イーアの戸惑いに気がついたのか、チルが大皿から取り分けてイーアの前に置き、そして金属製のフォークを差し出した。

 それを受け取り、それでも困惑していたイーアだが、向いのチルが器用に食事をはじめたのを見て、彼に倣いながら煮込みを口に運ぶ。


「美味しい!」

 繊細な味、というよりがっつり香辛料を効かせて煮込まれた肉だが、いつもの食事と全く違う味にイーアはすぐに夢中になった。


「だろ? ここの定番メニューのコイツが最高なんだよな」

 チルもそう言いながらバケットをちぎって口に放り込むが、ほんの数切れ食べただけで手を止めた。

 あまりにも美味しそうにイーアが食べるので、その様子を呆けたように見ている。


「食べ盛りだなー」

 アルも行儀悪く片肘をついて、その様子を見ていた。

「と、悪い。ちょっと一杯だけもらってくる」

 席を立ってカウンターに向かうアルの後ろ姿に、飲みすぎんなよーとチルが声をかける。


 アルが移動すると、酒場中の視線がちらちらとそちらに向かう。あからさまにアルの方を見ながら、こそこそと話している人たちもいた。


「アル、目立っているね。スーデン人だから?」

「それもあるけど、帯刀してるからだろ」

 ぱりっとバケットを齧りながら、チルが答える。


 そういわれると確かに、この酒場の中で剣を持っているのはアルしかいない。

 そもそも、都市の中で武器の所持は基本的には禁止だ。許されるのは職業軍人、騎士団、許可を得た冒険者のみ。

 職業軍人は私服での武器の所持は許されない。

 なのでアルに興味のある人は、彼が騎士団か冒険者か見極めかねているのだろう。


「そういえば冒険者って見たことない」

 ぼそっとイーアが呟くと、チルが頷いた。

「東にはあんまりいないんだよな。西の方にならいるけど。

 だからここからもう少し南の都市……ラモンに行くと結構いるぜ。あそこは大陸道が通っているからな」

「へぇ」

 チルはなんでも知っている。

 それと同時に、自分の勉強不足を強く感じて、イーアは情けなかった。


「なんだか、へんな感じ」

 ボソリとこぼした声が聞こえ、イーアはそちらを見る。拗ねたような顔でチルが頬杖をついて窓の外を眺めている。


 またなにか、チルの不快なことをしてしまっただろうか。

 そんな気遣わしげなイーアの視線に気がつき、チルは力無く。

「なんでもねぇよ」

 投げ捨てるように言う。


 イーアはただ首を傾げるだけだった。



お読みいただきありがとうございます!

かっこ内の洋数字は我々の感覚の時間です。この世界は時間も暦も女神様基準です。


この世界の一年の暦は、

冬至から夏至までの間が【翠月】【朱月】【金月】、

夏至から冬至まで【銀月】【蒼月】【黒月】と呼びます。

曜日という感覚はなく、『銀月の12日』というふうに日数は数えます。

6日間の『労働』の日が続き、1日『女神の休日』というお休みの日になります。

他にも我々の感覚でいう祝日が何日かあります。暦は暦を作る機関があり、そこで作られたカレンダーのようなものが帝国中で配布されるので、世界共通です。

暦を作っているのは『象牙の塔』という場所で、彼らは星を読んで暦を決めます。


この後アルはやっぱり飲みすぎました。

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