第2話 カモがネギを背負って生きていく(?)
「へえー、じゃあアルは今騎士団にいるんだ」
チルと呼ばれた少年は今、カウンターに座り足をぷらぷらさせながら、アルの話を聞いていた。
アルは棚に寄りかかりイーアの隣にいる。イーアは棚から何か落ちるのではないかと心配で仕方ないが、アルの様子から察するに、この店に慣れているのだろう。
長身のアルの隣は安心する。アルはちょっと軽い印象の大人だけど、一緒に行動するようになって約一年。いつのまにかイーアにとって信頼できる相手になっていたらしい。
「で、イーアは俺の皇都でのともだち。探してるものがあるっていうから、ここを紹介したんだ」
アルが隣に立つイーアの肩に手を回す。
……信頼できるけど、子供扱いされるのは少し癪だ。
「ふうん、まぁアルの頼みなら仕方ないけど。貴族様が俺なんかに頼み事するとはね」
一応歩み寄るふうに話しているチルだが、顔には嫌だと書いている。大変わかりやすい。
どうやらこの少年は貴族が嫌いらしい。
(貴族ってそんなに嫌われるのか。……アルも貴族なんだけどな)
そんな発見すら、イーアには初めてのものだったけど。
イーアはしっかりとチルの目を見る。相手が自分を嫌いでも、今のイーアには彼を嫌う理由がない。もちろん、仲良くなれたら嬉しいけど。
今はちゃんと、誠意を込めてお願いしなければ。
「家族の宝物を探している。この雑貨屋ならきっと手がかりがあるのではないかと聞いたので、どうか協力してほしい」
イーアがありったけの気持ちを込めていうと、チルはさらに嫌そうな顔をする。口が猫の鍵しっぽのようになった。
「イーア、もう少し口調は緩めた方がいい」
隣から、笑いを含んだアルの声がする。
確かに今のアルの口調はいつもと違うが、イーアはそれほど器用ではない。そう簡単にできるわけもなく、恨めしげにアルを見上げた。
彼は母親が西方のスーデン人なので、緑がかった黒髪で褐色の肌という印象的な見た目の青年だ。上背があるのに、いつも和かなので威圧感がない。そのくせにしっかり鍛えているので、とても頼もしい大人だ。
いつもは制服をかっちりと着込み、いかにも騎士という雰囲気なのに、今日はいつもよりだいぶ砕けたふうだ。
麻でできたシャツをゆるっと着て、労働者っぽい。
一方、イーアもシャツ一枚だが、ぱっと見でわかるほどの高級品なのかもしれない。一番地味な無地のものを選んだが、きっとチルにぼんぼんと吐き捨てられるほどの物なのだろう。
「わかった。頑張ってみる」
ふんっと気合を入れるイーアに、アルは嬉しそうに頷く。
その二人を見て、ますますチルは面白くなさそうな顔をした。
「で、何探してんの?」
「鏡なんだが、多分これくらいの、手鏡」
話しながらイーアは両手の指で小さな円を作る。
「母様が昔この町で手放した、と言っていた。ただ少し特殊なものなので、個人が持ち続けるとは考えにくい。古物屋に売られている可能性の方が高いのではないかと」
「母様ねぇ」
両手を組んで話を聞くチルが、鼻で笑う。
どうやら言い方が気に入らなかったらしい。
イーアは必死になって、脳内の庶民っぽい言葉辞典をめくる。
「か、かあちゃん」
慌てて言い直すイーアを見下ろして、アルが噴き出した。
チルがさらにふんと鼻を鳴らすものだから、イーアはますますいたたまれない気持ちになった。
「いいよ、話しやすいように話して。その鏡、何が特殊だったんだ?」
「母親の話では、ひとりで寂しい時、鏡に語りかけると亡くなった父親の姿を映し出したそうだ」
チルが首を傾げた。
「父親の姿? そいつはすごいな」
「幻視鏡、というものらしい」
んー、とチルは首を傾げる。
「それって、魔導具なんじゃねぇの?」
魔導具とは、文字通り魔力で動く道具だ。
かつて、人は魔法を使っていたという。だが、その力はすでに数百年前には絶えている。
代わりに使われるようになったのが、魔導具だ。この魔導具には魔石という高価な石がついているので、一目でそうとわかる。
「いや、たぶん普通の鏡なんだ」
イーアはゆるゆると首を振った。
「でも幻? 現実にはいない人を映してるんだろ? 普通の鏡じゃないじゃん」
「うん、たぶん普通ではないと思うけど……。でも違う。母様がずっと手放さず、持っていたから」
言いにくそうに視線を落とすイーアを、不思議そうにチルは見ている。アルは先程からほとんど発言していない。イーアが自分で説明するべき場面だからだろう。
「母様は子供の頃、とても大変な状況で生きていた。だから、もし高価なものだったら、持ち続けられなかったと思う」
「へぇ。『大変な状況』ねぇ」
チルはまだ首を傾げている。
「それはどこで無くしたんだ?」
「この国の広場で、落としたか、無くしたらしい。旧大門の前に市場があったとか」
「ああ、今はねーな。いつごろ?」
「えっと、十年ほど前だ」
チルは大きくため息をつきながら天井を仰ぐ。
「だいぶ昔じゃねーの。特徴とか何か知らないの?」
「すまない。母からは何も聞いていない。ただ小さな鏡だと」
「何の手がかりにもなりはしねぇ。まぁ、そんな鏡なら曰く付きモノで探してみるか……」
相変わらずとても面倒そうだが、チルがそう言ってくれたのでイーアはぱっと顔を上げる。
「ありがとう! 捜索にかかった費用は必ず払う! 報酬もちゃんと支払うから」
イーアのたまらなく嬉しそうな声に、今度はチルの方が驚いた顔をしていた。ぱちぱちと瞬きしている。
「おまえ……そんなんで貴族の世界でやってけんのかよ」
かなり呆れている。
喜び一転、イーアはしゅんと項垂れた。
「嫌な思いさせてごめん」
「そういうとこだよ!」
言いながらチルはすとんとカウンターから飛び降りた。
「アルも黙ってないでなんか言いなよ。こいつ、このままじゃカモがネギを背負って生きていく感じだぞ?」
たまらずアルが声を上げて笑いながら、イーアの頭に手を置いた。
「チルは奇怪なたとえを使うなぁ。まぁイーアはこんなんだからなぁ。仕方ない」
何がこんな感じなのか、そもそもカモって何だよ。
イーアはちょっと傷つきながら、それでも涙目になるのを堪えてアルを睨む。それを片目で受け流すこの男は、イーアがいくら凄んでも痛くも痒くもないのだろう。
「そういうわけだから、チルにはイーアと仲良くしてほしいんだ」
アルが軽い調子でそう言った途端、チルの目つきが少し険しくなった。先程の懐っこさが消え、強くアルを睨む。
一方のアルは何も変わっていないのに、その場の雰囲気が変わったような気がして、イーアは二人を交互に見た。
アルはイーアの頭に手を置いたまま、真っ直ぐにチルを見ている。
「……あー、わかったよ」
沈黙を破ったのはチルだったが、その態度は投げやりだ。
乱暴に頭を掻いている。
「じゃあちょっくら出かけるけど、お前はどこにいんの? アルの家?」
「えっと、この近くにアパートを。この夏いっぱいは滞在するつもり」
突然話を振られて慌てたイーアに、チルは乱暴にノートを投げる。
「じゃあこれに住所書いて。何かわかったらすぐ連絡するからーー」
と、言いかけたところでチルが顔を上げる。
突然の沈黙にイーアが首を傾げた時、控えめなノック音が響いた。どうやら客人らしい。
「どうぞー」
チルの乱暴な声の後、恐る恐ると言うふうに扉が少し開いた。
差し込んできた明るい外の光を背負って、一人の少女が覗いている。
ひと目見ただけでそうとわかる、貴族の少女だった。レースがいっぱいのピンクのドレスに、お揃いのヘッドドレス。
淡い蜜柑色の髪がふわふわ揺れている。榛色の瞳の下には、可愛いらしい鼻とそばかす。ぷっくらしたピンク色の唇が、緊張のせいかきゅっと引き締まっていた。
年齢はイーアたちと同じくらいだろうか。
「いらっしゃい。どうしたの?」
チルがにっこり微笑んだ。
先程の自分に対する態度とひどい違う。イーアはちょっと抗議したい気持ちをぐっと堪えた。
「こ、こんにちは。あの、ここは『ちょっと困った道具』の相談もしてくれると聞いて……」
少女が鈴が転がるような声で話しだした。
扉を抑えている右手に対して、左手はしっかりと布の包みを抱えている。
(困った道具……?)
少女の言葉に、チルは黙ったまま首を傾げる。
否定されないことに安心したようだ。少女はおずおずと扉を閉じて、店の中に入ってくる。
「あの、鏡なんですけど……」
「鏡?」
突然上がったイーアの声に少し驚きつつも、少女は頷く。
「へぇ」
チルはニヤリと笑いながら、そっと手を伸ばした。
「どんな鏡?」
「あの……」
少女はそっと布の包みをさしだす。
「鏡の中に、幽霊が写っているんですっ」
イーアは思わず駆け寄り、チルの肩越しに布包を観察する。
そのイーアの顔を振り向きながら、チルは呆れたような視線を投げて寄越した。
お読みいただき、ありがとうございます!
アロイス雑貨店には怪しい物がいっぱいあるので、たまに寄りかかって何か触っちゃうと、軽く呪われたりします。
まだ始まったばかりですが、面白そうかな? 続きが気になるなと思っていただけると嬉しいです。
誤字報告もありがたいです!
よろしくお願いいたします。