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ファントム・ミラー  作者: ひかり
【第一部】幻視鏡をさがして
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第2話 カモがネギを背負って生きていく(?)

「へえー、じゃあアルは今騎士団にいるんだ」

 チルと呼ばれた少年は今、カウンターに座り足をぷらぷらさせながら、アルの話を聞いていた。


 アルは棚に寄りかかりイーアの隣にいる。イーアは棚から何か落ちるのではないかと心配で仕方ないが、アルの様子から察するに、この店に慣れているのだろう。


 長身のアルの隣は安心する。アルはちょっと軽い印象の大人だけど、一緒に行動するようになって約一年。いつのまにかイーアにとって信頼できる相手になっていたらしい。


「で、イーアは俺の皇都(こうと)でのともだち。探してるものがあるっていうから、ここを紹介したんだ」

 アルが隣に立つイーアの肩に手を回す。

 ……信頼できるけど、子供扱いされるのは少し(しゃく)だ。


「ふうん、まぁアルの頼みなら仕方ないけど。貴族様が俺なんかに頼み事するとはね」

 一応歩み寄るふうに話しているチルだが、顔には嫌だと書いている。大変わかりやすい。

 どうやらこの少年は貴族が嫌いらしい。


(貴族ってそんなに嫌われるのか。……アルも貴族なんだけどな)

 そんな発見すら、イーアには初めてのものだったけど。


 イーアはしっかりとチルの目を見る。相手が自分を嫌いでも、今のイーアには彼を嫌う理由がない。もちろん、仲良くなれたら嬉しいけど。

 今はちゃんと、誠意を込めてお願いしなければ。


「家族の宝物を探している。この雑貨屋ならきっと手がかりがあるのではないかと聞いたので、どうか協力してほしい」

 イーアがありったけの気持ちを込めていうと、チルはさらに嫌そうな顔をする。口が猫の鍵しっぽのようになった。


「イーア、もう少し口調は(ゆる)めた方がいい」

 隣から、笑いを含んだアルの声がする。


 確かに今のアルの口調はいつもと違うが、イーアはそれほど器用ではない。そう簡単にできるわけもなく、恨めしげにアルを見上げた。


 彼は母親が西方(さいほう)のスーデン人なので、緑がかった黒髪で褐色の肌という印象的な見た目の青年だ。上背があるのに、いつも(にこや)かなので威圧感がない。そのくせにしっかり鍛えているので、とても頼もしい大人だ。

 いつもは制服をかっちりと着込み、いかにも騎士という雰囲気なのに、今日はいつもよりだいぶ砕けたふうだ。

 麻でできたシャツをゆるっと着て、労働者っぽい。


 一方、イーアもシャツ一枚だが、ぱっと見でわかるほどの高級品なのかもしれない。一番地味な無地のものを選んだが、きっとチルにぼんぼんと吐き捨てられるほどの物なのだろう。


「わかった。頑張ってみる」

 ふんっと気合を入れるイーアに、アルは嬉しそうに頷く。

 その二人を見て、ますますチルは面白くなさそうな顔をした。

「で、何探してんの?」


「鏡なんだが、多分これくらいの、手鏡」

 話しながらイーアは両手の指で小さな円を作る。

「母様が昔この町で手放した、と言っていた。ただ少し特殊なものなので、個人が持ち続けるとは考えにくい。古物屋に売られている可能性の方が高いのではないかと」


「母様ねぇ」

 両手を組んで話を聞くチルが、鼻で笑う。


 どうやら言い方が気に入らなかったらしい。

 イーアは必死になって、脳内の庶民っぽい言葉辞典をめくる。

「か、かあちゃん」

 慌てて言い直すイーアを見下ろして、アルが噴き出した。

 チルがさらにふんと鼻を鳴らすものだから、イーアはますますいたたまれない気持ちになった。


「いいよ、話しやすいように話して。その鏡、何が特殊だったんだ?」

「母親の話では、ひとりで寂しい時、鏡に語りかけると亡くなった父親の姿を映し出したそうだ」

 チルが首を傾げた。

「父親の姿? そいつはすごいな」

「幻視鏡、というものらしい」


 んー、とチルは首を傾げる。


「それって、魔導具なんじゃねぇの?」


 魔導具とは、文字通り魔力で動く道具だ。

 かつて、人は魔法を使っていたという。だが、その力はすでに数百年前には絶えている。

 代わりに使われるようになったのが、魔導具だ。この魔導具には魔石という高価な石がついているので、一目でそうとわかる。


「いや、たぶん普通の鏡なんだ」

 イーアはゆるゆると首を振った。

「でも幻? 現実にはいない人を映してるんだろ? 普通の鏡じゃないじゃん」


「うん、たぶん普通ではないと思うけど……。でも違う。母様がずっと手放さず、持っていたから」

 言いにくそうに視線を落とすイーアを、不思議そうにチルは見ている。アルは先程からほとんど発言していない。イーアが自分で説明するべき場面だからだろう。


「母様は子供の頃、とても大変な状況で生きていた。だから、もし高価なものだったら、持ち続けられなかったと思う」


「へぇ。『大変な状況』ねぇ」

 チルはまだ首を傾げている。

「それはどこで無くしたんだ?」


「この国の広場で、落としたか、無くしたらしい。旧大門の前に市場があったとか」

「ああ、今はねーな。いつごろ?」

「えっと、十年ほど前だ」


 チルは大きくため息をつきながら天井を仰ぐ。

「だいぶ昔じゃねーの。特徴とか何か知らないの?」


「すまない。母からは何も聞いていない。ただ小さな鏡だと」


「何の手がかりにもなりはしねぇ。まぁ、そんな鏡なら曰く付きモノで探してみるか……」

 相変わらずとても面倒そうだが、チルがそう言ってくれたのでイーアはぱっと顔を上げる。


「ありがとう! 捜索(そうさく)にかかった費用は必ず払う! 報酬(ほうしゅう)もちゃんと支払うから」


 イーアのたまらなく嬉しそうな声に、今度はチルの方が驚いた顔をしていた。ぱちぱちと瞬きしている。


「おまえ……そんなんで貴族の世界でやってけんのかよ」

 かなり呆れている。

 喜び一転、イーアはしゅんと項垂(うなだ)れた。

「嫌な思いさせてごめん」


「そういうとこだよ!」

 言いながらチルはすとんとカウンターから飛び降りた。

「アルも黙ってないでなんか言いなよ。こいつ、このままじゃカモがネギを背負って生きていく感じだぞ?」


 たまらずアルが声を上げて笑いながら、イーアの頭に手を置いた。

「チルは奇怪なたとえを使うなぁ。まぁイーアはこんなんだからなぁ。仕方ない」



 何がこんな感じなのか、そもそもカモって何だよ。

 イーアはちょっと傷つきながら、それでも涙目になるのを堪えてアルを睨む。それを片目で受け流すこの男は、イーアがいくら凄んでも痛くも痒くもないのだろう。


「そういうわけだから、チルにはイーアと仲良くしてほしいんだ」

 アルが軽い調子でそう言った途端、チルの目つきが少し険しくなった。先程の懐っこさが消え、強くアルを睨む。


 一方のアルは何も変わっていないのに、その場の雰囲気が変わったような気がして、イーアは二人を交互に見た。

 アルはイーアの頭に手を置いたまま、真っ直ぐにチルを見ている。


「……あー、わかったよ」

 沈黙を破ったのはチルだったが、その態度は投げやりだ。

 乱暴に頭を掻いている。


「じゃあちょっくら出かけるけど、お前はどこにいんの? アルの家?」


「えっと、この近くにアパートを。この夏いっぱいは滞在するつもり」

 突然話を振られて慌てたイーアに、チルは乱暴にノートを投げる。

「じゃあこれに住所書いて。何かわかったらすぐ連絡するからーー」


 と、言いかけたところでチルが顔を上げる。

 突然の沈黙にイーアが首を傾げた時、控えめなノック音が響いた。どうやら客人らしい。


「どうぞー」

 チルの乱暴な声の後、恐る恐ると言うふうに扉が少し開いた。

 差し込んできた明るい外の光を背負って、一人の少女が覗いている。


 ひと目見ただけでそうとわかる、貴族の少女だった。レースがいっぱいのピンクのドレスに、お揃いのヘッドドレス。

 淡い蜜柑色(みかんいろ)の髪がふわふわ揺れている。榛色(はしばみいろ)の瞳の下には、可愛いらしい鼻とそばかす。ぷっくらしたピンク色の唇が、緊張のせいかきゅっと引き締まっていた。

 年齢はイーアたちと同じくらいだろうか。


「いらっしゃい。どうしたの?」

 チルがにっこり微笑んだ。

 先程の自分に対する態度とひどい違う。イーアはちょっと抗議したい気持ちをぐっと堪えた。


「こ、こんにちは。あの、ここは『ちょっと困った道具』の相談もしてくれると聞いて……」

 少女が鈴が転がるような声で話しだした。

 扉を抑えている右手に対して、左手はしっかりと布の包みを抱えている。


(困った道具……?)


 少女の言葉に、チルは黙ったまま首を傾げる。

 否定されないことに安心したようだ。少女はおずおずと扉を閉じて、店の中に入ってくる。


「あの、鏡なんですけど……」


「鏡?」

 突然上がったイーアの声に少し驚きつつも、少女は頷く。


「へぇ」

 チルはニヤリと笑いながら、そっと手を伸ばした。

「どんな鏡?」


「あの……」

 少女はそっと布の包みをさしだす。

「鏡の中に、幽霊が写っているんですっ」


 イーアは思わず駆け寄り、チルの肩越しに布包(ぬのづつみ)を観察する。

 そのイーアの顔を振り向きながら、チルは呆れたような視線を投げて寄越(よこ)した。



お読みいただき、ありがとうございます!

アロイス雑貨店には怪しい物がいっぱいあるので、たまに寄りかかって何か触っちゃうと、軽く呪われたりします。


まだ始まったばかりですが、面白そうかな? 続きが気になるなと思っていただけると嬉しいです。

誤字報告もありがたいです!

よろしくお願いいたします。

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