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ファントム・ミラー  作者: ひかり
【第二部】緋虎の鏡
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第5話 古きものたちと新しきものたち

 ゴルドメア帝国は、三つの大公国を柱としてこの大陸全土を治めている。


 そのひとつがチルが住む東の大公国ワルド。この国と帝国の『銀の王朝』とは関係が深い。

 ワルドは四百年ほど前、当時の腐敗した金の王朝を終わらせ、皇帝の落胤だった銀の青年を皇帝の座に据えた協力国の一つだ。その時から今に至るまで、ワルド大公国の現王朝に対する忠誠は揺るぎない。


 十数年ほど前の『皇女の内乱』時にも、幽閉されていた現在の皇帝を救出したのが現ワルド大公の弟で、現在も第一側近のモーリッツ・ワルド子爵。その後も現ワルド大公が挙兵し、皇帝位を取り戻すのに大いに貢献した。婚姻は成立しなかったが、一時期皇帝の婚約者となったのもこのワルド大公の養女だった。この公女は皇帝の第一子を産んだと言われている、らしい。



 そのワルド大公には三人の息子がいる。


 長男と次男は有能と名高く、共に大公を支え働いている。末の息子アルトゥールは若い頃はあまり良い噂はなかったが、今は帝国騎士団で皇族の専属騎士、第一皇子の側近として帝国に仕えていた。


 そのアルトゥール・ワルドの婚約が発表されたのは、今年の春のこと。

 しかも相手は帝国の貴族で、帝国四公のひとつサヴァーラント公爵家の第三子、オティーリア・サヴァーラントだった。


 あまりのことにワルド大公国では臣下一同が仰天し、アルトゥールの大叔父の現宰相は泡を吹いて倒れたとか。ルッソからその話を聞いた時、チルは思わず腹を抱えて笑ってしまった。 

 だが、ルッソが説明してくれた話ではこれは笑い事では無いという。


 オティーリアの父、サヴァーランド公爵は帝国内で西の大公爵と呼ばれる人物だ。

 ワルド大公家と同じく、『銀の王朝(ジル)』立役者でもあり、北の大公爵シュヴァルツエーデ公爵家と共に帝国の双翼と呼ばれている。


 この双翼は、それぞれ相反する派閥の領袖だ。

 『銀の王朝(ジル)』を支えるサヴァーランドら新しきものたち(ノイ)派と、『金の王朝(ゴルド)』を復権させようとするシュヴァルツエーデ、ノーヴァなどの古きものたち(アルト)派だ。

 この二つの派閥は、新王朝の樹立から四百年間もの長い間、帝国の支配権を巡って権力争いを続けてる。


 古きものたち(アルト)は、千年前に地上に降臨した黄金の女神の後裔たちだ。シュヴァルツエーデ公爵・ノーヴァ公爵家の起源はそのゴルドメア帝国の創立と時を同じくする。他の貴族もそれより多少は後になるが、黄金の女神を信奉し、その末裔としての矜持は変わらない。


 そんな古きものたち(アルト)が帝国の支配権を取り戻そうとした事件は多い。最も最近のものでは十年以上前の『皇女の内乱』だ。

 この反乱の首謀者は前シュヴァルツエーデ公爵。彼は実の息子である現皇帝を幽閉し、皇帝位に妻である皇女を据えようとした。結果としてその内乱は失敗し、前公爵は処刑。古きものたち(アルト)の筆頭が失脚し、帝国の勢力図は大きく変わった。



 これまでワルド大公家は同じ新しきものたち(ノイ)でありながらも帝国内のいくつかの貴族家とは距離を取り、古きものたち(アルト)との表立った対立を避けていた。

 このアルトゥール・ワルドとオティーリア・サヴァーラントの婚約は新しきものたち(ノイ)にとっての大きな動き、ワルド大公国が古きものたち(アルト)に対して大きく牽制した形となる。


 これは、既にだいぶ力を失っていた古きものたち(アルト)にとって大きな打撃だった。


 更にそれより少し前、長い間空席だったシュヴァルツエーデ公爵位を第一皇子が継承した。この皇子は現皇帝の婚外子の為、早くに皇位継承権を放棄しており、祖父の地位を受け継ぐのに問題はない。


 かつての古きものたち(アルト)の筆頭公爵に即位する第一皇子は新しきものたちの掲げる『銀の王朝(ジル)』の皇子、その側近にワルドの第三公子、さらにその妻が新しきものたち(ノイ)の重鎮のサヴァーランド家の娘。


 こうして『銀の王朝(ジル)』の始まりから四百年にして初めて、古きものたち(アルト)の勢力が大きく削がれ、新しきものたち(ノイ)がその影響力を大きく伸ばすことになった。



 ■ ■ ■



 そんな話を聞いた時、チルは『自分とは関係ない世界の話』だと思った。


 去年だったか、何かのきっかけでイーアが母親の話をした時に、『公の場では母と呼べないのが寂しい』と言ったので、相変わらずマザコンだなと揶揄っただけでそれ以上の話はしなかった。聞きたくないし、聞いてしまったら後戻りできないと思ったからだ。


(でもやっぱり、知らないふりなんて出来ないよな)


 チルはベッドの下に隠してあった木箱から、小さな首輪を取り出す。一見それは黒いレースで飾られた、柘榴石のチョーカーにしか見えない。

 幼い頃、チルはこれを毎日付けていた。昔は金属で出来ていたので、とても冷たい感触だったのを覚えている。

 成長してからは、ほとんど使うことがなかった。


 だが、今はイーアとリアには手助けが必要だ。


(どう考えても…世間知らずなあの二人の計画が、うまくいくはずがないよな)


 だが、チルに出来ることなど何もないのだ。

 誰かに協力を仰ぐ必要がある。


(ピア姐さんは…やっぱ怒るだろうし…)


 同じく怒るだろう兄貴分の顔を思い浮かべる。ルッソなら頼み込めば、チルのお願いを聞いてくれるだろう。


(やっぱ、俺は、役立たずだなぁ)


 そう痛感し、チルはひどくやりきれない気持ちになった。今の自分は誰かの助けがなければ、イーアを手助けする事すら難しいのだ。


 店に出ると、ダイニングのテーブルの上でリンが心配そうにこちらを見ていた。チルはリンの前に座り、そに体にそっと触れる。

 リンが嬉しそうに喉を鳴らしながら、チルの鼻の頭を舐めた。ざらりとした感触で、少し痛い。


「チルはどうしてそんなに悲しいの?」

 リンがそっと首を傾げながら優しい声で尋ねる。

 どうやら人外のものには、頑張って隠している感情でも筒抜けらしい。その声に誘われるように、チルの鼻の奥がつんと痛くなった。


「あの馬鹿が、アホなことするって言うのに、手助けするって言えかったから」


 リンは首を傾げた。


「あいつと俺は、ここで、この店の中だけのイーアとチルなんだ。世界も、身分も違う」

 リンがぺろぺろとチルの目尻を舐める。それでも次から次へと涙が溢れて、雫がぽたりとテーブルに落ちた。

「…俺があいつが何者かちゃんと聞いてしまったら、もうイーアって呼べない。もう…友達ではいられない」


 はっきりとお互いの立ち位置を知ってしまったら、その時からチルはイーア専属の『蒼眼の鷹』になる。彼の僕として、盾にも剣にも、暗器にもならなければならない。

 そのためにアルは二人を会わせたのだから。

 そうなったらもう、気軽に頭を触ることも、殴り合うことも、冗談を言い合うことも出来なくなる。


 ただそれが、今のチルにはとても怖い。ずっとずっと、対等な関係でいたい。


「そっか。チルはイーアが好きなんだね」

 リンがそう言いながら、チルに体を擦り付ける。

「うん、あいつは、ともだち、だから」

 涙が溢れるまま、しゃくりあげながら、チルは何とか言葉にした。


 物心つく前から、色々な仕事をさせられた。失敗したら、自分か、自分を庇う人が酷い目にあう。そんな環境の中で、必死に生きてきた。


 『蒼眼の鷹』の親方が失脚し、新しい団長になってから生活は一変した。普通の子供と同じように学校に行かされたが、誰とも親しくならなかった。

 両親に庇護されて育っている子供達は、何だか別の世界の存在のよう。あまりにも違いすぎて、結局学校にも行かなくなってしまった。


 だから、イーアはチルにとって、はじめての同じ年頃の友達だ。


「うん、それが聞けて嬉しい」

 リンの金色の目が、ぼやけた世界の向こう側にある。一つ瞬きするだけで、薄暗い室内でもきらきら輝くリンの瞳が見えるのに、やがてすぐに不明瞭になってしまう。


「わたしは応援するよ。ちゃんとふたりがお友達のままでいられるように。何があっても、チルの味方だよ」

 リンはふるんとしっぽを揺らす。

「だって、わたしはチルのおばあちゃんだもん!」


 チルは頷く。

「ありがとう、リン…すげぇ嬉しい」


 テーブルに突っ伏すと、そっとリンが寄り添う。なんだかとても温かくて、ほっとした。



「ところで、チル。なんかお店から変な気配がするんだけど、気のせいかしら?」

 リンが猫らしく尻尾をぴっぴっと揺らしながら、目を細めて店の方を見る。

「え? いまはなにも無いはずだけど」


 この店には呪いの人形やら、座ると必ず死ぬ椅子とか、曰く付きのアイテムが多数あるが、そう言った危険な物は全てアロイスの部屋に突っ込んである。なので、店には特別な物はないと思うのだが。


「うーん、なんか変なのよ。さっきからこっちを見ているような?」

 頭の位置を低くして、すいっと目を細めているリンの背中を、チルはそっと撫でる。気持ちがよかったのか、リンはさっさと警戒を解いて、その手にすりすりと体を寄せる。


「まぁ多少のことなら、わたし解決できるから、安心してちょうだいね!」 


 琥珀色のまんまるな瞳で誇らしそうに言われると、おばあちゃんだとわかっていても可愛い。

『今夜はわたし、チルと寝るのー!』なんて言いながら体を擦り寄せてくるのだから、なおさらだ。


 ふわふわの毛並みと優しいリンの匂いに包まれて、あまりの幸福感に一瞬意識を失いかけたが、思い切ってチルはずっと不思議に思っていたことを尋ねることにした。


「リンのご主人さん? 『黒翼の魔女』ってどんな人なんだ?」


「んー? えっと、偏屈で頑固なおじいちゃんよ!」

 予想とは全く違う方向の返答がきた。魔女なのに、おじいちゃん?


「は?」


「あなたの瞳の色はヒトガタの彼と同じよ! もともと真っ黒な目だったので、怖いからね、フロレンティア湖の色に変えさせたのよ。それが子孫にそのまま!」


 情報が多い。

 チルはちょっとだけ混乱し、前髪をくしゃりとかき混ぜた。


 フロレンティア湖、確か北の大公国の高原にある美しいと名高い湖だ。そして、その聞きなれない発音をチルは何故か懐かしく感じる。


 この大陸にはいくつかの言語が話されているが、ほとんどの人が使っているのが共通語だ。そして共通語は場所によって、少しずつイントネーションが変わる。いわゆる訛りというやつだ。

 それは大陸東部と北では大きく異なり、同じ湖の名前も、少し違って聞こえる。今、リンが言った言葉をどこかで聞いた事があっただろうか。


「フロレン…」

「そうそう、昔あそこには白亜のお城があってね! そこであなたのご先祖の男の子が生まれたのよ! 今でもお城はあるんだけど、だいぶ古くなっちゃった」


「ご先祖さん…人間だったリンと、旦那って…黒翼の…?」

「うん!」

「はぁ!?」


 すごい話を聞いてしまった。

 どうやらチルは伝説級の魔女、『黒翼の魔女』の子孫ということらしい。てっきり、童話にあるような魔女と使い魔みたいな関係だと思ったら、黒翼の魔女とリンは夫婦だったという。


 先ほど感じた謎の郷愁感も一気に吹っ飛んで、チルはあわわと頭を抱える。


「ついでに言うと、チルは人間だった頃のわたしにそっくりだから、きっと先祖返りね! 幽霊を見れる力も、絶対あの人の血の影響だと思うわ! 『黒翼の魔女』は死者の世界に繋がっているんですって!」


 もはやチルの許容範囲を超えている。


「うん、リンばあちゃん。寝よう。まだ夕飯も食ってないけど、寝てしまおう。イーアも帰ってないけど、寝るのが一番だ」

 そう言いながら、チルはさっさと寝支度をすることにした。




ありがとうございます。


この後、リアを宿に送り届け、夕ご飯用の食材を買ってきたイーアはしっかり締め出されてしまいました(裏口の扉を外して侵入)。


次の日「これからは店の鍵は僕も持つ」とお怒りだったとか。


アルトとノイの対立は歴史が長く、

現皇帝の祖母の時代にも政変がありました。

この時は暗殺されかかった祖母(前皇帝)が数年雲隠れし、帰国後皇帝位に付きました。


この派閥争いを終結させようと、現皇帝やイーアは動いています。

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