表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファントム・ミラー  作者: ひかり
【第二部】緋虎の鏡
20/78

第3話 おしゃべりな黒猫リン

 その直後、アロイス雑貨店の扉が大きく開いた。

 その向こう側にいる人物の姿を見て、チルは一瞬、心臓が跳ね上がるような錯覚を覚える。


 この一年で、また少し雰囲気が変わった。去年会った時もびっくりするほど背が伸びていたが、既にチルと頭一つ分は差ができたのではないだろうか。


 身長だけではなく体つきも、ひと回り大きくなった気がする。

 そういえば騎士団に紛れて訓練をしていると言っていたが。顔つきも少年というより青年という呼称がふさわしい、そんな様子に、一瞬だけチルは落ち着かないような気分になる。


 シンプルで質素に見える飾り気のない服装、白いシャツに黒いウエストコートとパンツは、いかにも上流階級らしい。耳には見慣れない黒のピアスもある。その全てが、彼を実年齢より大人びて見せていた。


 変わらないのは、短くとも光を弾く見事な金髪と、穏やかな紫の瞳。それを見たとたんに、妙な安心感を覚えてチルはふんわりと笑った。


「おかえり、イーア」


「チル、ただいま」

 対するイーアも穏やかな笑顔をこちらに返す。

 だがその声は、去年の掠れたような声と比べると、すっかり大人のものになっていた。


 その瞬間、泣きたいような叫びたいような、そんな感情が湧きたつ。


 また会えた。

 会えて嬉しい。


(俺は本当に、こいつと会いたかったんだ)


 それをしっかり自覚しただけで、なんだか心の中が少しあたたかくなったような気した。



 ◾️ ◾️ ◾️



 ―――と、ついさっき会いたかったという気持ちを自覚したばかりなのに…とチルは面白くない気持ちのまま、手元のコーヒーカップを意味もなく回す。


 今、食堂に居るチルとイーアの間には、微妙な空気が流れていた。


「いい加減に機嫌直せ」

 キッチンのテーブルの上で突っ伏すイーアの頭に軽く拳を当ててチルが言うが、イーアは返事をしない。


「悪いって、ちょっと揶揄(からか)っちゃっただけだって。な。ほらコーヒー冷めるぞ」


 イーアは先程入れたコーヒーにも、好物のクッキーにも口をつけていない。

 つまらないなと思いながら、チルはその頭を軽く叩いてみる。ふわりと柔らかい金髪が指に絡んでくすぐったいが、イーアは一向に反応しなかった。


(そもそも、何でこんなに拗ねるかなぁ)


 チルは自分のカップを覗き込んで、息を吐く。


 一年ぶりに会ったイーアは、去年よりずっと大人になっていた。そんなイーアが、ピアの胸に興味を示すのも、仕方ないといえば仕方ない。


 それを揶揄からかった自分も悪いとは思うが、だがあからさまにじろじろ見るのはどうなんだろう。

 ーーー実はそこまで見ていないが、チルの中では食い付かんばかりに凝視したことになっている。


(胸がデカけりゃそれでいいのか)

 確かに、それは見事な胸だったけども。考えれば考えるほど、チルはむかむかしてくる。


 第一、こっちだって文句を言いたいのを我慢しているのだ。


 イーアは本来なら、金月(ゴルド)の一週目にはこちらに着く予定だった。それが伸びて、遅くなるという詫び状が届いたのが一週間前、今日は金月(ゴルド)の十五日だ。せっかく買ったイーアの好物のクッキーも、もうだいぶ日が経ってしまった。


(まずは遅くなって、すまないとかさ)


 ますます腹が立って、チルはイーアの頭を激しくかき混ぜる。

 だがやはりイーアは微動だにしない。


(って、なんで俺は腹が立ってるんだ?)


 口元にカップを持って行ったまま、チルはぴたりと動きを止めた。


 そもそも、イーアがどんな物に興味を持とうが、チルに関係のないことだ。

 まぁチルは『蒼眼の鷹』の中で、イーアのお守りを任されている立場だが、彼のプライベートにまで口を出す必要はないはずだ。


(なんか、俺、姐さんに嫉妬してるみたいじゃね!?)


 チルの思考が停止し、手の動きも止まった、その時。


「やーね。墓場の真ん中でじめじめして!」

 突然、歌うように楽しげで澄んだ声がした。


 驚いてチルが顔を上げると、いつの間にキッチンに入り込んだのか、テーブルのはしに一匹の黒猫がちょこんと座っている。


「は?」


 チルは一瞬猫に気を取られたものの、すぐに室内を見渡す。先程の声の主を探すが、この場所にいるのはイーアと自分、そしてこの猫の気配だけしかない。


 チルは目の前の黒猫をまじまじと見た。漆黒の毛並みはところどころ光を弾いて白く光っている。琥珀色の虹彩と、キュッと絞られた瞳孔がいかにも猫らしいが、その目はキラキラ輝いていた。


(普通の猫じゃないな)


 まぁ、イーアと知り合ってから、それまで知識でしか知らなかった精霊や魔法を体感した。予想外のことがあっても驚かないが、それでもここにはイーアがいる。

 何かあってからではまずい。


 チルが少し身構えた時、猫はいかにも物知り顔で喋り出した。


「まあ、しょうがないわよね。イーアはまだお子様だし、いろいろ未経験だものね!」


「うるさい」

 死んだように脱力していたイーアが、黒猫の頭を押さえて黙らせた。


 一瞬呆然としたが、猫の言いたいことを分かってしまったチルは苦笑するしかない。


 だが猫の方は、大きなイーアの手に押さえつけられては堪らないだろう。


「お前、乱暴だぞ」

 とりあえず救出しようとチルが手を伸ばすより早く、ふるんと猫が体を振って、その手から抜け出した。そして器用にぺーっと舌を出す。


 イーアは少し顔を上げて、その猫を悔しそうに見返していた。


「そうよー乱暴な男は嫌われるんだから!

 ね、あなたがチルよね。チルさんよね!」


 とん、と猫がテーブルを蹴り、飛ぶ。

 すたっとチルの目の前に降りたち、じっとその顔を覗き込んだ。嬉しそうに髭がひくひくと動いている。

「お、おう。さん付けなんていらねーよ。猫さん」


 幽霊が見れ、子供の頃からそれなりに普通じゃない経験をしてきたチルでも、流石に喋る猫は初めてだ。


 それでも、どうやらイーアと顔見知りらしいと分かったので、幾分か警戒は解いた。その猫が嬉しそうに自分の名前を呼ぶので、チルは首を傾げる。


「じゃあ、チルね! 私の名前はリンよ! よろしくねチル!」

 そう言いながら、嬉しそうにチルの頬に額を寄せる。


 チルは今まで猫を飼った事がない。動物に触れることも滅多にない。猫に擦り寄られる、という初めての経験に、さすがに緊張する。


「お、おう。って君はどこの子?」

 流石にイーアの飼い猫ってわけではなさそうだが。嬉しそうな猫におそるおそる触れながら、チルは助けを求めるようにイーアを見る。


 だがイーアは拗ねたようにそっぽを向いていた。どうやらまだご機嫌斜めなようだ。


「えーと、あたしはね。チルのお話を聞いて、どうしても会いたくなって、イーアにここまで運んでもらったのよ!」

 説明になっていない。

「そうしたらやっぱりこの魂の色! 間違いないわ!」


 チルは苦笑いした。初めて触る猫は可愛いが、流石にいろいろ不明すぎる。


「リンは俺のお師匠のパートナーだ」

 困るチルを見かねたのか、イーアがこぼすように話した。


「パートナー?」

 イーアの師匠とは『黒翼の魔女』と呼ばれる伝説級の人物だ。チルはイーアから教わるまで、実在していることも知らなかったが、はたしてそのパートナーとは。


「使い魔みたいなものよ!」

 それに答えたのはリンだった。琥珀色の瞳を大きく開いて、真っ直ぐにチルを見ている。

 そしてそっと、首を傾げた。


「ね、チル。驚かないで聞いてほしいのだけど……わたしね、昔人間だったの」

 猫の口から出ているとは思えないほど、明瞭な話し方でリンがそう言った。


「はぁ」


「でね、人間の頃のわたしには子供がいてね。あなたはその子の遠い子孫なの!」


「はぁ」


 驚く以前に、あまりにも突飛すぎて理解できない。そのチルの態度がご不満だったのか、リンがふぎゃっと叫んだ。


「遠い遠いおばあにゃんと孫むにゅめの再会にゃのよ! もうにょっと喜んで!」


 あまりの衝撃だったのか、途中からニャーニャーと猫の鳴き声になった。器用に前足を上げてチルの胸元に手をかけて、そのままにゃあにゃあ言っている。


「孫娘…」

 ということは、女だとバレているのか。

 先程魂の色とか言っていたが、こういう人外のものにはやはり変装は意味がないらしい。


「俺、そもそも家族とかいないからさ」

 柔らかいその背中に触れてみると、嬉しそうに毛並みがぴぴぴと波打つ。

 リンは鳴くのをやめ、そっとチルの胸元に擦り寄った。びっくりするくらい温かい体に、チルは言葉を失う。


「…ごめんなさい。わたしたちも、あなたの存在に気がついていなかったのよ」

 そのままぺったりとくっつくリンを、引き離すことも出来ずチルは不器用な手つきでそっと撫でる。リンの体から猫独特の何かを転がすような音がした。


「でも、あなたの魂はとってもあったかい。きっと、わたしの旦那様のチカラが宿っているわ」


 そう言われてもどうしていいかわからず、チルは困ってイーアを見る。

 まだ拗ねているのかと思ったが、イーアは頬杖をついてこちらを見ていた。しかも何故か、蕩けるような笑顔でいるのはなぜなのか。


「何だよ」

「なんでも」


 その言い方が、なんだか一歩先に進まれたような気がして悔しい。

 だがやっと、イーアが帰ってきてくれたような気がして、チルはちょっと嬉しかった。

お読みいただきありがとうございます…!


おしゃべりで元気いっぱいなリンの登場です。

「お喋りじゃないのよ! ただ単にいっぱい話したいことがあるだけなのよ!」

リンは興奮するとにゃーにゃー大変騒がしいです。


面白いな、と思っていただけましたら、ぽちっと応援していただけると嬉しいです。

毎日更新しておりますので、明日もよろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ