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ファントム・ミラー  作者: ひかり
【番外編】宵闇に蠢くもの
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第3話 とんだ肝試しになっちゃったねぇ

 目印の女神像から少し歩くと、他の建築物より一際大きな廟が姿を表した。

 かつては金色に塗られていたであろう建物は、今は灰色に煤けている。話に聞いていた通り扉は壊れ、中の様子が外からも伺えた。


「ここかな」

「お、おう……」

 初めは勢い良く歩き出したチルだが、すぐにイーアの背中にしがみつくようになった。今もイーアの背中に隠れたまま、おっかなびっくり廟を覗き込んでいる。


 そっと覗き込むと、中には石棺が二つ並んでいた。その真ん中の祭壇のような場所に、何か置いてある。


「入ってみよう」

 イーアが踏み出すと、チルも付いてこようとするが、すぐに躊躇(ためら)い足を止めた。入口から怖々と覗いている。


 廟の内部はかびくさい。日が当たらないので植物の侵食も少ないが、ひどく陰鬱とした雰囲気になっている。

「棺、あいているね」

 覗き込むと、中は空だった。どれくらい放置されていたのか、中には土が溜まっている。棺の表面の彫られた文字も、既に読みにくくなっていた。


「お前、度胸あんのな」

「うん、既に死んでいる人だからね」

 話しながら、祭壇を観察する。アル曰く、わかりやすい物が置いてあるそうだが。


「これかな?」

 祭壇だと思われる石の台の上には、人形が一体置いてあった。それをよく見ようと近付いたイーアの足元で、かしゃりと音がする。

 祭壇の下には空の酒瓶が2本転がっていた。イーアは呆れながらそれを拾う。


「アル、こんなところでもお酒飲んでいるよ」

「あいつアル中確定だな」

 苦笑いするチルの手元に、イーアは瓶を投げた。

「ごめん、持っていて」

「おう」

 器用に瓶を受け止めたチルを確認し、イーアはもう一度、人形を観察する。


 かなり年代の古い人形のようだ。本体は陶器でできているらしく、瞳には本物の宝石が()められている。着ている洋服は、紅のベルベットの生地に銀糸で細かく刺繍が施されていた。頭部にはお揃いの生地でできたヘッドドレスも付けられており、小さいながらも見事な人形だった。


「髪の毛も人髪使ってる。これ、だいぶ高価なものだと思うけど」

「そんなもん店にあったかなぁ。アロイスの秘蔵品じゃねぇの? あいつ、勝手に触るとめっちゃ怒んぞ」

 チルは心の底から嫌そうに言った。


「僕達が怒られることじゃないから、大丈夫だよ」

 とりあえず、この人形さえ持って帰れば、それで罰ゲームは回避だ。

 イーアは少し緊張しながら、人形を持ち上げる。一瞬髪の毛が手に絡むような、妙な悪寒を感じた。

「うー……」

「イーア、どうした?」

「なんでもない。……早く帰ろう」


 イーアは廟から出て、新鮮な空気に一呼吸つく。

 チルがイーアの背後を引き攣った顔で見ているが、きっと気のせいだ。気のせいであってほしい。


 帰りはほとんど早足だった。

 真っ青なイーアとチルががキッチンに戻ると、アロイスとアルは床で折り重なって寝ていた。

 チルは無言でアルの背中を蹴飛ばす。


「いや、俺はそんなもの置いてないけど」


 寝ぼけ眼のアルに、人形を突きつけた後の第一声がそれだった。

 ちなみにざるなルッソは、顔色ひとつ変えずにまだ飲んでいる。興味なさそうに戻ってきた二人を眺めていた。

 アロイスも弾けるように起きて、イーアの手の中の人形を凝視する。


「え……? 廟の祭壇に、置いてあったけど……」

 イーアは自分が持っている人形を、まじまじと観察する。最初に見た時と何も変わっていないはずなのに、その唇が嬉しそうに歪んでいるのは気のせいだろうか。


「うげぇ……マジかよ……」

 チルも忌々(いまいま)しいものを見るように、人形を見下ろす。


 アルはチルが抱えている酒の空瓶を指差した。

「俺が置いたのはそれだぜ。祭壇の上にあったろう?」

「いや、これは下に落ちて……って事は誰かがこれを落として、代わりに人形を置いたのか」

「誰が行くんだよあんな場所」


 確かにその通りだ。そもそも墓場の入り口は軍によって閉鎖されているので、入るためには設置されている柵を越えるか、雑貨店の裏口を使うしかない。

 そんな面倒なことをしてまで、墓場に入るだろうか。 


「もしかして、その人形が自分で移動した?」

 チルがますます青ざめた顔で、そんな恐ろしいことを言った。イーアはぞっとして人形を見る。

「まさか。チル、僕を揶揄(からか)わないで」

 苦笑しながら言うと、それまで無言だったアロイスが身を乗り出す。ボサボサの前髪から覗く瞳は、好奇心にきらきら輝いていた。


「旧体制時代のトリシャ人形じゃないか! こんな貴重品、どこにあったのだ!」

「じゃあアロイスの物じゃないんだね」

 イーアが確認するように言うと、アロイスは大きく頷いた。

「いらないなら、ボク貰っちゃうよ? いらない?」


 ぐいぐいとアロイスが迫るので、イーアはその腕に人形を突きつける。その間も髪の毛が指に絡むような、奇妙な感覚が続く。


「うわぁ嬉しい! これ、旧体制時代のレア物で、現存している物は帝国博物館くらいにしかないんだよー。旧公爵家の誰かの、副葬品だったのかなぁ」

 嬉しそうに人形を受け取り、くるくる回しながら観察するアロイスを、一堂は呆れた目で見守る。


「ボクの部屋に飾ろうかな! ね、かわいいしね!」

 無邪気にそう言うアロイスには申し訳ないが、もはやイーアには呪われた人形にしか見えない。

「副葬品なら、返してきた方が……」

 そう言いつつも、イーアはもう墓に行きたくない。提案も酷く弱々しい声になった。


 そのイーアの腕を、真後ろにいたはずのチルがぎゅっと掴む。驚いて振り向くと、顔面蒼白なチルが泣きそうな目でこちらを見上げていた。

「俺、あの人形と同じ屋根の下にいるの、ぜってぇいやだ……」


「とんだ肝試しになっちゃったねぇー」

 ちびちび酒を舐めながら、興味なさそうにルッソが言った。



 ✖︎ ✖︎ ✖︎



(まったく、酷い目にあった)


 日付が変わった頃、ようやくイーアは屋根裏の布団に潜り込んだ。

 この夏の間寝床にしていたマットレスは、古いタイプのもので綿やら布切やらを詰め込んだ硬いものだが、かなり厚いので寝心地は悪くない。かなり大きいので、大人が二人寝ても余裕だ。


 明日の朝には出発しなければ、学園の始業式に間に合わない。

 残念なことにイーアは生徒会に在籍しているので、始業式をサボるわけにはいかない。何がなんでも帰らなくてはいけないのだ。


「面倒だな」

 思わず呟き、イーアは苦笑いした。真面目なことだけが取り柄な自分らしくない。だがそれほどまでに、ここは居心地がいい。


 よほど疲れていたのか、墜落するように眠りにつきながら、イーアは考えようとする。どうして自分がここを好きなのか。


(そっか、チルがいっぱい笑ってくれるから……)


 そしてふと、目が覚めた。

 イーアは眠りが深いので、一度寝ると朝まで目が覚める事は滅多にない。流石に命が狙われる場面もあるので、殺意くらいには反応できればと思うのだが、相変わらず鈍感なままだった。


 なので、なぜ今意識が浮上したのかがわからない。ぼおっとしながら、身動きできずにいると、背中のほうでぱたりと音がした。


 この屋根裏に入るのには、キッチンにある梯子を登り、扉を跳ね上げなければならない。今の音は、扉が閉まる音だ。

 誰かが入ってきたのかなと、覚醒しきっていないイーアは思う。多分扉が開いた時の音で、目が覚めたのだ。


 一瞬人形の存在を思い出し、ぞっとしたイーアだったが、すぐに緊張を解いた。この気配はチルだ。

(……何か、ここに用事あったのかな)

 イーアが寝ぐらにしているこの部屋は、元々は物置だ。こんな時間だが、何か必要なものがあったのかもしれない。霞ががかった思考のまま、再び眠りにつこうとしたのだが。


 そのチルがイーアの眠るマットレスに乗った気配を感じ、一気に覚醒した。と同時に、硬直する。


(嘘だろう!?)

 イーアが完全に寝ていると思っているのだろう。チルは持ち込んだ毛布ごと、イーアの背中にくっつくように丸くなった。

 背中に彼女の気配と息遣いを感じ、イーアはひどく落ち着かない気持ちになる。


 大方、人形の件で怖くなってここに来たのだろうが、それにしても警戒心が無さすぎやしないか。


(というか、僕のことを完全に男だと見ていないって言うことか!)


 泣きたいような大声で叫びたいような、そんな衝動に耐えながらイーアは目を瞑る。どんなに意識しないようにと思っても、そううまくいく筈もなく。

 チルの安らかな寝息や、微かに香る彼女の匂い。少し身動ぎする度に反応してしまいそうになる自分を制しながら、イーアは一睡もできずに夜明けを迎えた。



お読みいただきありがとうございます!

本当にありがたいです。


一階ではアロイスは自分の部屋で、アルは台所で寝ております。ルッソは出かけた模様。

ルッソが居れば、チルはイーアのお部屋には来なかった…かも?


次回もよろしくお願い致します!

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