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ファントム・ミラー  作者: ひかり
【番外編】宵闇に蠢くもの
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第2話 罰ゲームならアレだよね

「勝負なら賞品と罰が必要だな」


 はなっから行く気のないアルは呑気だ。納得のいかない顔をしているイーアの隣で、別な話題に夢中になっていたアロイスとルッソが反応する。


「おぅ? 罰ゲームならアレだね。1日女装!」

 アロイスが愉快そうに言う。それに笑って応える大人達を見て、イーアは彼らが普段どんな遊びをしているか察した。

「僕は明日の朝にはここを出なきゃだから、それは無理だね」

「俺は罰ゲームになんねぇじゃん」

 チルも不満そうだ。


「あ、いいものがあるよー」

 ルッソがそう言いながら席をたち、店から何やら古びた鞄を持ってきた。楽しそうにその中から、大量の女物の衣装を取り出す。

「店で使っていたものだからー。好きに使っていいよー」


 取り出したのはメイド服。だがありえないほどスカートが短い。他にも色々な衣装があるが、どう見ても実用性とは程遠い。


「おま、これはっ、やばいんじゃ」

 アルが笑い出し、そのまま激しくむせる。チルも真っ赤な顔で呆然と取り出された服を見ている。首を傾げたのはイーアだけだった。

「こんな服では仕事にならないだろう」


「まぁねぇー。でもこれを着て、チルに『ご主人様』とか言ってほしいねぇー」

 にやにやと笑いながら言うルッソに、チルが無言でフォークを投げた。笑顔を崩さずにルッソはそれを素手で掴む。


「死にてぇのか!」

「僕を殺せるならどうぞー。チルには一生無理だから、大人しくこれを着るといいよー」

 けらけら笑いながらルッソが放り投げたのは、レースがたくさん縫い付けられた下着だった。苛々(いらいら)とチルが払い除けたので、それが見事にイーアの頭に落下した。

 そのあまりにも下品なデザインに、イーアはようやく理解が追いついた。


「へぇ」


 笑い転げていたアルが、しまったとばかりにイーアを見る。

 チルはまだ怒り狂っているが、アロイスは我関さずとばかりに酒瓶と砂魚の燻製を抱えて椅子ごと後退った。


「ルッソはチルのこういうの、見たいのかな?」

 頭から下ろすつもりで握ったレース部分が、ぶちりと千切れる。

 にやにやと笑うルッソが、

「そうそう、イーアだって興味あるだろー?」

 などと言うものだから、その場の空気がさらに凍る。


「じゃあこうしよう」

 満面の笑顔でイーアが言う。

「僕たちが無事に目印を持ち帰れたら、これを着るのはルッソというのはどうかな?」


 チルが「なんで!?」と言うが、これは無視する。


「構わないよー。でも、もし二人が持って帰れなかったら、二人ともこれを着てねー」


 そう言いながら掲げられた服は、先ほどのメイド服と、学生の制服を模した服だった。こちらの方はなぜか襟の下、胸元が大きく開いたデザインだ。そしてスカートもすこぶる短い。


「チルは胸が大きいから、こっちが似合うとーーごふ」

 話している途中のルッソの顔面に、取り分け用の皿がめり込む。隣のアルがぎょっとして飛び退った。チルも驚いた顔でその様をまじまじと見ている。


「了解した」

 投げた当人は涼しい顔だ。


「では行くとしよう。準備して、チル」

 イーアはにっこりと笑顔でチルに笑いかける。怯えた顔のまま、チルはこくこくと頷いた。



 ✖︎ ✖︎ ✖︎



 今日は夏らしく暑い一日だったが、日没と共に雲が出てきた。月の光のない真っ暗な中、イーアとチルは不気味な墓場の中を歩いている。


 墓場は静かだ。街中なので、耳をすませば生活音が聞こえてきそうなものだが。

 イーアは慎重に足を進める。

(野生動物の気配くらいあってもいいだろうに)

 野良猫すらその姿を見せない。


 かといって、肉体なきものの気配が感じられるかというと、そうでもない。

 イーアは数年前、母親を救うために『黒翼の魔女』の力を借りた。それがきっかけで精霊の存在を感じられるようになったが、この墓場には精霊もいないらしい。


 静寂のなか、蔦に絡まった建築物や像が乱立している。

「本当に静かだね」

 言いながら、イーアはランタンを掲げて目の前の女神像を照らした。目印がある旧公爵家の墓は、確か女神像のある十字路の右側と聞いていたが。


「ぶっ」

 足を止めたイーアの背中に、後ろを歩いていたはずのチルがぶつかる。どうやら目を閉じて歩いていたらしい。


「チル、危ないよ? 目を開いて」


 イーアが振り向きながら、ランタンでチルの足元を照らす。

 肝試しを言い出した当人(チル)は、今にも倒れそうな青ざめた顔で立っていた。


「うん……」

 恐る恐るチルが目を開ける。暗闇の中で、水色の瞳がそっと開き、そしてすぐに大きく見開く。ひゅっと息を呑む音がした。


 どうやら女神像の後ろに何かいるらしい。イーアはチルの視線を遮るように体を移動した。

「何が見えるの?」

 イーアの問いかけに、チルは震える声で答える。

「く、首に剣が刺さった女……」

 それは怖い。


 怖がるイーアを見たいと言った本人が、可哀想なくらいに怯えている。イーアは困ってしまった。ここでチルのために帰るのは簡単だが、そうすると自分達はあの服を着なければならなくなる。

 自分はまぁ、スカートくらい黒歴史の一つにできるが、チルがあの服を着るのは非常に不快だ。


 今年、チルはずっと青年の姿でいる。

 少女としてイーアの前に立ったのは、去年の幻視鏡の事件の時だけだ。また女性物の服を着てほしいなとは思うが、あれは許し難い。

 

 実のところ、『チルは胸が大きいから』というルッソの言葉も頭から離れないでいる。


「イーア?」

 不安そうなチルの声にはっとした。首を傾げて、イーアの顔を見ている。

 思わず考え込んでしまったので、その沈黙が怖かったのかもしれない。


「大丈夫だよ。……目を開けて歩ける?」

 チルは落ち着かない様子であたりを見回す。下唇を噛んで、声を上げないようにしているようだ。


(これは、無理だろうな)

 イーアは諦めて、手を伸ばす。

「じゃあ、目を瞑ってもいいけど、僕の手に捕まって」


 そう言って手を伸ばすと、即座にチルは両手でしがみついた。流石にそれは予想していなかったので、イーアは一瞬硬直する。結構強く掴まれているので痛いが、おかげで思考を飛ばさずに済んだ。


(チルは親友だ親友!)


 これが年頃の女の子だと思うと、さすがにいろいろと意識してしまう。必死になって自己暗示をくりかえすが、残念ながらイーアも思春期の少年である。


 浅い呼吸をしイーアは前を見据えた。とっとと終わらせてしまおう。

「イーア、大丈夫か?」

 チルが不安そうに言う。

「うん、進むよ」

 別な意味で大丈夫ではないとは、流石に言えない。


「チルはどうして肝試しなんて思い付いたの?」

 足元は砕けた石のかけらやら、崩壊した建築物があり歩きにくい。注意して進みながら、イーアは聞いてみた。


「お前が、来年、叙爵されるって聞いたから」

 この静けさの中でなければ聞き逃してしまいそうな、小さな声だった。

「ああ、聞いたんだね」

 帝国では慣例として、叙爵は年始の祭典で行われる。イーアは成人前だが、あと半年後には爵位持ちになる予定だった。


「チルは、僕の身分とか、誰かから聞いたの?」

「聞いてないし、知らなくて良い」

 ふとイーアが不安になり聞くと、即座にチルが答えた。

「……そう」


 イーアにとっては、チルは身分に関わらず友達だ。だが、いつかは本当の地位についても話さなくてはいけないと思う。

 こうしてはっきり拒絶されると、やはり少し寂しい。だがそれを悟られないように、イーアはチルに問いかけた。

「でもそれが?」


「……そしたら来年は、これねぇだろ? だからもっと……」

 拗ねたような小さな声でチルが言う。

「ああ、そうか」


 当然のように、爵位を持つ者の仕事は多い。

 領地を持つ場合はその経営もしなければならず、さらに国の政治に関わることもある。

 イーアが受け継ぐ領地は、帝国内でも直轄地に次ぐ広さを持つ。帝国内で一番豊かな土地だ。


 イーアも年明けから、領地運営の仕事に携わらなければならない。加えて、実家の仕事も手伝う予定だ。

 さらに、学業も両立する。生徒会の仕事もあるので、おそらく目が回るほど忙しくなることだろう。


 だが、イーアは爵位を受け継ぐことを自分で決めた。父親とも何度も話し合い、幼い頃に家庭教師をしてくれた師や、護衛騎士で側近のアルとも何度も相談して、決めた。

 だから何の後悔もない。


 もちろん、個人としての時間は大幅に少なくなるだろう。覚悟の上だ。

 だが、それをチルがもし寂しく思ってくれているなら。

 イーアはなんだか、胸の辺りがほわりと温かくなるような気がした。


「来るよ。今年よりは短くなっちゃうと思うけど」

 そっと語りかけると、チルがぱちりと目を開けてイーアを見た。

「本当か?」


 イーアもチルの目をしっかり見て、微笑む。

「うん、ちゃんとチルのご飯作りに来るよ」

 とたん、チルの顔がふにゃっと緩む。

「そっかぁ」

 そして満面の笑顔でこちらを見た。

「来年こそ、絶対、鏡を見つけてやるからな!」


 またもイーアは雷に打たれたように硬直した。


 チルは普段つんつんしているくせに、妙なところ甘ったれだ。そしてイーアにはよく隙を見せる。こんな眩しい笑顔を突然見せられては、どうしていいかわからなくなってしまう。

(せめて僕が男だってことも、意識してくれればいいのだけど)

 イーアは去年から拗らせている感情を、必死に隠しているというのに。


「よっし、じゃあさっさと目印持って帰ろーぜ! ルッソのやつをぎゃふんと言わせてやる!」

 突然元気になったチルにぐいぐい腕を引っ張られながら、イーアは遠い目をする。


 そういえばルッソは最近アロイス雑貨にいることが多い。チルのことを「女」として認識している彼が、彼女と同じ屋根の下に住むことになるのは、どうあっても許し難い。


(なんとかしなくては…………)



お読みいただきありがとうございます!


イーアとアル、ルッソとチルの四人がお喋りしている場面は書いていて本当に楽しいです。


ルッソはチルとは比べ物にならないほどすばしっこいので、顔面に何かがぶち当たる事は滅多にないです。ルッソは『久々に鼻血でたー!』と大笑いしました。この後ルッソの保護者(まだ未登場のアルの兄)に『若者を揶揄うのは大概にしなさい』と怒られたとか。

この時点のイーアは、女の子が接待する系のお店の存在を知りません。アルは心の中でこっそり、『今度連れて行ってやろう』と思っています。


次回も墓場でイーアとチルがぎゃんぎゃん騒ぎます!

次回もよろしくお願い致します!

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