表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファントム・ミラー  作者: ひかり
【第一部】幻視鏡をさがして
1/78

【プロローグ】

 初夏らしい爽やかな風が、彼の頬を静かに撫で、長く伸ばしている銀の髪を揺らした。


 彼はふと顔を上げ、窓の外を見る。


 開け放した窓からは、ちょうど見頃を迎えた芍薬(しゃくやく)の庭が見える。色とりどりの大ぶりの花が風に揺れて、まるで波打つようにざわめいていた。

 彼は大きなベッドに腰掛けて、少しの間それを眺め、そしてそっと囁く。


「……君の好きな季節になったよ」


 寝台では彼の妻が、硬く(まぶた)を閉ざして眠り続けている。彼女の明るい鳶色の髪がふわりと揺れた。


 彼はそっと手を伸ばし、彼女の頬に触れる。

 赤みがかかった頬は柔らかく、あたたかい。今にも目を開いて、満面の笑顔を彼に向けてくれそうなのに。



 控えめなノックの音がして、彼は顔を上げる。

 部屋の入り口に驚いた顔の少年が一人、立っていた。


「父上、こちらにいらしたのですね」


 少年は彼の顔を見ると嬉しそうに目を見開き、彼のそばに駆け寄る。


「やぁ」


 彼がそっと笑いかけると、(わず)かに頬を緩ませるこの少年は彼の息子。確か今年で十三歳になるはず。

 少年はしっかりと彼を見上げながら、きらきらとした目で宣言した。


「明日の朝、出発します。今年も未熟ですが、父上の名代(みょうだい)、努めてまいります」


「挨拶は昨日しただろう? ここでは私たちはただの父と息子なのだから……。行ってきます、だけでいいのだよ」


 彼が穏やかに言うと、少年はますます嬉しそうに顔を緩める。


「はい。母上にもご挨拶しますね!」

 少年は照れくさそうにそう言い、母の枕元で何かを話す。しばらくそうした後、ぱっとこちらをみた。



「母上、今日はご機嫌ですね。父上がいるからかな?」


 無邪気なその言葉に、彼は心臓を鷲掴みされたような気がした。

 そんなはずはない。

 妻は今時が止まったような状態だ。感情の機微(きび)などあるはずない。

 だが。


「行ってきます。父上」


 少年は晴れやかな顔でそう言う。

 ああ、まるで太陽のようだと彼は思う。

 憧れてやまないのに、身を焦がす凶暴さを秘めている光。

 規律正しく礼をし、去っていく後ろ姿を見送りながら、彼はそっと息を吐いた。



 ◾️ ◾️ ◾️



 その昔、人の世はこの地上から消えつつあったという。


 滅びゆく人々は天上の楽園にいる、女神たちに祈りを捧げた。


 どうか、お救いください。

 どうか、我らをお導きください。


 人を哀れに思った金の女神が答えた。


『かわいそうな人の子よ。どうか顔を上げて』


 黄金の女神は五人の姉妹と共に、地上に降り立つ。


『あなたたちに手を貸しましょう。あなたたちを導きましょう。

 わたくしたちがあなたたち人の子に求めるのは、愛だけ。愛だけをわたくしたちに捧げなさい』


 わたくしたちを、愛しなさい。

 それ以外はなにも見返りを求めないから。


 それだけで、千年万年、星がひとめぐりするまでも、あなたたちを守ると約束するから。



お読みいただき、ありがとうございます。

こちらで初投稿!

どうなるのだろうと緊張しております。

これから、よろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ