第一話 「大江戸恋花火 -SkyFlower-」
打ち上げ花火、花火大会と聞いて人は何を思うだろう
夏の思い出
青春の告白の場
恋人と二人で見る物
そんなイメージを持つ人は多い
綺麗で楽しく美しく
夏の訪れや終わりを告げる物でもあり
空に咲く色とりどりの大輪の花
このお話は何故花火はそんな物になったのか
そんなお話…
玉屋、鍵屋と花火に向かい声をかけるのは何故なのか?
そこからこの話は始まる
享保18年(1733年)
江戸三大飢饉と呼ばれる
「享保の大飢饉」それに伴い
江戸全域コレラ流行により、大勢の人が死に絶え
江戸の空は暗く澱んでいた
そこで立ち上がったのは花火職人【鍵屋】と【玉屋】
死者の霊を弔う為に行われた隅田川の水神祭
両国花火にて煌びやかな花火を披露した
鍵屋と玉屋の花火を見た人々は両者の花火を讃え
玉屋、鍵屋と掛け声をかけたと言う
これこそが後の世に伝わる
【隅田川花火大会】
その始まりの姿であった…
水神祭が終わり一人の花火職人が墨田川のほとりで溜め息をついていた
弥吉
「はぁ…なんなんだよチクショウ…
なんでアイツ等ばっかり…」
溜め息をつく弥吉の所に気分を良くした男が近付いて来た
酔っ払い
「こんな日にゃよぉ~ お酒でも飲んで~っとくらぁ!
おぉ!?どうした兄ちゃん!折角の花火が終わった後なのに暗い顔しやがってよ!
そんなんじゃ死んだ奴らも浮かばれねえってもんよ!
ほらほら!兄ちゃんも言ってみろよ!
た~まや!ってな!」
弥吉
「あぁ!?
花火と言ったら鍵屋だろ?」
酔っ払い
「鍵屋ぁ?何言ってんだぁ?
花火と言えば玉屋だろ?
鍵屋なんて古臭くっていけねぇや!
今の流行りは玉屋の花火だぜ?
世間の奴らが言う通り
橋の上、玉屋、玉屋の声ばかり鍵屋の声はかからねぇ
そりゃ何でか?鍵屋だけに情がねぇ!ってな!
ぎゃはははは!」
弥吉
「何だとコノヤロウ!俺がその鍵屋だ!殴られてぇのか!!」
弥吉が拳を振り上げ酔っ払いに殴りかかろうとすると
酔っ払いは一目散に逃げ去った
酔っ払い
「ひぇぇ~、申し訳ありませんでしたぁ!」
弥吉
「待て!コノヤロウ!!」
追いかけようとした弥吉に声をかけ止める声がした
鍵屋弥兵衛
「オイ!何やってやがる!!」
弥吉
「親父!あの野郎が俺たち鍵屋をバカにしやがったから!」
鍵屋弥兵衛
「あぁ、聞こえてたぜ?橋の上、玉屋の玉屋の声ばかり鍵屋の声はかからねぇ情がねえってか?
洒落が効いてて面白ぇじゃねぇか」
兵治
「親父は悔しくねぇのかよ!!」
鍵屋弥兵衛
「あのなぁ…玉屋は元々は俺の弟子だぞ?
その玉屋が店を作って今じゃあ江戸の皆様の評判になってんだ
それを何で悔しがる事があるんだ?
師匠冥利に尽きるってもんよ
それにお前だって小さい頃から玉屋に可愛がられてたじゃねぇか?」
弥吉
「そりゃそうだけどよ…悔しいじゃねえかよ」
鍵屋弥兵衛
「悔しがる暇があったらお前も腕を磨いたらどうだ?
このままじゃいつまで経っても善治に追いつけねぇぞ?
アイツの花火が見事なもんだからそんなに悔しがってんだろう?」
弥吉
「うぐぅ…それは言うなよ…」
鍵屋弥兵衛
「おっ!噂をすれば玉屋だ
おーい!玉屋!」
川の対岸から玉屋市兵衛がやって来た
玉屋市兵衛
「これはお頭、お疲れ様でした」
鍵屋弥兵衛
「お前達の花火、見せてもらったぜ
見事な花火だった!また腕を上げたなぁ!」
玉屋市兵衛
「とんでもねぇ、お頭の花火に比べればまだまだ全然ですよ」
鍵屋弥兵衛
「そう謙遜すんなって!
見事な火花だったぜ大したもんだ!
俺もうかうかしてられねぇな」
玉屋市兵衛
「精進あるのみでございます」
鍵屋弥兵衛
「ところで玉枝は一緒じゃねぇのか?」
玉屋市兵衛
「あぁ、玉枝でしたらあそこに」
市兵衛が対岸を指差すと美しく明るい娘が花火職人達に忙しく声をかけていた
玉枝
「皆さん、お疲れ様です
疲れたでしょう?
さぁ、おにぎりですよ塩を効かせてあるのでお腹いっぱい食べてください
喉も乾いただろうからお茶もちゃんと飲んで下さいね」
その姿は優しい姉の様であり母親の様でもあり
疲れきった花火職人達は玉枝に元気付けられていた
玉屋市兵衛
「おーい!玉枝!
鍵屋の頭がお前を呼んでるぞ!」
玉枝
「は~い!分かりました!」
玉枝は微笑みながら橋を小走りして弥兵衛の元へやってきた
玉枝
「鍵屋の旦那様、お疲れ様でした」
鍵屋弥兵衛
「おう!ありがとうな
ウチの奴らの面倒まで見てくれて」
玉枝
「とんでもない、皆さん頑張ってくれましたから」
弥吉
「姉ちゃん!俺にもメシくれよ!
姉ちゃんのおにぎりは本当に美味いからさ!
早く食わねぇと無くなっちまうよ」
玉枝
「それなら大丈夫、坊ちゃんの分はちゃんと取ってあるから後でゆっくり食べて下さいね」
鍵屋弥兵衛
「すまねぇな、コイツは大して使えねぇのに食い意地が張ってばかりで困ったもんだぜ」
弥吉
「姉ちゃんの前でそんな事言うなよな!」
鍵屋弥兵衛
「悪ぃ悪ぃ」
玉屋市兵衛
「玉枝の飯は本当に美味いですからね
善治も毎度米びつ一杯食う勢いですから」
鍵屋弥兵衛
「あいつは大食らいだからな(笑)
で、その善治はどこ行ったんだ?」
玉枝
「善さんならあっちに居ますよ」
そう言うと玉枝は善治を呼んだ
玉枝
「善さん!起きて下さい!
鍵屋の旦那様がお見えですよ!」
善治
「ん…?
鍵屋の頭が?」
玉枝
「もう!善さんったら!毎度毎度!
花火が終わったらすぐ寝ちゃうんだから!
早く起きてよ!鍵屋の旦那様に失礼でしょ!」
善治
「分かったって…
こいつは鍵屋のお頭、お疲れ様です」
鍵屋弥兵衛
「おつかれさん」
玉屋市兵衛
「すいません、こいつは花火作りに夢中になっちまうと寝食を忘れて花火ばっかいじってる様な奴でして
いつも花火が終わると疲れてすぐ寝ちまうんですよ」
善治
「すいません…」
鍵屋弥兵衛
「構わねぇよ、ウチの倅もお前くらい花火に打ち込んでくれりゃ俺も安心なんだがなぁ」
弥吉
「オイ!!善治!!
テメェちょっと花火作りの腕を上げた位で調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」
それになぁ!姉ちゃんに手を出したらタダじゃおかねぇからな!! 」
鍵屋弥兵衛
「なんだ?ヤキモチ妬いてんのか?」
弥吉
「そんなんじゃねぇよ!!」
鍵屋弥兵衛
「玉枝は元々はここにいる玉屋や善治と同じでウチの店で働いてたろ?
コイツは小さい頃から面倒見てもらった姉ちゃん代わりの玉枝が玉屋と善治に玉枝が取られたみたいで気が気じゃねぇんだろう(笑)」
弥吉
「そんなんじゃねぇから!!」
玉枝
「心配無いですよ弥吉ちゃん
善さんは花火にしか興味無いですから」
玉屋市兵衛
「そうだそうだ(笑)
顔も良いし花火の腕もいいから言い寄る女も多いってのにまるで相手にもしねぇ
こいつは花火が女房みたいなヤツですからね
宝の持ち腐れってのこの事ですよ」
善治
「俺は花火を作るのが好きなだけですから…」
弥吉
「そのスカした感じが頭に来るんだよ!」
鍵屋弥兵衛
「コイツ善治の花火が見事なもんだから
目の敵にしてんだよ」
弥吉
「そんなんじゃねぇし!!」
鍵屋弥兵衛
「はいはい、分かった分かった
何にしろ玉屋、今日はお疲れさん
後で酒でも飲もうぜ」
玉屋市兵衛
「分かりました」
弥吉
「ヒャッホーイ!酒だ酒だ!!」
鍵屋弥兵衛
「テメェはしっかり片付け済ませてからな」
弥吉
「うへぇ、分かったよ…」
鍵屋弥兵衛
「それじゃあ、後でな」
そう言うと笑いながら弥兵衛は弥吉を引きずりながら花火の片付けへと向かって行った
玉屋市兵衛
「坊ちゃんも相変わらずだな(笑)
さて、二人ともお疲れさん
片付けは俺一人でも十分だからお前らは冷やし飴でも食ってゆっくりしてろ」
玉枝
「私と善さんと二人でですか?
でも、片付けもありますし…」
玉屋市兵衛
「いや、いいっていいって!
お前達にはいつもよく働いてもらってるし
たまには二人でゆっくり休んでろって!
そんじゃあな~」
市兵衛はそう言いながら二人を残して片付けへと向かった
玉枝
「善さん、お疲れさま
町のみんなが言ってたよ
善さんの花火は日本一だって
流石は善さんだね」
善治
「そんな事ねぇさ
俺も片付けがあるから
冷やし飴ならお前一人で食ってこいよ
それじゃあな」
そう言うと善治はそそくさと市兵衛の元へ向かった
玉枝
「あっ!善さん待ってよ!
………もう、善さんのバカ!」
まだ火薬の燃えた匂いの残る墨田川のほとりで
少し残念そうに顔を膨らませる玉枝だった