五、お部屋
おやおや、聞き捨てならない、あんなに美味しかったのに?
「お母さんはあなたが恐くて、すごくパワフルなイメージを勝手に持っちゃっていたのよ。そのイメージを食べて、あなたはパワーアップしたのよ」
はあはあ、巨大キノコの正体は恐〜いわたくしのイメージだったんですか? ひとを呪いの人形みたいに、心外ですわねえ、ぷんぷん。ところでそんな事情に詳しいあなたはいったい何者ですの?
ベニオ様は不気味に・・もとい、可愛らしく微笑まれました。
「実はわたし、魔女なのよ」
まあびっくり。
「うちは代々魔女の家系でね、おまけにわたしには大昔の魔女の魂が乗り移っちゃって、たまにしゃしゃり出てきて大迷惑なのよ」
はあはあ、それはまた、難儀なことですねえ。
「それじゃあ、紹介するわ」
ベニオ様は黒いカーテンに仕切られた隣のお部屋を見せてくださいましたが、おお!
なんとまあ、六畳のお部屋の床にも壁にもびっしりと、大中小の様々なお人形が並んでいるじゃあありませんか!! 赤ちゃん人形からリ○ちゃんからバー○ーちゃんからプ○キュ○からフランス人形から本格的なビスクドールからわたくしのお仲間の市松人形から原寸大球体人形まで、何十体と。
お部屋いっぱいのお人形たちが、一斉にわたくしを見たのが分かりました。
『あら新しいお友だちね。よろしく』
『ああ嬉しいわ、わたくしと姉妹ね?』
市松人形さんたちです。
『わたしリ○ちゃん。お友だちになりましょうね?』
はいはい、なりましょうね。
『あなたどこから来たの? わたしはニューヨークから飛行機に乗ってきたのよ』
はいはい、タイワンから船に載ってきたんですよね。いいんですよ、わたくしも八歳の女の子ですから。とってもおしゃれな髪型とお洋服ですね? 可愛らしいですわよ。
よろしくー、よろしくー、仲良くしようねー?
ええええ、皆様、どうぞよろしく。お会いできてとっても嬉しいですわ。仲良くいたしましょうね?
ああ神様仏様ベニオ様。松子はこんなにたくさん仲間の皆さんにお会いできて幸せです。
わたくし、この世に独りぽっちじゃなかったんですね?
「はい、じゃあこれからみんなと仲良くね」
ベニオ様はわたくしを市松人形の仲間のとなりに並べてくださいました。
『よろしくお願いします』
『よろしくね』
仲良くなれそうで、とっても嬉しいです。
ベニオ様はカーテンを閉めてしまいました。でも小さいですが窓がありますし、こんなにたくさんお仲間がいらっしゃるのですから、夜ももう寂しくありません。
『あ、ベニオちゃんがまた呪ってる』
とどなたかがおっしゃいました。お隣から
エコエコアザラク、エコエコザメラク、エコエコケルノノス、エコエコアラディーア。
と低い声が聞こえます。ひえ〜、けんのんけんのん。
呪ってるって、どなたを呪ってらっしゃるんでしょう?
ここって、楽しいお家なんですよね? ね? ねえ?・・・・・
うふふふふ、うふふふふ。
そうですとも、こんなにたくさんお仲間がいらっしゃるんですもの、松子は幸せです。これから毎日楽しい日々が続いていくのですね?
ああ、大勢がわたくしを歓迎して微笑んでくださってる。
うふふふふ、うふふふふ、うふふふふふふ、うふうふうふふふふふふふふ・・・
うーむ、おのれベニオの奴、わしをこんな人形の中に押し込めおって。いろいろ知識を与えすぎたか。まだ子供のくせに恐ろしいやつめ。
まあいいわい。力を貯めてここを抜け出して、帰ったらきつ〜いお灸を据えてやるわい。待っとれよ、ベニオ〜〜。ケケケケケ。
ほおーら、お母さん、可愛らしいお人形だよ? 抱っこしておくれ?
よしよしいい子だ。
よしよし、子供の頃に帰って甘〜い夢に浸るがいい。その間におまえさんの霊力をちょいといただくよ。ちゅう。
おや、今度は若いお姉ちゃんかい? ホホホ、なかなか元気があってけっこうじゃな。
そうだこのお姉ちゃんに乗り移ってベニオに意地悪させるのもいいかもな?
おや、わしが欲しいのかい? ホホホ、お姉ちゃんお目が高いのお。このお人形はな、もともと自分の夫を毒殺した悪〜い女の魂を閉じ込めておったものじゃ。今は人形ごとわしが乗っ取っておるがの。お姉ちゃんも将来悪女の素質があるかの? ケケケケケ。 そうかそうか、よしよし、お姉ちゃんのお家に行こうかの。
おやおやかわいそうに坊やは振られちまったかい? まあ怒るな怒るな。あれはおまえさんの手に負えるような可愛い女の子なんかじゃあないぞい。恐〜い魔女だからのう。じゃあな、グッバイ。ケッケッケッケッケ。
サ〜イクリング、サ〜イクリングじゃ。
ん? なんじゃこの感じは? ま、まさかベニオの奴、や、やめろ、こらっ、よさんか!!
エコエコアザラク、エコエコザメラク、
ガッシャーーンッ!!!
イタタタタタタ。
おのれ〜、ベニオ〜!!
しかしま、おかげで人形からは出られたわい。あーあ、悪い女め悪魔のセールスマンに捕まっておるわ。あーあ、サインさせられちまった。アーメン。
さーてと、ベ〜ニ〜オ〜、
これからお仕置きしてやるからなあ〜〜、覚悟して待ってろよお〜〜〜〜!
その頃お母さんは思っていた。
テレビの「な○で○鑑定団」を再放送で見ていたら、あの人形そっくりのフランス人形に、なんと、800万円の値が付いていたのだ!!
「お母さん」
おやつをねだりに来た息子が声を掛けてもまるで耳に入らない。
香織は思っていた、なんで前の放送を見てなかったのよ?
800万円よ、800万!! う〜〜ん、なんとか麻希ちゃんから取り返せないかしら?・・
その見開かれた瞳は、ガラスのように空虚で、まるで魂が抜けたようだった。
終わり。