三、ちょっとした冒険
わたくし結局ハル坊の家に逆戻り。縁がありますわね。今度はハル坊の部屋に連れていかれて、小汚い部屋ですわね、物が散らかしっぱなしで、もっと掃除あそばせ。
わたくしはサイドボードの上に立たされました。一応お人形らしく飾ってくれたのだから感謝しなくてはなりません、ありがとう。わたくしだって出来たらあなたと仲良くしたいのよ?
あらあら、帰ってくるなり床に座り込んで、マンガですか? 算数の宿題が出てましたでしょう? マンガじゃございませんね、なんですか? ああ、それが噂のこんぴゅーたーゲームというものですね? ずいぶん熱中されてますが、ふうーん、そんなに面白いんですか? へー、いいですね。わたくしはやっぱりおままごとが一番好きですよ。お医者さんごっこも定番ですが、男の子といっしょにやるのはちょっと抵抗がありますね。ふうーん・・、へえー・・、そんっなに、面白いんですか? ふうーーん・・。あの、よろしかったらわたくしにもちょっと見せてもらえません? あらそんな、肩が邪魔ですわ。ちょっとどかしていただけません? ね、ちょっと、ね?ね? よいしょ。わたくし少しくらいなら背を伸ばせるんですよ? 一生懸命体を反らして。よいしょよいしょ、う〜〜〜ん。
ああ、よく見えますわ。ああ、なるほど、ピコピコかわいいお人形が塀に飛び上がったり飛び降りたり、走ったりジャンプしたりしてますね。このお人形をハルさんがボタンで操っているんですね? ああ、このお金を取ればいいんですか? あ、こっち亀が歩いてきましたよ? あらあら火を吹いたりして、スッポンかしら?かわいくないですね。あら、踏んづけて、ひっくり返った。あはははは、愉快ですね。あ、今度の亀は甲羅にトゲが生えていますわよ。ほい、飛び越えて、お金が欲しいんですか? わたくしもこの着物を新調したいんですけれど、古着でもかまいませんのよ?ほら、今そういうお店がたくさんあるんでしょう?不景気ですものね、物は大切にしなくてはいけません。あらあら忍者みたいに煙突の中を駆け上がって、お金を取りました。まあお上手、パチパチパチ。あら、あらあらあら、下でトゲトゲ亀が待ち受けていましたわ。お尻を刺されて飛び上がって、あら痛そう。え?やられちゃったんですか?これで討ち死に? ああそれはそれは無念でしたわねえ。最初からやり直し? 先達の敵討ちですわね。それ頑張って、それ、それ。
あら、今どなたかおいででしたか? ドアから覗いたのは香織様でしたかしら? まあどうでもよろしいわ。それ行け! あらびっくり、大きくなりましたわ! それそれぶちかませ! あはは愉快愉快。あら、これでゴールですの? バンザーイバンザーイ! やりましたわね、ハル様! まあ続きがありますの? さてさて今度はどんな所かしら? まあ、これはこれは。なるほどなるほど、こう来ましたか。敵も然る者ですわね、ハル様、油断召されるな!
・・・・・・・・・・。
ああわたくしったらすっかり夢中になってしまって。ずいぶんと面白いものですね。でも、ほら、すっかり暗くなってしまいましたよ? 目によくないんじゃありません? ほら、下でお母さまがお呼びになってますよ?もうご夕食の時間じゃありません? ほら、とうとうしびれを切らせて上がってきましたよ? 階段を上がりきって。わたくしいっしょに怒られるのは嫌ですからね。
ほーら、香織様がこんなにお怒りになって。あらあら最後の最後で敵の大将にやられちゃったんですか? それは残念。悔しいのは分かりますけれど、でもお母さまにそんな風に口答えしてはいけませんよ?
ああ、お母さま、香織様、先ほどは失礼しました?ごめんなさい。こうしてまたご厄介になることになりました。今度は息子さんが「松子は俺の物だ」って皆様の前で宣言されて、わたくしを強引にご自分のお部屋に連れ込んだのですからね?ちゃんと責任とってくださいましよ? もうゴミにして出すのはよしてくださいね? ね、お母さま? うふふふふふふ。
夜です。わたくし殿方と同じお部屋で夜を明かすなんて初めて。初夜です。ぽっ。
まあハルさまったらお布団から足をはみ出させて、あらあら寝返りのついでにお布団を半分に折ってしまわれて、体がすっかり出てしまっていますよ?お風邪を召しますよ? わたくしがお布団を掛けてあげられればよろしいのですが、ごめんなさいませね。あらあら上を向いてんが〜と大きく口を開けて、あらあらお腹をぼりぼり掻いて、とうとう布団をけっぽってしまわれて。ずいぶん寝相がお悪いんですね。むにゃむにゃと寝言ですか? くそ婆あ? 香織様のことですか?まあ。ゲームを邪魔されたことをまだ根に持っていらっしゃるんですか? そんなことで大事なお母さまをくそ婆あはないでしょう? ゲームが面白いのは十分分かりましたが、あまり熱中しすぎるのはよろしくありませんね。
え? いつまでつまらない実況をしているのかですって? 暇なんです。わたくし眠りませんから。だってほら、目が開いておりますでしょう? まぶたが閉まるようには作られていないんです。黒目のままぐーぐー眠っている人がいたらおかしいでしょう?あははは。ね?わたくしがずっと独りぽっちでどれだけ寂しかったかお分かりくださいますでしょう? 寂しかったんですよ? 殿方の愉快な寝相を眺めているだけでもどれだけ心が慰められるか知れません。うふふ、楽しいなっと。・・・・・・・・・
・・・・・・・・。あら?
あら、わたくし今眠っていたような気がしますわ。きっと気のせいですわね。
でもどうしたことでしょう、わたくしなんだか体が自由に動くような気がいたしますわ、そーれかっぽれかっぽれ。あら不思議、本当に動きますわ。あそーれそーれ。思わず佐渡おけさを踊ってしまいますわ。はあ〜〜、佐渡お〜へえ〜え〜、と。
これは面白いことになりましたわ。体が動くのだからハル様にお布団を掛けてさしあげたいところですけれど、うふふ、せっかくですからもっと冒険をしてみたく思いますわ。
あそーれ、Aボタンでジャ〜ンプ! 松子はドアノブに取り付いた! 体操選手よろしくくるんと逆上がりして見事ドアを開くことに成功した! 着地は、見事決まりました!10点満点!ワーーー。
さてと。ハル様のお布団は蹴飛ばされては堪りませんから放っておいて、せっかくですから夜の家を探検に出かけましょう。まだこの家のご主人にはお目にかかっていませんものね。
すりすりすり。歩けるって素敵ですね。どこでも好きなところに行けるんですもの。でも階段は危険ですね、転げ落ちたらたいへんですわ。どこかに巨大キノコは生えてないかしら? 下に行くのは止した方がいいかしら?
あら、何か下からふわふわ浮かんでくる物がありますわ。まるで綿菓子のよう。わたくしの小さな口でも食べられるかしら? えいっと飛びつき、見事キャッチ。わたくしの両手で掴んでちょうどいい大きさ。ふわふわと柔らかく、本当にお菓子のよう。ちょっと味見してみましょうね。パク。あら美味し。物を食べたのって初めてですが、なんとも嬉し楽しい、生きている感じがしますね。パクパクパク。ああ美味、全部食べてしまいましたわ。綿菓子がまたふわふわ浮いてまいりましたが、あの正体はなんなのでしょう? わたくしは是非たしかめてみたいと思いますわ。すりすりすり。
あら驚いた。思わず足を進めてしまいましたが、わたくしったらちゃんと階段を下りているじゃありませんか!? なんだか急に背が伸びたようで、本当に巨大キノコを食べてしまったようですわ。放射能の煙だったのかしら?なんてマニアにしか受けない危ないギャグはこっちにおいといて、せっかくですからこのまま下りていきましょう。すーりすり。
到着。ふうっ。長生きはするものですね、今夜は神様がくださったお誕生日プレゼントに違いありませんわ! わたくし自分の誕生日は知りませんけれど、きっと今日なのでしょうね。
すりすりすりと。えーとこちらが香織様のご寝室かしら? あら、ふわふわ綿菓子。あれはこちらから来ていましたのね。よいしょ、よいしょ、と。お邪魔しまーーす。