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二、流転の運命

 あら何かしら? 暗くてよく分からないけれど何かさっと動いたような?

 ああ雨戸にずいぶん激しく降っているようですね。ほんと雨って嫌ですわ。

 ああそうそう、動いた物、ネズミかしら? ネズミは嫌ですね、囓りますから・・・・。

 ネズミ。いやああああ〜〜〜〜。

 ニャーゴ?

 ああ、猫さんでしたの? お姿がよく見えないと思ったら、綺麗な黒猫さんではありませんか。こんにちは。あらもうこんばんはに近い時刻ですか? 時間の経つのは早いものですね。呆けてはいませんよ、長く生きているだけです。永遠の八歳の少女ですわ。うふふ、ぴちぴちよ。

 ニャーゴニャーゴってあなた、わたくしが可憐な美少女なのは知っていますが、猫の殿方に言い寄られても困ってしまいますわ。あれ、ですから駄目ですってば、ニャンニャンってそんな嬉しそうに、ニャンニャンって、あ〜駄目!やめっ!、首を引っこ抜くんじゃな〜〜い!!!!ひい〜〜〜〜〜!!

 あら急にどうしたの? 天井の梁に飛び上がって、ああ、その隙間から入ってらしたの? さようなら、もう二度と来ないでね。ふう〜〜・・。

 ギイッ。パチッ。

 ドアが開いてぶら下がっている裸電球がついたわ。

 人間のお若いお坊っちゃまが歩いてきてわたくしを両手で抱き上げたわ。わたくしを顔の前に掲げてまっすぐ熱っぽくお見つめになって・・、ぽっ。わたくし殿方にそのように見つめられるのは初めて。照れてしまいますわ。


 おぼっちゃまに台所のお母さまに紹介していただきましたわ。

 ハル様とおっしゃいますのね。おぼっちゃまの方ですよ。

 すてきなおぼっちゃまですね。わたくしを邪悪な黒猫の魔手から救い出してくださった王子様ですわ。お顔は王子様というよりお地蔵様に近い気がしますが、ありがたいお顔ですわ。

 ねえお母さま? あら?なんでまたそんなしかめっ面でわたくしを睨みますの? お顔のおしわが増えますわよ? 人間って年をとるから不便ですね。お気の毒様。

 あれ、どうしてまたわたくしを車庫に置いてこいなんて意地悪をおっしゃいますの? ああ、ごめんなさい、お気にさわりました? 謝ります、謝りますから、お願い、一人にしないで〜〜〜。

 しくしくしく、えーーんえーーん。


 しくしく。わたくしはまた独りぽっち、真っ暗な車庫で過ごしました。

 更に一昼夜を過ごし、

 わたくしはまた香織様・・奥様のお名前ですわ・・に連れられて、ゴミ捨て場へ逆戻り。今度はしっかりゴミとしてビニール袋に入れられています。運命から逃れることは出来ませんのね。

 さようなら、香織様。あなたろくな死に方なさいませんわよ。ふんっ。・・しくしくしく。

 えーえー、わたくしに人様を呪う力などございません。呪われた身はわたくしの方ですわ。

 ああ、ただの人形のまま朽ちていきたかった。心なんて持たない方が幸せでしたわ・・。

 他のお人形の方はどうなんでしょうねえ? わたくしたち残念ながら口が開きませんから声が出せませんの。テレパシーなんていうマンガみたいな不思議な力はございませんわ。他の方々とおしゃべりできたら、そりゃあ楽しかったでしょうねえ。

 もうすぐ、さよならですわね。

 わたくし、なんでこの世に生まれてきたんでしょう?

 命って不思議なものですね。わたくしに心臓は動いてないけれど、こうして寂しさを感じたり物を考えたりするのですから生きていると信じてかまいませんわよね?

 うふふ、哲学を気取ってみましたわ。

 わたくしに心があると伝えられたら仲良くしてくださる人間の方がきっといらっしゃるでしょうにね。

 ああ、またカラスが狙っているわ。わたくし結局生ゴミといっしょなんですわね。

 ええ、もうどうとでもなさってくださってかまいませんわ。・・・うっうっうっ。えぐえぐ。神様、あなたを呪います。

 あら、女の子? わたくしやっぱりがさつなくそガキよりおしとやかな女の子の方が好きよ。これからお勉強ですか? 偉いですね。立派な大人におなりください。学校に行くついでにゴミ捨てですか? ますます偉いですね。まあ、まっすぐな黒髪に黒目がちな綺麗な目をして、なんだかわたくしによく似てません? とっても可愛らしいですわよ?うふふふふ。

 え?あれ?もしかしてわたくしを連れていってくださるの? 袋から出して頭を優しく撫でてくださって、その可愛らしい笑顔は、本当に?本当に信じてよろしいの? 今度もまた裏切ったりしません?

 ああ嬉し。神様、ありがとう。わたくしはこの世に生まれてきて幸せですわ!


 ああここが噂の小学校ですね? 知っておりますとも、テレビで予習はばっちりですわ。お気に入りはNHKの教育テレビですの。わたくしただの箱入り娘じゃございませんのよ?ふふっ。わたくしは手提げ鞄の中から顔を覗かせて、まるで自分も生徒になったように浮き浮きいたしますわ。とっても楽しいですね? うふふふふ。

 4年1組。するとお嬢様は9歳か10歳かしら? わたくし長生きしておりますが8歳という設定だそうですからわたくしの方が妹ですね。うふふ。

 おはようございます。おはようございます。あらあらみなさん可愛らしいお嬢さんばかりですね。男の子のような方やへちゃむくれな方もいらっしゃいますが、いいんですよ、その方が大人になって超美人に大化けする方がいらっしゃいますから。まあそのまま大人になられる方もいらっしゃいますが。おほほほほ。

 わたくしを自慢してくださってる新しいお嬢様はベニオさんとおっしゃいますのね。とっても可愛らしいお名前ですね。わたくし大好きですよ?

 男の子はやっぱりうるさいですね。がさつで嫌ですわ。こら、汚い手で触るんじゃない、キイーッ! さすがベニオ様、わたくしを抱きしめてしっかりガードしてくださいますわ。やーいやーい、あっかんべー、だ。

 あ、あなたは、ハル坊じゃありませんか! ベニオ様のご同学でしたのね? フ、フンだ、わたくしを車庫に戻した薄情者の地蔵様になんてもう興味ございません。

 え?なんですか? わたくしがあなたの物ですって? 何を寝ぼけた事をおっしゃってるの? え?あれ?あ〜れ〜、人さらい〜、どろぼう〜〜! ああ、ベニオ様、助けてえ。ああ、そんな悔しそうな顔をなされて、えーいにっくき悪漢悪たれ童子のハル坊め! ちょうちゃくちょうちゃく、え〜い悔しい! 人買いの手にかかって二艘の舟に生き別れた母と安寿と厨子王の姉弟の悲嘆と悔しさが身に沁みて分かりますわ。ああああ、お母さまああ〜〜〜〜。おのれ山椒太夫、ちょうちゃくちょうちゃく。えーんえーん。

 わたくしはきったない運動着といっしょに手提げ袋に詰め込まれ再び悪漢に囚われの身となったのでございます。ああ呪われし我が運命よ。

 休み時間にこっそりベニオ様が会いに来てくださいました。ああ嬉しい。わたくしはあなたといっしょに幸せに生きてゆきたかったですわ。

 え?なんですか?

「あなたに魂を与えてあげる」

 はあ、そうですか。どういう意味か分かりませんが、ベニオ様のくださる物なら魂魄でもエクトプラズムでも喜んでいただきますわ。

 ベニオ様はご自分の額を人差し指でくるくる触り、その指でわたくしの額をくるくる、軟膏でも擦り込むように触られたわ。

 おしまいですか? ベニオ様はにっこりお笑いになって行ってしまわれました。おまじないごっこですね。いかにも女の子らしい遊びで楽しかったですよ。もっといっしょに遊びたいものですね。これでお別れとは寂しい限りです。

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