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一、捨てられて拾われて

*この物語は「日本人形とフランス人形」の妹編です。是非姉編を先にお読みください。

 おばあさまが死にました。

 わたくしをとっても可愛がってくださった、優しいおばあさまでした。

 シクシク。

 ・・・・なんちゃって。

 くたばりやがったか人でなし婆あ。

 フン、可愛がったのなんて最初だけよ。

 人をタンスの上に放りっぱなしで、新聞紙を被せたのがせめてもの慰めかしら? おかげでなんとかほこりに埋もれるのだけは免れたわ。

 でも年に一度の大掃除の時にちらっとはぐって見て、見なかったことにしようとすぐにまた新聞紙を戻したわね? あんときのあんたの顔、わたくしは忘れないわ。その時よ、わたくしがあんたを、呪ってやる〜呪ってやる〜、死ね〜死んでしまえ〜〜、と思ったのは。

 来る日も来る日も呪い続けて、ついに念願成就したわ。あはははは、ざまあご覧遊ばせ、おほほほほほほ・・・。

 もう何十年経ってしまったのかしら? あなたはすっかり呆けてしまって、お人形お人形と言ったけれど、誰もわたくしのことなんて知らなかったわ。フン、自業自得よ、ざまあ見ろだわ。おほほほほほほ・・・・、寂しかったんだよおー、え〜んえ〜ん。死んじゃったんだあ、あなた。しくしくしく。


 息子夫婦がやってきて家財道具を次々運び出していったわ。

 ああ思い出した、わたくしはもともとこの夫婦の娘さんへの贈り物に買われてきたのですわ。でもそのくそ・・コホン、お嬢ちゃんたら、わたくしの顔を見るなり気持ち悪いなんて言いくさって、そのままお祖母さんの所に引き取られてきたのでしたわ。もうすっかりよい大人になっているのでしょうね。

 旦那様はタンスの上のわたくしを見つけて、他の道具と別に自家用車の座席に寝かせて、どこに連れていってくれるのかしらと楽しみにしていたら、

 途中の道路に置き去りにされてしまったわ。呪ってやる〜呪ってやる〜、死ね〜死んでしまえ〜〜、・・・・しくしくしく・・。

 朝になって親切な人が次々柔らかなお布団を掛けていってくれるのはいいけれど、上から余計な網は被せられるし、なんか、臭うわ。

 そう、今日は生ゴミの日なのね。運が悪いわ。しくしくしく。

 ああ、またやってきたわ。家庭夫人が網をめくってわたくしを見つけて、

「ひっ」

 と仰天して、

「あら嫌だわ」

 と言いやがりやがったわ。

 カアーとカラスが鳴いたわ。ああわたくしはさいぜんからずっとあいつらが恐くて堪らないわ。

 ほら、ほら、こっちを見てるじゃない? ね?ね?

 わたくしが必死に訴えているにも関わらず、家庭夫人の奴、わたくしの頭の上にゴミ袋を載せると薄情に行ってしまったわ。呪ってやる〜呪ってやる〜、死ね〜死んでしまえ〜〜、しくしくしく。

 どれくらい経ったのかしら。

 ブツッ、ブツッ、バリバリ、カッツカッツカッツ。

 頬に密着したビニール袋から大きく音が伝わってくるわ。

 カラスがやってきて、網の間からくちばしを突っ込んで生ゴミを漁りだしたのだわ。ホラーだわ。

 バリンバリンとどんどん音が大きくなってくるわ。わたくしは見つかってしまったら、きっとこのつぶらな瞳をつつかれてえぐり出されてしまうのだわ。ひ〜〜〜っ、いやっ、いやよお〜〜〜っ! 誰か、たすけてえ〜〜〜っ!!!

 大きな車が止まる音がして、カラスは行ってしまったわ。ああ、助かった。と思ったら、

 グイ−ン、ガコン、ガコン、と不穏な音が聞こえてくるじゃないの。頭の上のにっくきゴミ袋が持ち上げられたと思ったら、ひえ〜〜、なによ、ポイポイ車の後ろの機械の大口に投げ入れてるじゃないの!? 鉄の歯に、グシャン!、潰されて、ゴゴゴ、飲み込まれていくじゃないの!? ああひどい、こんな終わり方ってないわ! ののの呪って・・ひえ〜〜ん””

 男の汚れた手袋の手がわたくしを持ち上げて・・と思ったら、あらなにかしら、ちょこんとわたくしをセメンコンクリートの段に立たせてくれたじゃないの。お顔に似合わず紳士な方ね。お雛様になったような誇らしい良い気分ですわ。あら、運転席に戻って持ってきたのは何かしら? お札?

 ベタ。

 ・・・・これはいったいなんなのかしら? 頭にベタッて貼り付けて、顔の前に垂れて見えないじゃないの? えーーい(ギリギリギリ・・)わたくし目を動かすのも一苦労なんざますのよ。うーむ、なんとか左目だけ見えたわ。あら、車は行ってしまった。なんなの?悪霊退散とか書いてあるわけ? うふふ、わたくしけっこう学があるのよ。でも、み、見えないわ。

 ・・・・・・・・・・・。

「ルール違反」

 ルール違反? ああ、そう書かれていますの? ご親切にどうも。えーと、どちらさま?

 ギリギリギリ・・。

 あ、頭にゴミ袋を載せた失礼な家庭夫人! なんなのよ、人の顔を見てその嫌そうな顔は? わたくしがあなたに何か迷惑を掛けたっておっしゃるの?

 あら、お掃除をなさっていらっしゃるの? レレレのおじさんみたいに感心な方ですわね。あ、お掃除終わりました? あの、ですからなんでわたくしをそんなに迷惑そうに見るの?

 ・・ああ、最近はゴミ出しも規則が厳しいんでしたわね。ルール違反・・、ああ、わたくしは今日捨てられるゴミではありませんでしたの? ・・しくしくしく。

 ポツン。

 雨が降ってまいりましたわ。雨は嫌ですね。気分が沈んでしまいますわ。ねえ?

 ・・雨は嫌いですわ。特に傘も差さずに外で立っているのは。ねえ? 濡れてしまいますよ?

 とっても悲しい気分になってきてしまいましたわ。うっうっうっ・・。

 あら? あらあらあら?

 もしかしたらわたくしを連れていってくださるの?

 ああ、神様仏様家庭夫人様! 呪うなんて思ってごめんなさいね?てへ。


 あの、ゴミ捨て場から連れてきてくださったのはありがたいんですけれど、ここは、車庫?ですか? それも隅っこのドラム缶の陰に。

 なんでわたくしを家に入れてくださらないのでしょう?

 ほら、わたくし、可愛いお人形さんですよ? お若い方はご存じじゃないかしら? 市松人形って言いますのよ? ですからわたくし松子って言いますの。市川松子。・・安易な命名ですわね。わたくしを買ってくださったおばあさまも市松って名前の人形と思ったらしく、人を芸者みたいにねえ?、市松じゃあイガグリ頭の坊主みたいで可愛くないから松子って名付けてくださったのよ。古くさい名前みたいですけど、今はトレンディーじゃございません? そういう名前の女優さんがいらっしゃいませんでした? 惜しい?残念? ああ、そうでしたの・・。犬神家の一族? わたくし恐くて見てられませんでしたけど、おりました?松子お姉さま? ああ、そうでしたの。ちょっと、嫌ですね。

 あらあらついついおしゃべりが過ぎました。ずっと独りぽっちだったものですから・・独り言の癖がついてしまいましたわ。くくくくくくくくく。笑っているんじゃありませんのよ、寂しくて泣いてるんです。くくくくくくくく。


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