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二、度胸の使い所

 觔斗雲で飛べるようになってからというもの、灰簾(かいれん)の雲捌きはメキメキと上達していった。


(わぁ、綺麗な場所だ。ここもまた来よう!)


 ピューウと風を切り、野を越え山を越え。

灰簾は毎日のようにそこら中を飛び回っては新しい発見に心を踊らせていた。


「灰簾。好奇心旺盛なのは良い事ですが、あまり遠くへ行ってはいけませんよ」


「はい、姉上! では行ってきます!」


 姉である(そう)の小言も今の灰簾にはあまり響いていないようだ。

「あらあら」と苦笑する蒼の声を背中に受けつつ、彼は觔斗雲に飛び乗ると空高く飛び上がるのだった。



 そんな日々が暫く続いたある日。

蒼は珍しく神妙な面持ちで灰簾を呼び出した。


「近頃、この辺りに幽鬼の類が現れるそうです」


「幽鬼?」


 灰簾には聞き馴染みのない言葉である。

蒼は悲しげに眉を落とすと「死者の霊です」と呟いた。


「餓鬼界の悪鬼に殺された仙人達の無念が、穢れた魂の幽鬼となって現れる事があるのですよ」


「そうなのですか」


 つられてしんみりとする灰簾の目を見つめながら、蒼の話は続く。


「元が仙人とはいえ、本来はそこに留まる事は許されない者。もし幽鬼に出会ってしまったら、とにかくすぐにお逃げなさい」


「逃げないとどうなるのですか?」


 ただ事ではない空気を感じ取り、灰簾は思わず唾を呑む。

疑問の答えは実に恐ろしいものであった。


「幽鬼は復讐の心そのもの。仙人や仙女、天女の体を奪い、その体が死ぬまで悪鬼を殺し回るのです」


「えぇっ!?」


「憐れな話ですが、同情してつけ込まれれば命はありません。だから灰簾、くれぐれも気を付けなさいね」


「は、はい!」


 真面目な顔で頷く灰簾に幾ばくか安心したのか、蒼の表情が緩む。


「よい返事です。件の幽鬼が消えるまで、当分は觔斗雲での外出は禁じますよ」


「え!? そんなぁ……」


 露骨にがっかりする灰簾だったが、理由が理由だけに仕方のない話である。


 しかし遊びたい盛りの灰簾にとって「外出禁止がいつまで続くか分からない」というのは中々に堪え難いものであった。





 我慢を強いられる日々の中、久しく会っていなかった友人が灰簾の元を訪ねてきた。


「よぉ灰簾。最近暇だから遊びに来たぜー」


柘榴(ざくろ)! 久方ぶりだな」


 柘榴は灰簾より僅かばかり背が高いやんちゃ者である。

灰簾にとっては数少ない同世代の友人で、何かと引っ張ってくれる兄貴分でもあった。


「そういやお前、觔斗雲で飛べるようになったんだって? やったじゃないか!」


「ありがとう。最近は五つまで雲を出せるようになったんだ!」


「五つ!? そりゃ凄いや! けどなぁ、早く觔斗雲も卒業して一人前になりたいぜー」


 柘榴の気の早さは健在らしい。

ひとしきり再会を喜び合った所で、彼はキョロキョロと辺りを見回した。


「今日は御姉上はいらっしゃらないのか?」


「あぁ。今は出ているんだ」


「そうか。そいつは好都合だ」


 何事かと問えば、彼はニヤリと笑って「遠乗りしようぜ」と提案してきた。

返答に困る灰簾に構わず、柘榴の誘いは止まらない。


「一人じゃ行けない所でも、二人なら何とか行けるだろう。少し位危ない事だって後になれば良い経験って言うしな」


「で、でも姉上には觔斗雲での外出を禁じられているんだ」


「少し位大丈夫だって! 置き手紙でも書いて、日暮れまでに戻りゃー良いんだ」


 外出か、否か。

灰簾の脳内で天秤が大きく揺れる。


「そりゃあ私だって行きたいけど……まさか柘榴は幽鬼の噂を知らないのか?」


「もちろん知ってるさ。でも、いつまでも籠もっていては息が詰まるだろう? この広~い天界で幽鬼に遭遇する可能性なんて、普通に考えたら低いだろうしな」


「……確かに」


 脳内の天秤が「外出」に傾く。


「それに『男は度胸』だぜ! 出くわすかも分からない幽鬼を恐れていつまでも引き籠もってたんじゃあ、勇猛な武将になんかなれっこねぇよ!」


「それは……そうかもな」


 脳内の天秤が傾いたまま固定された瞬間だった。


「だが、姉上の言いつけを破るのは初めてかもしれない」


「そうなのか? そいつは少し勇気がいるかもな。まぁ悪事を働く訳じゃないんだし、気楽に行こうぜ」


「……あぁ。そうだな」


 こうして灰簾は短い書き置きだけを残し、柘榴と遠乗りに出かけたのだった。





「うひょー、きーもち良いー! とぉっ!」


「ははっ。柘榴、なんだその動き!」


 久しぶりの遠出に二人の気分は最高潮だ。

觔斗雲捌きの勘もすっかり取り戻し、二人はまだ行った事のない場所を求めて雲を飛ばし続けた。


「お? あの大きな河原、格好良いな!」


「本当だ。流れも早そうだし、岩場が多くて険しいな」


 そろそろ小休止でもするかと、二人はどちらからともなく川辺の大岩に降り立つ。

せせらぎというにはやや強い川の音が絶え間なく響いている。


「凄ぇ! この岩なんて俺の倍の高さはあるぞ!」


「岩の上からだと見晴らしが良いけど、下に降りたらはぐれてしまいそうだな」


「ははっ、今度何人かで隠れんぼでもするか!」


 手頃な石に腰掛けて足を水に浸す。

二人が冷たさにはしゃぎ合っていると、何やら嫌な臭いが鼻を掠めた。


(ん?)


 何かを思う暇もなく振り返れば、一際大きな岩の前に妙なものが立っていた。


「わ!」


「な、何だぁ!?」


 灰簾と柘榴がほぼ同時にひっくり返る。

それは人の形をした赤紫色に揺らめくモヤであった。


(何だこの腐ったような臭い……あれは何だ!?)


 毒々しい赤紫色だ。

顔の造形は男性であるとハッキリ分かる。

本来なら美しいだろう筈の顔が、これ以上ない程醜く歪められた恐ろしい形相を浮かべていた。


(まさか、幽鬼なのか?)


 緊張の糸が張り詰める。

呼吸さえも憚られるような空気の中、先に言葉を発したのはモヤの方だった。


──……ワラベら。ナはなんとモウす?


「ひっ!?」


「喋った!?」


 抑揚が無く、低くておぞましい声だ。

灰簾は震える膝に手を当てながら柘榴を見やる。

彼もまた震えてはいたが、それでも逃げる隙を窺うように身構えていた。


(よ、よし。柘榴に合わせて同時に飛べば、きっと逃げられる!)


 いつでも觔斗雲を出せるよう改めて気合を入れる。

そんな意気込みに構わずモヤは話し続けている。


──ワがナはガンカ。ニシのトリデ……テンセイタイのヘイなり。タイチョウにオオせツカったニンムのトチュウで悪鬼にコロされた。


「な、なんだって!?」


 急に動揺を見せた柘榴に、灰簾は怪訝な目を向ける。


「? テンセイ……あっ」


 柘榴の兄が天青(テンセイ)という名の武将であった事を思い出し、灰簾の額に冷や汗が滲む。


(まさか御兄上の所の兵だったなんて。でも駄目だ、柘榴。同情したら体を取られるぞ!)


 残念ながら柘榴の表情を読み取る事は叶わない。

焦る灰簾をよそにガンカと名乗るモヤこと、幽鬼の恨み言は加速していく。


──おのれ悪鬼。なんとムネンか……なんとムネンか。ユルさぬ、ユルせぬ……


「そいつは気の毒だと思うけどさ……」


「柘榴!」


 いよいよマズいと声を荒らげた所で、柘榴が片手を上げた。


「兄上は……天青隊長は今の貴方を見たらさぞやがっかりされるだろうな!」


 それが合図だった。


 なんと柘榴は觔斗雲に飛び乗ると同時に雲で作った自分の分身を幽鬼に向かって飛ばしたのだ。


 灰簾も慌てて觔斗雲を作って飛び乗り、一気に浮上する──筈だった。


──ふんっ。


 まるで蜘蛛の糸を払うような仕草が一つ。


 たったそれだけの動きで、柘榴の分身は幽鬼に届く前に霧散してしまった。

脅しにも時間稼ぎにもならなかった事に驚き、二人は目を見開く。


 刹那。


 ヒュン、と二人の横を石礫が通り抜けた。

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