2.教室でも手を休ませたくない男
俺は先生に案内されながら、今年の舞台となる教室に向かって移動している。当然、右手にはあのスマホ。今この時も手は空いているんだから、この移動時でもスマホを使用するに越したことはない。あのエセ風紀委員は前にいるから妨害の心配はないだろう。奴の監視範囲から俺は外れているみたいだからな。
それにしても入学式の時は本当に邪魔が入ったな。エセ風紀委員の横やりで5秒、トイレまでの往復移動時間で40秒のロスがそれぞれ生じた。
一応トイレの中でその分は挽回したつもりだが、やっぱりアレがなかったら3件目の依頼内容について確認し、文章の構成を組み立てる所までこぎ付けた...確実に。
うん、前言撤回。少しも挽回出来ていないな。俺の前を歩いているエセ風紀委員は有罪だな。ギルティだ。時間効率裁判所みたいなのを探しておかないと。
「シッ!」
危なッ!いきなり頭上からチョップが襲来したぞ!随分暴力的だな!ここには空襲から避難するための防空壕なんてないんだぞ!
「なんだいきなり!なんの前触れもなく攻撃仕掛けるやつなんて俺はお目にかかったことはないし、ここは世界大戦の戦場でもないんだぞ!」
「ふんっ!隠れてコソコソなんてしているからよ!それにまたスマホなんか手に持って...!どうせ歩きスマホで...も...!?」
彼女は俺の右手を見て言葉を途切れさせる。キラリーン☆気づいたみたいだな!俺の必中効率技を!
「どうした?続きが気になるじゃないか。早く言ってくれないと、移動効率が悪化してしまって、後ろの人達に迷惑がかかるぞ。」
まぁ大方、歩きスマホについて指摘しようとしただろうが...甘いな。対策も当然、バッチリさ。
説明しよう!
歩きスマホが危険である由来は何か?答は簡単。視野狭窄による注意散漫だ。そしてその原因はスマホを操作する際の画面の注視にある!
それが分かるならば、どうして画面を見ないで操作するというテクニック、その名も画面不注視片手操作を生み出さないのか?それさえ生み出してしまえば、歩きスマホに引っかからないどころか作業効率もグンとアップするというのに...。
という疑問が湧いたため、俺は中学後半の大勉強時代の間に両手で文字を書く練習、そしてスマホのキーボード場所の感覚的把握練習を行ってきたのだ。
「ほら、後ろが控えているぞ。」
俺の発言にたじろいだエセ風紀委員は口を噤み、そして絞り出すように次の言葉を言う。
「あんたなんて大嫌い!」
この瞬間、俺と彼女の心は奇跡的にマッチした。今年の運気を使い果たしたかもしれないくらいの完全一致ぶりだろうか。
「奇遇だな。俺もお前のことは大嫌いだ...入学式の時から、な!!!」
「「ふんっ!」」
これ以降、俺とエセ風紀委員は一言も会話をすることなく教室へと向かった。願わくば、どうか奴が俺の前後左右の席になりませんように。
◇◇◇
俺はフラグを建てたつもりはないんだがな...。神は何故こうも、叶えてほしくない願いばかりを叶えていくのか...。今年も厄年なのか...。もしそうだったら霊媒師とかに見てもらう必要があるな...。
「最低...。」
右隣の席からそんな声が聞こえる。声の主は言わずもがなアイツだが、相手するだけ無駄なことだ。
そうしている間にも...良し!3件目完了っと。どうやら移動の際の画面不注視片手操作が決め手となったみたいだな。さっきから野次の言葉も聞こえるが、作業用bgmにしか俺の耳には入らない。体力の無駄だから明日以降はやめた方がいいよ...。ま、俺は邪魔さえ入らなければどうでもいいんだからさ...。これもあの時のニの舞、いや三の舞を踏まないための戦略なのだ。
「なんで私の隣にあんな奴が...。」
...さて、まだまだここから効率アップだ。まだまだやることはたくさん...。
キーンコーン!カーンコーン!
ホームルームの時間がやって来たか...。今日は登校1日目だから、雑談とかお知らせするだけの会になるだろう。それに、そんなお知らせの中でも最低限に把握すべきものとかは、プリント配布や貼り紙という形で知らせてくれるだろう。
先生のお話はメモを取らない限り、すぐに忘れてしまうものだ。その対応策くらい、向こうは用意くらいしてくれている筈だ...。
だから、この時間は断固フル無視だ!視線を先生に向けつつ、手も動かしていかなければな!
後日、プリントや貼り紙から重要な情報を把握することも忘れずにしなければ。
「ちょっと!先生の話くらい聞きなさいよ!」
俺の右隣に座る人はNPCでしょうかねぇ。そういうセリフの定型化は漢文の句形とかにしてくれたまえよ...。
人間の脳の怖さをまだ知らないから、そんな暢気なことを言えるんだ...。もう大学受験への闘いは始まっているというのに...。
「音声情報など、すぐに頭から抜け落ちるよう人間は出来ている。それが分かっていて、わざわざ耳を傾けることなど無駄以外の何ものでもない...。仮に耳を傾けるなら、要点を話すであろうホームルームの始めか終わりくらいだ。それが最も効率的な情報のやり取りだし、実際に現代文の評論や英語の長文だってそんなものだろう...。」
しかし、彼女はまだどこか納得していない様子を見せている。当然だ。自身の経験や認識の範疇を超えた視点で反撃したのだからな。
「...だけど。だけど、もしそうだとしても。」
「俺に注意する暇があるなら、一言一句余すことなくメモとかとったらどうだ?そのメモを俺に提示して、途中に重要な情報でも埋まっていれば、俺に非があると素直に認めよう...。それに、これはある意味で英語のリスニング練習のチャンスと言えなくもないが、今は関係のない話だったな...。」
俺はそう言い、右手のみでスマホの操作を再開した。
ま、俺の左手がどんな用途に使おうが、彼女には関係ないだろう...。そう、ここにいる時点で友達とか恋人とか、そういう仲むつまじき者は存在しない。
俺達はこれから1種のコースを競争するマラソンランナーであり、企業どうしで鎬を削る戦いの予行練習をしているのだから。
先生の話が終わり、後は自己紹介カードを書くだけとなった俺は、1分で書けるところを書いて教卓に提出した後、軽く猛ダッシュして帰宅した。
なんかエセ風紀委員とクラスメイト達が何かを話し合っているみたいだったが、最優先事項というものがあるんだ。絶賛お断りさせていただこう...。
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