3種の愛情を無駄として省くまで...3幕目
雪が降り積もる12月。俺は今、参列者に顔を見られないよう、寺の中で観客のふりをしている。今の俺の顔はどんな顔をしているだろうか?焦燥?絶望?それとも無表情?もう、表現することすら敵わない...。
「俺は...。」
「...静かに。あなたがここにいることは誰にもバレないようにして下さい。『絶対に愚息を近づけさせるな!』と直哉様は酷く恨んでいる様子ですから...。あなたを見た瞬間、どう行動するのか予測できませんから...。」
俺の隣で警告してきたのは、俺の母親の担当看護師だった人。この時は名前すら覚えられない程、俺は...。文字ですら表現しきれない程に壊れた俺は彼女から訃報を伝えられたのだ。...あの第2の悪夢の4ヶ月後に。
◇◇◇
「...影様ですね。西山光がお亡くなりになりました。今からメールで示した所まで来てください...。」
やめろ!やめろ!!やめろ!!!よりにもよってなんでこのタイミングで伝えるんだ!古傷が開いた箇所に新しい傷をつけにかかるな!!俺から明かりを奪っていくな!!!
俺は天に向かい、言葉にならない声で咆哮し、走った。周りから変な目で見られるが、今の俺には関係なかった。1分で涙は枯れた。心はもはや制御不可能...。感情は傷口からドンドンと漏れていく。
悲しみが湧きだし、怒りが湧き出し、絶望はし尽くし、虚無へと至る。『こんな世の中なんて...。』という文字が脳や心を埋め尽くしていく。
気づけばメールに示していた場所にやってきていた。そこには1人の女性がたっていた。
「私のことを覚えていますか?」
「...知らない。」
「残念ですが今は...。」
俺は続きを聞くまでもなく、彼女の所有車の後部座席へと座り、俯いた。ただそれだけ...。そのまま車は発進した...。
◇◇◇
制服でも、ユニフォームでも、喪服でもなく、俺はパーカーを着て、そのフードで顔を隠していた。結局、俺への最期の言葉は、『どんなことがあってもお母さんは影を信じるからね。』という何度も聞いた別れの挨拶だった。まさか永遠の別れの挨拶となるなんてあの時は一欠けらでも思っていなかったが...。
「私は看護師です。看護師は患者の意向を聞いてあげるのが仕事です。それをモットーにするならば、親族の意向よりも患者の頼みを優先にします。この意味が分かりますか?」
だとしたら...この看護師が俺をここに連れていったのは、母親の頼みだと...。認めたくない。認めたくない。理解したくない!!!
「...分からない。何でお母さんが俺をここに呼んだのか...。俺はもう、勘当された身だと言うのに...。」
「その勘当とやらは直哉様が独断で行ったことです。光様は一度たりとも勘当を認めてはおりません。むしろ、直哉様に離婚まで叩きつけようとするくらいまでに怒っておりました。」
俺は石になっていた。心に入らない事実が行き場をなくして体の表面を取り囲んでいた。
「そして寿命が僅かな容態であるにも関わらず、必死に病院の外まで歩こうとしましたが、病院の門を出たところで力尽きました。大方、あなたのところにでも行こうとしたのでしょう...。本来なら病室を出るのがやっとの状態であったにも関わらずです。院長もびっくりしていましたよ。」
これから先は記憶になかった。
葬式が終わる前に俺と看護師は車に乗り込んで中学校の前まで移動し、思考すら省いた俺は看護師に見守られながら自分の部屋へと歩を進め、ベッドへと飛び込んでいく。ただそれだけの行動しかとらなかった...。そんな俺が着ている服の胸ポケットの中には2つの遺品が収められていた。どちらも別れる前に看護師から渡されたものだ。
1つは、俺の母親の遺骨が入った御守り。これは、お墓参りに行けない俺にせめてもの...といった病院からの気持ちだという。
2つは、病室から出る前に残していったとされる俺宛の手紙だった。その内容は...今の俺をこの世に留まらせる唯一の楔となって俺の心へと打ち込まれた。
『愛する息子へ。これを読んでいる時には私は天に召されているでしょう。あなたがクソ直哉に家を追放されたことを知ったのは、この手紙を書く1ヶ月前です。どうやらあの息子不孝者が念入りにあなたの行方を口止めしていたようですが、担当の看護師が悔いの残らないようにということで教えてくれました。ごめんね、あなたが苦しんでいるのに気づいてやれなくて...。なので、私はこの手紙を書いた後に離婚をしようと思います。あのクソ野郎が最も深手を負わせられる形でね✌そして離婚した後は看護師に御守りとして私をあなたの所へ届けるように言い聞かせておきました。病院への落とし前はこれでチャラにして下さいね...。そして最後にお母さんから息子への最期の頼みです。...犯罪者でも死刑囚でも構いません。高校までは最低でも進学して自力で金を稼げるようにし、そしてどうか1秒でも永く生きて私の所まで来てください。死因が老衰以外だったら殴ってでも天国から追い返すからね。それじゃあしばしの間お元気で...。お母さんより。』
この時、心優しき1人の少年から3種の愛情が喪失。いや、無駄なものとして彼自身によって省かれ、自分自身を世を憎む最恐へと創り変えた。
『友情』という愛情は2度にわたる友達からの裏切りにより...。
『親愛』という愛情は父による怨恨と母の送別により...。
『恋愛』という愛情は自身の二度にわたる失恋により...。
一人の中学2年生はこの瞬間、見る者全てを後ずさりさせる雰囲気を纏い、性格は傲慢不遜なものへと変質し、瞬く間に恐れられるようになった...。
「世の中はクソだ。俺に馬鹿みたいな才能だけを詰め込んで愛情を注がれなくした神は滅べばいい...。俺はもう...1人で生きていく。見守っててね、お母さん...。早く年取ってそっちに行くから...。」
最恐はそう言い、母の手紙に従って残りの中学生活を勉強と高収入源確保に費やし、実家との繋がり全てを断ち切って、1人生活が保障できる高校へと進学したのであった。
その名前は東海影。西山を捨て、新しき名字を携えた最恐は今日も愛する御守りとともに生きていく...。
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