9.大勉強時代でも削除を休ませたくない男...9幕目
何とか今日中に更新出来た...。
中学2年生12月。西山光葬式から5日の日...。
ここは...小学生の時に何度も来たことのある北見川家...。
土曜日の今日...今日こそ...過去の落とし前を、来週の月曜日の終業式の日に...アイツ等への落とし前も精算できる。
終われる...終われるんだ。...この無駄も...今日を入れて3日で...そうすれば...後は...1人だけの...いや、お母さんのいる世界へ...。
「フフフ...。」
「笑うなら取材を終えてからにしろよ。俺達はこれから、敵の城に殴り込みに行くんだ...。気を緩めるなよ。足を掬われたくなければな。」
...北見川。
...この家の社長が娘の絶交だけで奴を切り捨てなければ...あの直哉に...無理やり追い出されることなく...先月までお母さんのいる病院に通い続けられた。
...直哉が俺を追い出し、あの地獄の中学生活を送ることもなかった。
...オトシマエヲ。
「...日に日に酷くなってやがる。ここは早めに取材を終わらせなければならないなぁ...。場合によっては『太陽病院』に連絡する必要もあるか...。」
精神科医での経験が、阿澄に警鐘を鳴らしていた。
明日は日曜、明後日は少年の学校の終業式だ...。少年が冬休みに入った際には『太陽病院』へと連れていく必要があるかもしれない。
阿澄は最恐の身を案じつつ、影と北見川家の中に入っていった。
◇◇◇
...俺がこの北見川家に入った時、灯から竹刀を渡されて庭へと引っ張られた。
「...構えて。」
その一言のみを発し、俺は久しぶりにアレを手で握った。
『メーン!』、『コテー!』という気合いとともに竹刀を振る灯を、俺は受け止める。
ここは北見川家の庭。俺こと西山影と北見川灯は久しぶりにチャンバラごっこをして遊んでいた...。いや、剣道の模擬戦をしていた。
...俺は何度も拒否して阿澄の元へと向かおうとした。しかし、阿澄に『付き合ってやれ』と言われ、ここに引っ張られた。
...相手から飛び交ってくる猛攻。
それを捌きながら1秒でも早く模擬戦を終わらせるように、俺は隙をみて打ち込んでいく。
「...やっぱり。」
...返し技。
俺は...灯の打ちを『受け返し』て、そのまま空いた部位へと竹刀を吸い込ませていく。それを察知した灯は防ぎ、後ろへと引いていく。
「...時間や体力の無駄。...もういい。...これ以上は...お互いに...。」
「...姿や雰囲気が変わっても、そういう所はあの時と変わっていない。西山くんのそれが訳わかんないのよ。体捌きの無駄って何?呼吸の乱れの無駄って何?西山くんや父に聞いても、剣道の本を読んで調べても何も分からなかった!何度も何度もその言葉通りに実践しても、西山くんみたいな動きにはならなかった。それが分かった時、西山君がどんどん遠くに行くような気がした。...3年生の時に西山くんが家に遊びに行くようになって、竹刀でチャンバラごっこを始めた。あの時は一緒の場所にいたけど、西山くんは私よりも速く技を上達させて、遂には...西山くんに手を抜いて貰っても...ついていくことは出来なくなってしまって。私を置いて遠い場所へと...独りぼっちにして...。それがとても嫌で嫌でしょうがなかった!」
灯はあの時の心情をより鮮明に吐露しながら、俺に竹刀を打ち込んでいく...。
...挫折。
...目標の高さにやられ、意欲・気力をなくしてしまう原動力の喪失。
...少しの練習だけで正確な動きをマスターする自身の才能のせいで、彼女の心に生み出してしまった綻び。
...俺は自分の手で周りを...。
駄目だ。これ以上関わるとおかしくなる。終わらせなければ。終わらせなければ。
...俺は1秒でも早く終わらせるように、今度はこちらから仕掛けた。
...小手・面・胴。
...二段三段の技。
...手の内の使い方や足さばきの方法など、二・三段の技のエッセンスが凝縮されているこの技こそ、俺が小学の頃にブレや力みなどの無駄を削除しまくって最適化した傑作。
俺は小手面を打ち、灯が面を避けて手元が上がった所に、自分の竹刀を胴へと打ち込み、一本を取った。
「...一本よ。私は、今通っている北海中学の剣道部で主将を任され...力に自信がつき、今日こそは西山くんに...追いつける。そう思っていたのに...やっぱりあんたは...高いよ。」
灯がそう言って、膝を地面につけると、懐から1枚の手紙が落ちる。これは...俺が彼女の机に忍ばせたやつだ...。
『灯ちゃんへ。俺は灯ちゃんのことが大好きです。ですがそれ以上に、灯ちゃんが悩む所を見たくないです。親同士が懇意にしているから言い出せないとかなんとか抱えて苦しむのは...もっと...。だから、せめて俺の悪い点だけでも言って下さい...。西山影』
...そうだ。確かに灯は俺に何度も質問をして努力をしていた。
...その努力の姿勢を見習って、俺も彼女に追い抜かれないように切磋琢磨してきたつもりだった。
...だけど、差はどんどん離れ、遂に彼女は俺について来られなくなってしまった。
しかし、俺は知っている。
あの後、クラスメイトからハブられるようになったのも...俺達の絶交をネタに弄っていたクラスメイトに注意をした灯がいたからだ。
彼女は絶交宣言で傷つけてしまった俺に代わって、その落とし前を1人でつけていたのだ...。
...麻日とは違い、灯は一度も逃げずに自分の起こした問題に最後まで向き合ったのだ。
だからこそ...分からない。
...後は互いに関わらなければいいのに、今日こうして俺に竹刀を持ってきた理由が。
...どうして俺に関わって来たのか。
「...いきなり模擬戦を仕掛けてきたのは...何故だ...?絶交した...筈...なのに...。」
彼女は立ち上がって答える。俺を見つけて、ハッキリと答える。
「だって...見ていられなかったのよ。そんな全てを捨てそうな顔をした西山くんを...。あんたとはもう友達になれないけれど...私の剣道の最終目標であることに変わりはないの。あの時は...目標を高く設定しすぎた私が原因であんな風になった。今は、段階的に目標を定めながら、何時かあんたに追いつくために私は頑張っている。...だからせめてシャキッとして、私の最終目標に相応しい姿を取り戻して。」
...もう...いい。そもそもここには、灯とこうして話し合うために来たわけではない。
北見川の社長。奴にあの時の真実を...。そのためにわざわざここにやって来たのだから...。
◇◇◇
「久しぶりだな、影坊主。元気に...とはいかないか...。」
目の前に座っているのは北見川仁。北見川会社の社長で、今日の俺の...ターゲットだ。
お前さえ...お前さえ...あんなことをしなければ...!
心の底から沸々と怒りが沸き上がる。そんな申し訳なさそうな顔をしたって...許さない。
直哉のことをビジネス相手を超えた友と豪語していたにも関わらず...その友である直哉を切り捨てて俺からお母さんを引き離す要因をつくったのだから...!!!
「影坊主...!?ふざけるな!どうして西山直哉との業務提携の話を白紙にした!?アレのせいで、俺は...俺は...!」
「西山くん!?」
「...待つんだ、少年。話は落ち着いて聞くものだぞ...。」
...そうだ。こんなことをしても1秒を無駄にするだけ...。
俺は阿澄に言われ、深呼吸をして落ち着きを取り戻し、姿勢を正した。
「...影坊主がそう言うのも無理はない。アイツの頼みとはいえ、間接的に彼を傷つけてしまったことに変わりはないからな...。まずはこれを見てくれ。これが...今回の騒動の元凶なんだ...。」
俺と灯は、仁から差し出されたそれを見て...驚愕した。息子の俺でさえ見たことのない書類だった...。
「嘘っ...。」
「...。」
それは...診断書だった。『太陽病院』の精神科からのものだった...。
患者の名前は『西山直哉』。
診断結果は、解離性同一性障害。
分かりやすく言えば...本人とは全く別の複数の人格が交互に現れる精神疾患。
原因は、妻である光の余命宣告に対する大きなショック。
判明したのは...俺がまだ生まれて間もない頃だった。
直哉は自分の内に...心優しく分け隔てのない本来の性格とは別に、妻を傷つける者に対しては容赦のない残虐な性格を宿していた。
俺が小学校の頃に知っていた親父と呼べる直哉は、会社の同僚に気配りが出来たあの姿。他の企業の社長とも懇意になるくらいに信頼を寄せられる、心優しく分け隔てのない性格をした人格者。
思い返せば...直哉が次第に凶暴化していく様子に覚えはあった。
お母さんとの面談が終わると、俺に早く来るようにせかすようになった。
小学校4年生の時から、昼だけでなく夜にも仕事を入れるくらいの野心家になった。
小学校卒業の後、理不尽に家から追い出し、俺をお母さんに近づけさせないようにした。
俺が中学の頃、家具製品を売り出してまでお母さんの治療費を集めていたという、西山家周辺からの証言...。
妻が亡くなった日に会社を辞めたという、直哉の会社からの証言...。
直哉は...時が経過するにつれてお母さんの余命が短くなっていく時の残酷さ、妻への強大な愛を失うことへの尋常ならざる恐怖により、心を、精神を、病んでいた。
「次にこれが...さっきの影坊主の質問に対する答だ。影坊主がちょうど小学校を卒業する半年前、つまり影坊主が6年生の夏休みくらいにアイツがうちの会社に来て俺に差し出してきた手紙だ。」
俺は...その手紙を仁から受け取り、その内容を読んだ。
『愛しい我が息子へ。これを読んでいる時、俺は正気ではないだろう。こうなった理由は、妻と息子を同等に愛さなければならなかった父親の俺が、息子よりも妻の方を愛してしまったからに他ならない。それが駄目だった。死刑すら生ぬるい罪を犯してしまった。俺の中には...もう1人の自分がいる。ソイツは夜な夜な俺に囁いてくるんだ。『北見川の妻を娘の手で殺させろ...!』、『貴様の息子を酷い目に遭わせろ...!』、と。俺の中には、自分を『私』と名乗り、『妻の絵里を奪った息子をこの世から消してやる』と恨み言を吐くもう一人の俺がいる。この手紙を書いている時、影は11歳の誕生日を迎えている頃だろう。すまない、影。俺はこれからお前を苦しめるかもしれない...。『西山』という汚らしい苗字を背負わせるかもしれない。光が亡くなってしまった時、俺は...影を...灯ちゃんを...殺しそうになるかもしれない...。
だから、仁。ビジネス相手を超えた友であるお前に頼みがある。この手紙と診断書は...光が亡くなり、俺がもう1人の自分を抑えてこの地から離れたことを確認してから、開示してくれ。正気でいられなくなった時は遠慮なく業務提携の話をなかったことにしてくれ。そうすれば、俺の勤務する会社から罰則が下り...地獄に行くことが出来る。人を殺しそうになったら、遠慮なく俺の個人情報を提示してくれ!こんな俺に、光の隣にいる資格なんてないんだ。
最期に影。お前はこっちに来るな。俺のように罪を1つでも犯すな。恩義を感じたら確実に恩義で返せ。それらを守って、光のいる天国に行け。その時は...光のことを...頼むぞ...。西山直哉より。』
...ふざけるな。...ふざけるな。...ふざけるな。...ふざけるな。...ふざけるな。...ふざけるな。...ふざけるな。...ふざけるな。...ふざけるな。...ふざけるな。...ふざけるな。...ふざけるな。
...保身だ。...保身だ。...保身だ。...保身だ。...保身だ。...保身だ。...保身だ。...保身だ。...保身だ。...保身だ。...保身だ。...保身だ。...保身だ。...保身だ。...保身だ。
結局、直哉は1人で逃げた。問題を全て俺に押し付けて逃げただけだ。
こんな大迷惑を容認する北見川も...。俺は...絶対に...絶対に...。
「少年!!!」
「西山くん!!!」
「影坊主!!!」
3者の声とともに...俺は...意識を...失った。
◇◇◇
中学2年生12月。西山光死去から1週間の夜...。
とある男は...残った財産で船を購入し、誰1人にも見つからないよう太平洋へと進ませていた。
『貴様ァ!正気か!?私共々、溺水するつもりか!?』
「黙れ...!俺はもう...光を失った。影に合わせる顔も捨ててしまった。俺の手には、何もない...。」
船は次第に水没していく。それに従って、男も水に浸かっていく。
『貴様の息子は恨んでいるぞ!?決して許しはしないぜ!?天国にもいけねぇぜ!?お前は...愛する妻に会えないんだぜぇぇぇ!?お前は誰にも見つからない!!!行方不明となって、7年は奴を苦しめる羽目になるんだぜぇぇぇ!!!』
「いい...。罪を償っても息子は許さない...。むしろまた、お前に体を乗っ取られて更に不幸にするだけだ...。ならば、最後の最後に...落とし前はつけなきゃな...。」
『ふざけるなぁぁぁ!!!絵里ぃぃぃぃぃぃ!私の絵里ぃぃぃぃぃぃ!!!私は、お前を消した息子をぉぉぉぉぉ!!!探し出すまでにぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!』
男はそのまま闇の海へと消えていく...。後に発見される男の顔は...死を受け入れた安らぎの顔をしていた。
(...すまなかった。...影。)
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