6.大勉強時代でも削除を休ませたくない男...6幕目
マネージャーでざまぁする覚悟は出来ましたか?
出来た人はそのまま下へドラッグ(スマホならスワイプ)、
出来ていない人はブラウザバックを。
中学2年生12月。西山光葬式から1週間後。俺は一度風に当たるために外の空気を吸いながら真相を思い起こし、体が冷えたため、今はスタンドライトの光に照らされた机の上で麻日の3枚の書状(退部届、転校届、手紙)と雑誌を広げている。
「結局、サッカー部を蹴散らした後に阿澄と取材に同行したのも...無価値だった。」
俺は右手に持っていた赤いボールペンで、まずは机に広がる3枚の書状全ての余白をたった一単語で埋め尽くし、その時のことを思い出した。
...『削除』という単語とともに。
◇◇◇
中学2年生12月。西山光葬式から2日の日...。
グラウンドでサッカー部員を撃墜させた俺は校門へと向かった。そこには1人の成年ジャーナリストが立っていて、手招きをしている。
俺がその場まで走ると、ジャーナリストは3枚の書状と名刺を渡してきた。書状は、退部届、転校届、手紙であり、転校届に次の目的地が示されている。
俺はこの瞬間、せこい真似をする奴に嫌悪感を覚えるようになった。問題という罪をそのままにして、その本人は息のかからない安全な場所に逃げる安直さが...。
「やあ、少年。特大ネタの提供をしてくれてありがとな。自己紹介を」
「...いい。時間の無駄。」
「ハハハ。少年の言う通りだ。こうしている間にも時間は過ぎる。時間が過ぎれば、取材対象を逃す確率がグンと上がってしまうからな。なら、自己紹介は車の中でしよう。さぁ、乗った。乗った。」
俺はジャーナリストに導かれるまま車に乗り、俺の通っている中学校『東雲中学校』から西南に車で1時間の『南雷中学校』へと向かう。
...1時間。無駄だ。無駄すぎる。3教科の予習は下らない。どこまで奴は問題を押し付けるのか
でもこれが、最短時間最短距離。贅沢は言えない。
「改めて自己紹介しよう。俺の名は阿澄文一郎。『週刊阿澄』の一ジャーナリストだ。ああ、そっちは紹介しなくていい。窓口の受付嬢から名前は聞いている。」
俺は外を見ていた。曇りだ。空は濁っているが、それでも明るさはある。しかし俺の心は...既に夜だ。暗くて雲も星も見えてこない。心に生まれたブラックホールは...星をも飲み込む。
「...全く。こんな長距離を走らせてくれるなよなぁ。この移動時間だけで、どれほどの取材対象が俺から離れることか。こっちは手間を一欠けらでもかけられない立場だというのに。」
...同感。こっちはただでさえ、関わりたくないというのに。でも、お母さんのために落とし前はつけなければならない。そのためには、無駄をかける必要が...ある。
「...でも。電車で隣駅まで行って、そこでバスを数十分待つよりは...。こうして高速道路を走る方が距離・時間は短い。雪による摩擦や渋滞もない。...道の選択は...間違っていない。」
俺はそう言いながら、ゆっくりと目を閉じた。座っていたら、体の底から疲労が立ち上る。ここは、睡眠をとって体力を回復させるのが...効率的...。
「寝れる時は寝ておけ。仕事柄...。俺達もそれを実践しているからな。」
その言葉とともに、俺は睡眠をとった。
◇◇◇
南雷中学校。その校門で俺はボッーと遠くを見つめる。その視線の先は学校の外壁に設置された、効率を決める時計盤...。ではなく、その背後にある山である。
「...崩壊すればいいのに。」
「おいおい。それはせめて、取材を終えてからにしてくれ。今日の取材次第で謝礼が高くなるからさ。」
俺が欲しい物はそんな単純なものではない。
...落とし前だ。『恩を仇で返された』時、仇で返した者はそれ相応のものを支払ってけじめをつけなければならない。
これは生活費や税金と同様...支払い義務のあるもの。
「...謝礼はいい。俺は何をすればいい?」
早く用を終わらせたい。もう1秒でも早く元の場所に戻りたい。
勉強、勉強、勉強、勉強、勉強、勉強、勉強、勉強...。
「おいおいおい。そんな生気を失ったような目で俺を睨まないでくれ。ただついてくれればそれでいいんだ。」
阿澄はそう言い、先に校門を潜った。俺はその姿が視界から外れないよう、後をついていった。
1歩1歩が重く、進むごとに瞼に力が入り、視界が狭くなる。背中まで伸ばした髪と服がこすれる音が聞こえる。これは顔の角度が少し下へと傾いている証拠だろう...。
しかし、口角はそれに反比例して上がっていく。ああ、無駄が削除出来る...。削除を。無駄を...削除...。
削除、削除、削除、削除、削除、削除、削除、削除、サクジョ、サクジョ、サクジョ...。
「落ち着け。常に冷静でなければ、僅かな手間がコンマ秒ごとに発生するぞ。隙を見せないようにするんだ。」
...相手に無駄な気遣いをさせたようだ。平常を保ってそれを削除しなければ。
目を見開き、口角を精一杯上げて...笑顔を作る。
「...大丈夫。早く...行こ...?」
文一郎はこの時、思ってしまった。
取材対象の口を割らせるために餌を用意したのは間違いだったんじゃないか、
後ろにいる彼が、本当は餌を捕食する側ではないか、
深海にいる魚を取材という海流で運んでしまったのではないか、
と。
彼の目は光のない暗黒の目をしている。それはまさに...光の届かない深海を、光を飲み込むブラックホールを彷彿とさせている。
どんな人生を送れば、15年もしない内にこんな所まで落ちていけるものなのか...。
彼をここまで追い詰めた奴らは...どんな醜悪な存在なのか...。
知りたいという好奇心がジャーナリストには求められるが、これはあまりにも...相手が悪すぎる。
自分からは触れてはならない。相手の方からネタを提供してもらうのを待つしかない。
ここでの取材は応接室で行う予定だ。そこには先に自分一人で入り、もしそれが終わったら彼を連れてこの学校から去るのだ。
そう思い、阿澄は先に応接室へと入っていった。
◇◇◇
俺は応接室に入り、向かい側に座っている1人の女生徒へと対面する。
今回の取材対象は南海麻日。少年から聞いた話曰く、
サッカー部を無理矢理退部させた女、
使うだけ使い潰して捨てる最低の女、
と。これだけ聞けば最悪な人物であると感じられるが、ジャーナリストは真実を探求する者。個人の証言だけでなく、本人や関係者全員の証言から信憑性の高い情報を取捨選択して確実な真実を捉えるのが仕事だ。
そして今回も俺は彼女に取材をしているわけだが、彼女は俺を見るなりビクビクした様子を見せていた。
警戒心よりも恐怖感の方が強い印象だ。髪はお粗末に手入れされているのかボサボサしていて、こちらを見るなりガタガタと震えている。
俺はまず、彼女を話しやすいような状態にケアをすることにした。取材対象が質問に答えられるよう、ジャーナリストには人心を掌握する術も求められる。俺はそう思い、精神科医の先生に一時期は弟子入りさせて貰ったことがある。
彼女の場合は人間不信だ。初対面の人に対して異常な怯えや恐怖を見せる。症状だけでも案件の背景が予測できたり、取捨選択の基準が分かったりする。
俺は彼女への警戒を解くことにした。ここは無理強いしないことを詳しく説明してあげることから始め、俺へと親近感を持たせるようにした。
...取材内容にかかわる単語を一つも使わないようにすることで、当時の出来事を思い起こさないように。
...トラウマを刺激してこちらの警戒レベルを上げないように。
「申し訳ない。本当は1秒でも早く忘れたい所に君を踏み出させてしまった。」
「あ...あ...。」
「俺は今回、そんな君を救いにここまでやって来た。今から取材をしようと思う。が、無理ならここでやめてもかまわない。俺は、相手に無理矢理迫るアイツ等みたいな奴と、同じにはなりたくはない。あれは駄目だ。取材される人の気持ちを少しは組んでやってほしいものだ。君のように自分から踏み出せる人を少しは見習ってほしいものなんだよ。」
俺は心底うんざりした口調で語る。
「そう...なんですか?」
「ああ。だからここから先は君に委ねる。真実を話して一歩を踏み出すか...。それとも引き返してまだ勇気が出た時にまた応じるか。どうか選んでほしい。」
こういう人はまず、自分と似たような境遇の人物が他にもいることが分かると心を開くようになる。
そして10分が経過した時、彼女の顔のこわばりがおさまり、答えが返ってくる。
「...話します。もう怯えて一歩を踏み出せない自分には、なりたくないんです。」
彼女はそう言うと、全国大会前日から少年のサッカー部退部までの話を語り始めた。
...俺はその話を聞き、驚愕した。思った以上のネタだった。何故今まで露呈しなかったのか不思議に思うほどに。
そして俺が取材を終え、扉を開いた時、そこには少年が立っていた。その姿を見た彼女は...みるみるうちにまた恐怖の色へと染まった。
...。
「...取材は?」
俺は阿澄に尋ねる。まずは1人で取材すると言って俺を応接室の前で待機させたが、まぁ口を割るための最終兵器として連れて来たと考えばいいだろう。
そして阿澄の様子から、もう取材は終わったと予想が出来る。
「終わった。だから今から次の取材場所に」
「いいえ。少しだけ時間をいただけませんか?話をするだけなので。」
...そう。ただ、俺は話をするだけ。あの時のように他愛もない与太話をするだけ。
ふふ...ふふふ...。
「分かった。ただし、10分だ。10分経過したら話を強制的に切り上げさせてもらうぞ?」
「...充分。」
阿澄は応接室を出て、俺は先ほどまで阿澄が座っていたであろう席へと座った。
「あ...あ...。」
彼女は俺を見て怯えている。...何をそんなに。俺は...。
「大丈夫。ただ麻日が転校する前に...別れの挨拶が...できなかったから。」
俺はサッカー部で麻日と2人で与太話をする時の顔をつくった。面白く...楽しく...笑顔で。
「か...げ...なの...!?」
「うん。少し与太話をしようよ。...あの時のように。」
俺はこれから...彼女に...落とし前をつける。...彼女が自覚していない本当の罪を、突きつけるという形で。
...世間が『ただの被害者』と公開しても、俺にとっては『立派な裏切者』であることを。
...世間には見えない加害者を、俺自身で罰するために。
「...人間は怖い。年月を重ねた関係も...僅かな亀裂で簡単に崩れてしまう。」
俺は...サッカー部で語りかけていた時と同じ声のトーンで話し始める。するとあの時の愚かな俺をそこに見出したのか...彼女から返事が返ってくる。
「そ...そうなの。影をサッカー部から追い出してしまった後、私は怖い物を見たの。あの時だってそう。私の友達が影に悪いことをして、それで人ってすぐに変わってしまうことに気づいて...。」
...俺は本気でキレそうになる。
...影?何を言ってるのか分からない。
...あの時、俺たちの関係は風船のように割れて消失した。
なのに...まだ俺たちの関係が続いているように振舞うのか...。
...無自覚。そんな資格なんて、既にお前は剥奪されている。
だから俺は、ハッキリと麻日の罪状を述べることにする。
「ただ俺は、そんな関係を簡単に崩す人も世の中にはいることを...教科書にも参考書にも問題集でさえ書かれていないことを...無駄で学ぶことが出来た。感謝をしたいと思っているんだ。...それを他でもない俺に実体験という形で教えてくれた麻日にお礼を言いたいだけなんだよ。」
この瞬間、麻日はあの手紙のワードを口に出した。とうとう自覚したのか、弾丸のように謝罪を始める。
「ご...ごめん...なさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。裏切ってしまってごめんなさい。」
...逃避。あの時、彼女は保身に走った。真相がどうあれ、友達を信じきれずに自分の身を優先した。
サッカー部を退部した俺に待っていたのは、地獄だ。麻日は遠くから眺めていたが、その場に一度も駆けつけなかった。
しかもこんなに遠い中学校まで、保身という名の逃避をした。
友達よりもまずは自分。俺の事情を知っておいて、寄りにもよって俺の一番嫌いなことを彼女はやり遂げて見せたのだ。
俺は天井のライトを見て、俺の願望をそこに投影していく。今日もお母さんは...俺を見てくれている。決して裏切ることのない唯一の味方が...今日も俺を見守るだけでなく力を与えてくれる。
...目の前にいる、ただ見ることしか出来ない女と違って。
「もういいんだ。おかげで今は自分に素直になれる。遠慮や気遣いという無駄が生じることもない。人の怖さを知り、『人と関わりたくない』という進路先も手に入れた。」
「...え?」
この時、麻日はとんでもない選択を選んでしまう。
地雷を踏んでしまったのだ。
彼にとって一番、麻日と関わってほしくない人物の名前を、彼女は口に出してしまったのだ。
「お...母様...は」
「呼ぶんじゃない!!!死んでいなくなった俺のお母さんを『お母様』と呼ぶんじゃない!!!」
「ヒィ!?」
俺は怒りが頂点に達した。麻日は俺の怒声を聞いて、椅子から転げ落ち、怯えた目でこちらを見ている。
俺の心のブラックホールがデカくなる...。もういいよね?削除してもいいよね?目の前の麻日を削除してもいいよね?
削除、削除、削除、削除、削除、削除、削除、削除、削除、削除、サクジョ、サクジョ、サクジョ、サクジョ、サクジョ、サクジョ、サクジョ、サクジョ、サクジョ...。
「...そろそろ切り上げだ。もう充分だろう。」
その時、応接室の扉が開き、俺の肩を押さえつける人物がいた。
「いくら憎しみや恨みがあったとしても、一度手を上げてしまったら少年の罪も取り上げなければならなくなる。余計な手間だ...。早く次の取材場所に向かうぞ。」
...正論。こんな奴を削除する時間も無駄。
俺は...阿澄と一緒に応接室の扉へと足を進め始める。
あ、そうだ。別れの挨拶をしなければ...。俺をドン底へと落としてくれた、あの文章を借りて...。
「マジメンゴ。ここまで学ばせてくれた麻日の裏切者に代わって俺の夢を叶えに行くから。じゃ、バイビー。」
「あ.......。」
俺は応接室の扉を開け、今度こそ麻日と決別した。
...。
麻日への落とし前をつけた後、車の中は...静寂に包まれていた。
「...少年。」
静寂を破ったのは阿澄だ。彼が俺を止めてくれなければ、お母さんのいる天国に行く資格を危うく失う所だった。
...恩人。
「大丈夫。...問題はない。むしろ、感謝。」
...落とし前はつけた。お母さんの元に一歩近づけると思った。
なのに...感じない。何も...感じることは...ない。落とし前はもう早く...終わらせる...。これ以上、お母さんのいる天国に行く資格が喪失する危険を避けるために。
そう感じ、俺は車の中で阿澄に新しいネタ、直哉の育児放棄を話した。
「全く。そういうことは情報提供窓口を通してほしいんだがな...。」
...これで、後は阿澄の報告を待つだけだ。
...『週刊阿澄』のジャーナリスト達を西山家へとけしかけることで、奴への落とし前をつける。
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