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日常  作者: 佐藤つかさ
7/8

ユータス・アルテニカの放牧

前々回の続きです。レッツ無人島!

 青年は彫っていた。


 ただひたすらに。


 砂浜の上で。


 照り付ける太陽の下で。



 世界にたった一人なのではと思えるほどに人の気配がなく、さざ波の音だけが遠くから耳をこすりつけてくる。


 

 肌の上で命が燃えていくのが感じ取れる。


 木を削り取るたびに、自らの時間すら消え失せていくような錯覚さえあった。


 それはある意味、生きている実感と同義語であった。


 


 

 朝から彫って。


 昼も彫って。


 夜まで彫り続けた。


 


 どんな行為にも終わりがある。


 必ず報われる時は訪れる。死の瞬間が来るのと同じように。


 完成した作品を月に掲げると、青年は感極まったようにこう告げた。


 


「……できたっ」


 


 青年の背後を、影がめたのはその時だった。


 

「なんで無人島で彫刻やってんのよ。あんたはああああああああああ!」


 

 すらりとした脚線美が天をき、雲を引き裂くかのように振り下ろされる。


 

 芸術的な踵落としが青年――ユータス・アルテニカの脳天に炸裂した!


 

「かはっ」


 

 妙にいい声を出しながら、まるで殺人事件の被害者よろしくユータスはその場に倒れこむ。


 

 手から転がったのは先程作ったばかりの芸術作品――女神像を模した彫刻だった。


 

「痛いじゃないか。イオリ」


 

 針金のような痩躯そうくを丸め、頭頂部を抑えながらユータスがぼやく


 

 驚くべきことに全くダメージが感じられない


 

「あんたこんなとこまで来て何やっとるとね!」


 

 相棒ことイオリ・ミヤモトは怒りに任せて感情を吐き散らかす。


 

 その影響か東洋の民族特有の()()がにじみ出ていて、それが青年との差異を浮き彫りにする。


 

 とはいえ、人種うんぬんに基本疎い町で暮らしているゆえか、ちょっとした違いなど「それがどうした」と受け流せるのが、この二人の美点であった。



「いや、薪になる枝を探してたんだが、この木を見たら完成形が浮かんだんだ。頭の中で設計図が組み上がったからあとは――」


 

「実際に作るだけって? それよりまずやることがあるでしょうが!」


 

 相棒に問いただされて、ユータスはしばし考える。


 

 そして思い至ったのか、彼はハッとする。どうして気づかなかったのだと後悔しているようにさえ見えた。


 

「そうか! ヤスリがけだ!」


 

「あんたの顔面にかけてやろうかあああああ!」


 

 どこからともなく繰り出した武器――それはハリセンだった。


 

 ハリセン。


 

 東洋で用いられている大量殺戮汎用型決戦兵器初号機であり、彼女の故郷でその名を知らぬとさえたたえられる勇者モモ・ターロはそのハリセン一つでオニガアイランドに乗り込み暴虐の限りを尽くしたのだとかそうでもないのだとか。


 

 それはさておき、そのハリセンで相棒の顔面をはたき、はるか彼方にかっ飛ばす。


 

 俗にいう“ホームラン”というやつである。


 

 お星さまに昇華された相棒に目もくれず、イオリは視線を落とす。


 

 身にまとっているのはセパレートタイプのトップスとボトム。俗にいうビキニである。


 

 職業柄、あまり肌を出さない衣装を着ているため、こういう露出度の高い衣装には抵抗がある。


 

 体型にコンプレックスがある身となればなおさらだ。


 

 イオリは決して凡庸ぼんようというわけではない。


 

 気配りができるし、芯がしっかりしているし、誰が見ても胸を張って善良だと言い切れる心の持ち主だ。


 

 しかし彼女は自分が胸を張れるほど自己評価が高くない。よく言えば謙虚。悪く言えば自分に自信がない。


 

 しかし彼女に罪はない。あと胸もない。


 

 それが目下の悩みと言えた。


 


「…………」



 イオリは砂に埋もれている女神像を拾い上げる。


 

 何もない無人島で彫っているとは思えないほど出来が良く――そして豊満だった。


 

 扇情的せんじょうてきな裸体に布を羽織っている――信じられないことに全部木彫りで再現している――その造形は見事だといえた。


 


 だけど絶望的に色気がない。


 


 なんというか、完璧な数式を面白い落書きか何かと勘違いして模写しているだけのような。


 

 きっちりトレースしているのだけれど「あ、こいつ中身理解してねーな」感がプンプンするというか……。


 

 どちらかというときっちり理想的な健康体を突き詰めた肉体の造形や、年輪の模様と布地をうまくマッチさせる変態性など技術面は恐ろしく抜きんでているとさえ言えた。もはや天才の仕事である。もしくは造形バカの所業。


 


「まったく……」


 

 自分の肢体を見下ろして、イオリはどうしようもなく惨めな気持ちにさせられる。

 

  

 ――もうちょっと反応あってもいいじゃない……。

 

 


 その時、頭上から降ってきた影がイオリの背中をめてきた。

 

 

 だけど雲にしてはあまりにも影が低すぎる。

 

 

 ついでに言うならば、()()()()()()()()()()()

 

 

 イオリが振り返ると、目の前にそれはいた。

 

 

 熊だった。

 

 

 イオリの背丈よりもずっと大きな熊。

 

 

 黒いずっしりとした影が、イオリの肩にのしかかる。

 

 

 彼女自身は、決して弱くない。

 

 

 遠い異国の地にやってきて彼女なりに腕を磨いてきたつもりだった。

 

 

 だけどどんなに優れた格闘家がライオンに素手で勝てることはない。ありえない。

 

 

 いくら研鑽けんさんを積み重ねたところで動物に勝てるわけがないのだ。

  

 

 それは絶対の法則。

 

 

 

 

 

 

  

 ――だがそんな法則など、一週間ぶりの肉という欲望の前には濡れたウエハースも同然!

 

  

 

 

 

 

 

 絶対的ピンチのさなかに、ミナーヴァ・キスがエントリー!

 

 

「晩御飯ゲットぉ!!!!!」

 

 

 全速力の跳躍ジャンプとその加速を載せたドロップキックが、熊の顔面に炸裂する。

 

 その一撃たるや、先ほどのハリセンの比ではなかった。何しろ殺る気に溢れている。 

 

  

 

 

「あ。イオリ……だよね? 元気だった?」

 

 

 

  

 イオリの姿に気づくや、ミナーヴァは懐かしそうに柔和な笑みを浮かべてくれる。ちなみにその背後で熊が飛びかかっている真っ最中です。

 

 ミナーヴァはその熊の顔面に裏拳をかまして追い払い、もう片方の拳にたっぷり遠心力をこめて、もう一度同じ箇所に握り拳を突き刺す。さらに足でも舐めなと言わんばかりに蹴りを食らわせた。やはり顔面に。

 

 とにかく顔面狙え顔面――というケンカ作法にのっとったやり方だった。

 

  

「ごめん。ちょっと待っててね。すぐ終わらせるから」

 

 

 ミナーヴァは「寄り道してくるね」みたいなテンションで頭を下げると、散歩でもするような足取りで地獄に向かう。

 

    

 そのあとのことをイオリはあまり覚えていない。

 

 

 覚えているのはほとんど水着同然の格好でタトゥーをバチバチにキメた女性が熊とタイマンを張って、鉤爪をへし折り、顔面を抉り、素手でボコボコにしていく悪魔の姿だった。

  

 

 

 指を走るちくっとした痛みで、イオリは自分が女神像を握りしめていたことに気づく。

 

 

「…………」

 

  

 何となく、ミナーヴァと女神像が似ているような気がした。

 

 

 外見と違って色気が全っっったくない。

 

 



「喜べ。あんたを今日の晩御飯にノミネートしてやるよ」

 

 

 

 それは普段のミナーヴァからは想像できないくらい低い声―― 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに夜はクマ鍋でした。

 

 

 

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