てぃるのぐきゃんぷ
前回が冷たい感じだったので、今度はギャグ寄り?
前回までのあらすじ
船に乗りました
沈みました
完!
――アイリス・リベルテは呆然としていた。
長い髪を後ろに結わえ、一部の隙も無く制服を着こんだそのいでたちは、彼女が潔癖で誠実な人物であることの証左と言えた。
とはいえ、無人島に迷い込んでいるからかその髪はかすかにほつれているし、着衣にも乱れがある。
ピーコックブルーの瞳を伏せて、同じ色をした空を仰ぐ。
足元を覆うのは深い緑。木々に囲まれて日陰となっている草むらだ。ひんやりとしていて、土の臭いが濃い。
だけど先の日向は燦々(さんさん)と太陽が照り付けていて、そこから吹き付ける風も熱を帯びていた。
「熱いね。目玉焼きが出来そう」
地面に体育座りしている少女がぼそりとつぶやく。その横顔は――アイリスのそれと瓜二つだった。
まるで鏡合わせのようにそっくりな姿かたち。だけどアイリスが張りつめた冬の薄氷だとすれば、鏡写しの彼女は命が芽吹く常春のような空気をまとっている。
フリルをあしらった衣装に身を包み、声色も心なしかふわふわとしている。
彼女の名前はクラリス。リベルテ。アイリスと血を分けた双子の妹にして――唯一の家族。
「大変なことになっちゃったね」
妹の独り言に相槌を打とうとして、気づく。
今の言葉にアイリスに注がれたものではないということに。
「困りましたなー」
緊張感のない気の抜けた口調で呟く少女。彼女はマッシュショートの髪を軽く揺らす。
力いっぱいに風を切って腕を振り回すその姿からは、実年齢をはるかに下回る幼さがにじみ出ている。ミニスカートにもかかわらず胡坐をかいているその姿からも、相手の目線に対する無頓着さが垣間見える。
彼女の名前はアタランテ・フィービー。交友関係が広いクラリスの友達である。
別にアイリスの交友が狭いというわけではない。ただアイリスに仕事中毒のケがあるというだけだ。それが不治の病の域に達しているというだけ。
特にやることも無くなって、草むらを器用にひょいひょいと飛び越えていく。
その軽快さたるや、まるで重力から解き放たれたような――彼女の背に見えない羽が生えているかのようだった。
実際には、鍛え上げた筋肉による――普段は薄い皮下脂肪の膜に隠れて全く目立つことはないけれど――絶妙なバランスによる跳躍なのだけれど。それを難なくこなせる時点で彼女がただの平民ではない、荒事を専門としたハンターであることを証明している。
いきなり船が沈んで無人島に到達したにもかかわらずここまで落ち着いているのも、彼女が踏んできた場数は生半可なものではないということだ。
たぶんアイリスとクラリスの命が尽きたとしても――彼女だけは生き残るだろう。
いや、もう一人生き残れる少女がいる。
雪のように白い髪をオールバックにまとめていて、一房垂らした前髪には赤いメッシュ。ほっそりとした指には似つかわしくない太めの指輪が絡みついていて、耳を刺し貫いている銀のピアスが痛々しい。
どこか挑発的な、とても保守的とは言い難いその恰好は、十人が見れば十人が悪党のようだと答えるだろう。
しかし、地べたに正座してリンゴの皮をむいているその姿は、十人が見れば十人がお母さんのようだと答えるだろう。アイリスだってそう答える。ちなみに林檎を切っている時は、衛生面を考えて指輪は全部外してます。
「できたよー」
アルトなトーンで呼びかけると、切ったばかりのリンゴをみんなに振る舞っていく。うさぎさんの形にしているのは彼女の趣味だ。
彼女の名前はミナーヴァ・キス。ここにいる面子の最後の一人にして、唯一人間のカテゴリから外れている――サキュバスと呼ばれる新人類だ。
その証として、側頭部にぶら下がっている百合の花はコサージュではなく、彼女の頭からじかに生えているものだし、背中からは双葉もに似た緑色の翼――厳密には翼ではなく、植物の葉であると科学的に証明されている――が伸びている。その葉はリンゴの切断面のように瑞々しい光沢を放っていた。
「ミーナが悪いんだよ。嵐なのに身を乗り出すから」
「そーだそーだ」
クラリスとアタランテが愛称で呼びながら言葉のナイフで切り付けてくる。
「うう……ごめん」
あと信じられないことに、ガラの悪い恰好をしている彼女が、今いる四人の中で最もヒエラルキーが低い位置にいたりなんかするから人生分からない。
何はともあれ、今生き残っているのはこの四人。
助けはない。大人もいない。
国家公務員たる騎士の座にいるアイリスにはみんなを守る義務がある。そう自負していた。
無人島にいるこの状況で、騎士というアドバンテージなど大した意味はない。そう分かっていても、アイリスはここでただ助けを待っているわけにはいかなかった。
だからアイリスは立ち上が――
――る前に、クラリス達が先に立ち上がっていた。三人とも、まるで事前に打ち合わせしていたかのような揃いっぷりだった。
「ミーナは拠点作って。アタランテは薪をとってきて。私は果物とってくるから」
クラリスがてきぱきと友達二人に指示を送る。しかも妙に慣れている。
「オッケ。家作っとくから紐何本かちょうだい」
なんであんたが仕切るのとか文句を言うわけでもなく、ミナーヴァはあっさりと立場を受け入れていた。しかも提案まで出している。
「何に使うのそれ?」
「岩場の水が滴ってるとこに貼り付けて、紐を通して水を溜めるの」
「紐を通す意味ある?」
「紐が濾過器の代わりになるの。結構飲めるよ」
アタランテと同じ冒険家業に身を置くミナーヴァならではの提案だった。
「じゃあ三時間でやって」
クラリスの無茶にミナーヴァは、二時間で、と笑顔で返す。その笑みには任されたことへの喜びと自信が溢れていた。
「アタランテは枝を集めて。暖をとるから」
「先に歩いた方が良くない? 私ミナーヴァより速いよ?」
日よけにする葉っぱを集めていたミナーヴァが、傷つくなぁ、とぼやく。だけど事実なのかミナーヴァもそれ以上は言及してこなかった。それにミナーヴァはどちらかというとパワータイプだ。
「日が傾いてるし、まずは寝る場所を確保した方がいいと思う。道を探すのは朝起きてからにしようよ」
クラリスの説得に、それもそうだねとアタランテはあっさり折れた。
こうしてクラリスの指示の下、手下――もとい親友二人の優秀な働きもあって、陽が沈むころにはどこに出しても恥ずかしくない立派なほったて小屋と焚火が出来上がっていた。
試しにアイリスは壁を叩いてみたがびくともしない。釘を使わずになぜこうも頑丈な家が作れるのか。
焚火を囲みながら、なおも三人は着々とスケジュールを埋めていっているところだった。大人になればさぞデキるキャリアウーマンになっていることだろう。
「明日は高台に移動しよっか」
「拠点づくりと罠作らないとだね。ミナーヴァ、明日も家作るの任せていーよね?」
「いいよー」
アイリスの付け入る隙が無いくらい、三人は優秀だった。
(私、今日ここから一歩も動いてないなぁ)
何とも言えない哀愁を感じながら、アイリスは釣ったばかりのアユをほおばる。
塩が効いていて美味しかった。
(続く?)
取り戻せコメディ!