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日常  作者: 佐藤つかさ
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ミナーヴァ・キスの場合

 事の顛末すべては、ミナーヴァ・キスが“それ”を見たことから始まった。

 

 彼女が黒コゲになる前に手にしていたのは雑巾と()()()であり、何をしていたかと聞かれれば掃除だとしか言いようがないし、実際に掃除をしている最中だった。

 かといって自分の家ではない。自分の家の窓に頭を突っ込んで飛び降りる人間などこの世のどこにもいたりしない。――他人様ひとさまの家でも同じことだが。

 

 彼女が暮らしている街の名はティル・ナ・ノーグ。

 大陸屈指の港町であり、数多くの船と珍品が行き来する貿易都市としても名高いが、四方を城壁で覆い隠した城塞都市としての顔も持つ。危険な野生動物やガラの悪い山賊、何よりモンスターの来襲に備えるためである。

 壁を高く積んでモンスターの侵入を阻み続け、その間人々はモンスターの知識を蓄えてきた。

 

 その一種がグール。砂漠の町カイスの言葉で“かっさらう”という意味である。

 この時代、人間の根源的なエネルギーは魂であるとされており、その魂は心臓に定着していると言われてきた。そして死すと魂は心臓から離れていく。まるで大人になった子が親の家から巣立つように。

 だがまれに家から離れない魂が存在する。その屋台骨が腐りほこりが積もってもなお居座り続け、やがて知性が薄れてこの世をさまよい続けるのだ。

 その姿たるや肉を得た悪霊のようだと形容されており、瘦せこけた肉体に土気色の肌、血走った両の瞳だけがまだ生きているかのように爛々(らんらん)と輝いているのだそうだ。

 

 ミナーヴァの本業は冒険者であり、そのグールを何体も屠ってきたプロである。ついこの間も手製の焼痍手榴弾グレネードでバーベキューを振舞ったばかりである。

 とはいえ本日は時間が余っており、次の仕事の前に知人の家に立ち寄っているところだった。

 

 知人の名前はユータス・アルテニカ。この街ではなかなか有名な細工職人である。

 まだ19歳という若い年齢――と言ってもミナーヴァより二歳年上だが――ながら、恵まれた才能とそれをひけらかさない謙虚けんきょさを持ち合わせており、自己じこ研鑽けんさんと実績を重ねた末に独立することを許され、自分の店であり自宅であり城を手に入れたのだ。

 

 そんな彼とミナーヴァが出会ったきっかけは、寝ている彼を偶然見かけたことだった。――それも路上で。

 ユータス・アルテニカは天才的な芸術センス――時にそれは時代の先を行きすぎていると言われることもあるが――に恵まれており、それを妄想で終わらせずに現実にするためにサイズを測れる技量も持ち合わせている。

 しかし残念なこと彼は、自分の限界を測ることにまるで関心がない人種だった。

 眠る余裕のないスケジュールなら調整し直すのが普通の人間で、寝なきゃいいだろうと考えるのがユータス・アルテニカという男なのである。

 そんなわけで体の限界まで酷使した結果、路上で気を失ってしまうなんてことがごくたまにあり、結果として“相棒”に叱られるのが彼の日常となっている。

 

 依頼人として時々世話になっているミナーヴァとしても、知人が行き倒れているところを見るのは気が引けるので、時々様子見に来ているのだ。そう言った人はミナーヴァ以外にも男女問わず割と多いらしく、そういうところが彼の人徳なのだろうなと思う。

 

 幸いなことに今回はユータスは行き倒れてもいないし、相棒も機嫌がいい様子だった。

 相棒の名前はイオリ・ミヤモト。東の島国から訪れた少女である。

 天才だがいまいち世間ズレしている彼と、几帳面でしっかり者である彼女を組ませることで仕事の効率が爆発的に向上するであろうという上の考えである。事実そうなった。

 

 二人の姿は共同経営者パートナーと呼ぶには距離が近すぎる。どちらかというと夫婦だ。

 そして多分、そう遠くないうちに()()()()()()()()()とミナーヴァは確信している。

  

 二人っきりにしておこうと気を遣い、ミナーヴァは掃除をしておくと自ら申し出た。

 家主であるユータスは生活スケジュールのほとんどを仕事に費やしており、寝食の優先順位は下から数えた方が早い。事実、寝室になっている彼の屋根裏部屋は必要最小限しかなく、部屋というより仮眠室だ。

 ミナーヴァが掃除や料理を振舞うこともあり、家具の配置や食材の場所はだいたい把握している。

 雑巾とはたきを借りて狭い階段を昇っていく。細い段差を何度も踏み外しそうになりながら、高いヒールにするべきじゃなかったかとぼんやり思う。

 

 掃除し慣れた屋根裏部屋に入り、まずはシーツでも干すかなと考え始めていたその時――

 

 

 それは、いた。

 

 

 何時もユータスが倒れこむベッドに――“眠る”ではない表現から普段のユータスの生活がどんなものか見て取れる――いるはずのない存在が転がっていて、ミナーヴァは()()から目が離せないでいた。

 

 グールだった。

 

 痩せこけた肉体に土気色の肌。

 血走った両の瞳だけがまだ生きているかのように爛々(らんらん)と輝いている――ように見える。

 

 ミナーヴァの喉の奥がひゅっと鳴る。

 常人なら泣き叫んでもおかしくない。

 しかしミナーヴァは現役の冒険者であり、この未知の脅威に迅速に対応した。

 腰にげていた焼痍手榴弾グレネードに手を伸ばしたのだ。

 

 安全ピンを引っこ抜いたあたりから、ミナーヴァの記憶はところどころが飛んでいる。

 覚えているのは、相棒であるイオリの怒鳴り声が聞こえてきたこと。

 気づいたらミナーヴァの体は宙を飛んでいて、頭から窓ガラスを突き破って落っこちていたこと。

 手から零れ落ちていた焼痍手榴弾グレネードがミナーヴァの目の前で炸裂したこと。

  

 覚えているのはそれくらいだ。


 結果的にミナーヴァはアフロ頭になり包帯ぐるぐる巻きの状態で、家主ではないイオリに土下座して謝るというシュールな経験をすることとなった。しかも路上で。

 あとで分かったことだが、ミナーヴァが見たグールは精巧に作られた抱き枕だった。光をほとんど遮断している狭い空間であるために真贋しんがんの判別がつけづらく、何も知らない人が見ればまず卒倒するだろう。モンスターを遠ざけている城塞都市のど真ん中でモンスターを見たならなおさらだ。

 

 ユータスが自分の家から身を出すと、外で始まっている異質な光景に怪訝けげんな顔をした。彼は何が起こったのかを知らない。

 

「何があったんだ?」

 

 ミナーヴァとイオリは顔を見合わせ、やがて苦笑する。

 やがてミナーヴァが口を開き、説明役を買って出た。

 

  

 事の顛末すべては、ミナーヴァ・キスが“それ”を見たことから始まった……。

【ゲストキャラクター】

ユータス=アルテニカ(Utas=Artenica)

Creator:宗像竜子 さん

イオリ・ミヤモト(Iori Miyamoto/日本語表記:宮本伊織)

Creator:香澄かざな さん


【登場作品】

アルテニカ工房繁盛記

https://ncode.syosetu.com/n2701bc/

白花シラハナへの手紙

https://ncode.syosetu.com/n7809bk/

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