第9話 きれいな顔してるだろ、この顧問変わり者なんだぜ その3
「まさか……、そんなバカな……」
全てを見終えた神楽坂先生は、ブツブツと言いながらまだ机に腰掛けてうなだれている。
「もう……、ひどいですよ那智さん……」
「ごめ~ん瑞希ちゃん、ホントに今日はイチゴちゃんのパンツだったんだね♡」
「瑞希! 今日は帰りに俺がハンバーガーおごるから機嫌直せよ」
落ち込む瑞希を慰める僕と、傷口に塩を塗っている那智。
「岸本先輩、今日はファストフードじゃダメですよ! 喫茶店でケーキセットです!」
「ああ、それいいね! 2日連続で女の子のパンツ見ちゃったんだもんね、私も甚におごってもらおうっと」
ちょっと待てお前ら、僕は別にスカートをめくってくれとお願いした記憶は無い。しかもなんで那智の分のケーキまで僕が、などと思っていると。
「……きーしーもーとー、わたしの分もケーキおごれ……」
「いやアンタは教師だろ! しかも仕事中だろ!」
「いや~、悪いな岸本。わたしはアンタの話を全然信用してなかったわ! 疑って悪いことしたな岸本! メンゴ、メンゴ♡。こうやって謝るから綺麗サッパリ全部忘れてくれや」
さっきのことは綺麗サッパリ忘れろと、スパッと開き直る神楽坂夏美27歳、もちろん独身。彼氏いない歴非公表で関西出身。
「で、なに三枝さん、ホントにどうなってんの? その体質というか、超能力って」
さっきまでのヤクザな態度から一変、先生は瑞希に優しく声を掛ける。
「はい……、あの瑞希って呼んでもらって結構です。それから、自分でもよく分からないことも多いんですけど……」
そう前置きして、瑞希は先生に自分の事を話した。
♡ ♡ ♡
「へえ、にわかには信じられないけど、でもこの眼で見ちゃったからね。ガラスが壊れるところも、戻ったところも……」
「でしょ夏美先生、昨日私たちもビックリしたんだよ!」
いやいや昨日も今日もスカートをめくったのは那智、お前だろ。
「あの……、このことはホントに他の人には……」
「大丈夫よ、三枝瑞希さん! ここにいる四人の秘密だからね! ひ・み・つ♡」
いやいや先生……、そう言うアナタが一番怪しいんですけど。
「でも三枝さん」
「あ、瑞希でいいです」
「じゃあ瑞希さん、この能力ってここ1年で強力になってるんだよね? 何か対策考えないとそのうちに街中で暴発しちゃうかもしれないでしょ?」
神楽坂先生が、この人にしては珍しく常識的なことを言う。
「ええ……、そうですね」
「それに暴発しなくても、将来恋人とか出来たらどうするの? パンツ見られるどころの騒ぎじゃないよ。恋人だったらあんな事やこんなことがあるでしょ?」
「あ……、あんなことや、こんな……こと……」
瑞希が想像したあんな事やこんな事がどんなことか僕はちょっと知りたいけれど、とにかく瑞希の顔は真っ赤に変わって、空気が震え出す。
「ストップ、ストップ! 瑞希ちゃん! はい深呼吸、ヒーヒーフー」
「だから那智、それは出産の呼吸法だって」
素直な瑞希は、ヒーヒーフー、ヒーヒーフーと呼吸をする。
「なんとか落ち着きました、でも先生の言われる通りなんです。このままだといつか大変なことになりそうで……」
視線を落として不安そうな瑞希を見て、神楽坂先生は何か思いついたような表情に変わった。僕は知っている、この顔になった神楽坂先生はどうせ碌でもないことを思いついているのだと。
「そうだ瑞希さん! 恥ずかしいと思わない強い心を育てるのよ! 羞恥心を無くしちゃうの」
「羞恥心を……」
「無くすって、先生どうやって」
瑞希と那智が顔を見合わせて首をひねる。
「そんなの簡単よ! 岸本君にチューしてもらったり、おっぱいとか揉んでもらったりして、ここで毎日段々と過激に鍛えていけばそのうち……」
ああ……、やっぱりこの人は碌でもないことを思いついたのだ。瑞希もよく見ておけよ、この女性きれいな顔をしてるだろ、けど変わり者なんだぜ……。と、僕がため息を吐き出した時。
「そんなのダメーーーーー!!」
これは那智の声。
「い、い、いやーーーー! 絶っ対に! いやーーーー!!」
そしてもっと拒否反応をしたのが瑞希。
そしていつも通りの爆発&巻き戻し、もうこの部屋は何回壊されているんだろう。壊されては復元される窓ガラスも、いっそこのまま息の根を止めてくれ、と思っているかもしれない。
♡ ♡ ♡
「だってぇ~、わたしぃ~、これっていいアイデアだと思ったんだもんっ!」
27歳の女性教師とは思えない口調でカワイコ振る神楽坂先生。自らの発言が暴発を引き起こしたという責任を完全に放棄するつもりだ。
「瑞希、本気にするなよ。そんなことよりみんなでもう少し真面目に対策を練ろうぜ」
「そうよ瑞希ちゃん、こんなエロ男とチューなんてしなくていいからね! それからあの先生ちょっと変わってるのよ」
「はい! わかりました。先輩方よろしくおねがいします!」
「おい、お前ら、顧問を除け者にするなや、超常研の顧問を!」
せっかく生徒三人でこれからの結束を固めているところに、10歳年上の女が乗り込んでくる。
「じゃあ神楽坂先生、本当に何かいいアイデアを出して下さいよ……。さっきみたいな碌でもないアイデアじゃなくて」
うんざりした僕は先生に問いただした。
「う~ん、そうねえ……」
顎に手を当て目を細め、考えているポーズだけは絵になっている神楽坂先生。とはいっても、大していいアイデアなんて無いだろうと、期待値をゼロにして待っていると先生は形の良い口を開いてこう言った。
「よしみんな、合宿するわよ! この超常現象を解明する合宿よ!」
ここは正式名称:地理歴史研究部。今まで合宿などしたこともないし、する必要もなかった。そして裏名称:超常現象研究会としてさえ合宿の必要性などまったく感じない、果たして合宿をして超常現象が解明されるものなのだろうか?
「先生……、真面目に考えてくださいよ」
僕の言葉に那智も瑞希もウンウンと首を縦に振る。
「なに言ってるの! 新しい部員を迎えてまずは親睦を深めないと超常現象の解明なんてできないわよ! 今度の土日は新歓合宿に決定、顧問権限で決定!」
一本指をかかげて神楽坂先生がビシッとポーズをとる。
「新歓……」
「合宿……」
そのあとの言葉を僕と那智が重ねた。
「「……どこで?」」
「近くに私の知ってるお寺があるのよ、合宿って言ったらお寺でしょ? いいと思わない?」
腰に手をあて自信たっぷりに長身の神楽坂先生は宣言する。本当にこの人は外見はスーパーウーマンなのだ、――胸以外の外見は。
「合宿ですか! わたし合宿なんてしたことないんです! 嬉しいなあ、知らない高校に入ってすぐにこんなに面倒を見てもらえるなんて、先生よろしくおねがいします!」
――おーい瑞希、こんな訳のわからない合宿をありがたがるなんて、キミも相当変わってるぞ。
「ほら岸本くんも、宮前さんも、新入生がこんなにやる気になってるんだから、行くわよ新歓合宿! オー!」
片手を突き上げて、この中の誰よりも合宿へと盛り上がっていく神楽坂先生。
こうして何のためかよく分からない新歓合宿が、なし崩し的に決まっていったのだった。
<序>水玉パンツの超能力少女 終わり