第7話 きれいな顔してるだろ、この顧問変わり者なんだぜ その1
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翌日の放課後、僕と那智が部室の鍵を職員室に借りに行くと、既に鍵は瑞希が持ち出しているようだった。そして部室の引き戸をあけると、そこにはなぜか床のモップがけをしている超能力少女がいた。
「えっと、なにしてんの……、瑞希ちゃん……」
部屋に入った那智が少々呆然として聞く。
「あ、こんにちは那智さん! それから岸本先輩。これからお世話になるんで、いま掃除してたんです」
瑞希はニコニコ笑いながらモップで床を拭いている。既にひと仕事終えたのか、その額には汗が滲んでいた。
「あのさあ瑞希、入部届もまだ出してないのに、部屋の掃除なんてしなくてよかったのにさ……」
僕は超能力少女の意外な一面に驚き、何となく隣の那智を見た。
そう言えば僕がここの掃除をすることはあっても、那智がすることは決して無い。もしかすると瑞希は那智よりもずっとデキる後輩女子かもしれない、何と言っても那智より胸も大きいし。などと僕が思っていると、那智が真剣な表情で口を開く。
「瑞希ちゃんいいのよ、部室の掃除は甚の仕事って前から決まってるの。女だからって掃除とかしちゃダメ、そういうのが男を甘やかすんだからね」
「おい那智、そんなのいつ決まった? 3年が抜けて2人しかいなくて、那智が掃除しないから俺がしてたんだろ! いやちょっと待て思い出した、3年の先輩がいた時から俺ばっかり掃除してた!」
僕の猛抗議にも那智は涼しい顔。
「ああそうだっけ? それでうまいこと回ってたんだから、それでいいじゃない。とりあえず気がついた人が掃除するので決定ね」
「な、瑞希、いまの聞いたか? 清々しいまでの嫌がり方だろ、こんな先輩をどう思う?」
僕たちの会話を聞き瑞希は笑い出す。
「先輩たち本当に仲がいいんですね、羨ましくなっちゃいます。いつからの仲なんですか?」
「ああ……」
「それは……」
ほぼ同時に呟き、僕と那智はお互いを見て、そしてお互いに顔をゆがめた。
「瑞希ちゃん、その言い方ちょっと違うからね、羨ましがらなくてもいいから」
「羨ましいと言われてもな……、小4の夏だっけ? 那智が転校してきたの?」
僕は指を折りながら昔を思い出していた。
「違う、小3の二学期から!」
と、細かい訂正を那智が入れる。
「そうそう、小3の夏休みの終わり頃だったんだな。那智と初めて出会ったのは」
三軒隣の家に引っ越してきた那智に出会ったのは、――小学校の夏休み中だった。
「へえ~、小学校からなんですか。それからずっと一緒だったんですね、やっぱり羨ましいなあ」
「いや~、それがさあ瑞希。初めて会ったのは夏休み中で近くの公園だったんだけど、一緒にボール蹴って遊んで、宮前那智って名前を聞いても俺ずっと男だと思ってたんだよ」
短い髪と小麦色に日焼けした身体、短パンにTシャツを着た那智は絶対にちょっと可愛い男子だと思った。
「それで9月1日に一緒に登校する時、こいつがピンクのランドセルを背負って来たからさあ……」
「瑞希ちゃん、そん時にこのバカがなんて言ったと思う?『お前、何で女みたいな色のランドセル背負ってるんだ?』って、最悪でしょ! もうそれからこのバカが金魚のフンみたいにずっと一緒」
「どっちが金魚のフンだか……」
「なによ!」
いつも通り言い合いになる僕と那智、それを見て笑いながらも肩を落とし、やがてため息をつく瑞希。
「やっぱりケンカができるほど仲がいいんですね、わたしにはそんな友達いませんでした……」
「まあ気にするなよ、ほら瑞希だって昨日は『水玉って言わないでー』とか『邪魔しないでー』とか言ってたじゃないか、あんな感じだったらすぐに馴染むよ」
「そうそう、『今日はイチゴのパンツで~す』とか言ってくれたらいいんだよ! で、今日のパンツは何色かな~?」
ニヤッとしながらスカートをめくろうと近づいていく那智に、やめて下さい! と言って逃げる瑞希。二人がドタバタと音を立てて部屋中を走り回る。と、そのとき。
「アンタたち何やってんの!?」
入り口から聞こえてきたのは鈴を転がすような女性の声。
振り向くと、開きっぱなしの引き戸から誰かが覗いている。それはスラッとした長身に背中までの長い髪、メガネを掛けた一見美人、実は変わり者の女性、つまり顧問の神楽坂先生だった。
地理歴史研究部顧問の神楽坂夏美先生27歳、「もちろん独身、彼氏いない歴は非公表、酒乱、超常現象に興味があるため昨年途中から地理歴史研究部の顧問を乗っ取る。繰り返す、独身、彼氏いない歴は非公表……」
「おい! 誰だ、ブツブツ独身とか彼氏いない歴非公表とか言ってるやつ!」
逃げ回る瑞希も、追いかける那智もスッと僕の方を指差す。
「地理歴史研究部の顧問、神楽坂夏美先生。ピチピチの20代、スラッとした長身で美人、気立てもよく我が校のヒロイン的存在。あまりにも条件が良すぎるため男性として声を掛けるのも躊躇する……」
「きーしーもーとー、言い直したってダメだぁ~」
神楽坂先生はニヒルな笑顔で近づき、僕のこめかみを両手でグリグリとお仕置きをする。まあ、一応お約束なのだが。
「先生、痛いですって。体罰ですよ、体罰。でも本当に神楽坂先生ってこういうお仕置きする姿が似合ってますよね! もし僕があと10歳年齢が上だったら絶対そういうお店のスカウトに紹介……、ぐああ、痛いですって! 褒めてるんです、先生を褒めてるんです!」
「夏美先生、今日はそのバカが失神するくらいでお願いします。バカが失神したところをスマホで撮りますから」
横から那智が余計な声援を送っている。その声が届いたのか、今日のグリグリは一段と強烈で僕は叫び声をあげた。
「ぐわああああ先生! 神楽坂先生! ほら今日は仮でも新入部員も来てるんだし、このへんでっ、ぐあああああ」
「ああ、そういや岸本そんなことを言ってたわね」
ようやくグリグリから解放されて一息つく僕を置き去りに、神楽坂先生は後ろを振り向き瑞希のいる方へ向かったのだった。