第62話 瑞希の覚醒 その1
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赤、黄色、ピンク。そして偽大(小)、小、大。
カラフルでバリエーションにとんだ水着姿の三人娘が集まっている。
ホラホラ先生、松浦さんが先生の水着姿を見て苦笑してるじゃないですか。まあ僕はどうでもいいんですけど。
周囲の安全も確認して、ようやくスイカ割りが始まる。どこから用意したのかスイカを割る棒だといって、那智が座禅に使う警策を持ち出していた。
「那智! それはマズいだろ、それ座禅をしてる時にパーンって叩くやつじゃないか!?」
「あ、そうなの? ちょっと短いけどちょうどいいかなあって。ほら叩きやすいし!」
そう言いながら那智は僕の肩をパーンパーンと気持ちよさげに叩く。
「それ座禅研修の時に使うんだよきっと……。そんなの折れたらヤバイからこの流木を使えよ」
「ええ……、これ軽くて良かったんだけどな……。この流木ちょっと重いよ」
まったく、どこの世界にスイカ割りで警策を使う不届き者がいるものか。僕が那智から警策を取り上げるのを松浦さんはニヤニヤしながら見ている。
「よし、じゃあ誰から行く? いきなり割れたら面白くないから力の弱そうな宮前かな?」
「えええ! 私から~!?」
神楽坂先生が那智を指名してスイカ割り一番手に決まる。那智に目隠しをして流木を額に当て10回転させたらスタート。何故か?、いや当然のように那智は僕の方に突っ込んで来て、思い切り流木を振り下ろす。
「バカ! 那智! お前わざとだろっ」
「知らないわよ! ここでしょ!! 覚悟っ!」
♡ ♡ ♡
そんなこんなでスイカ割りが過ぎていき、那智も瑞希も、先生も僕も、誰もスイカにかすりもせずに四人が終わった。次に控える松浦さんはニコニコ笑いながら目隠しをされ、グルグルと10回転したあとも余裕の表情に見えた。
「さあ行くぞ! 俺こういうの得意なんだぜ」
そう宣言してスイカに近づく松浦さん。ゆっくりとした足取りだけどスイカに向かって一直線だった。
「岸本くん? こんなもんか?」
「凄いですね松浦さん、もう振り下ろしたらそこで当たりますよ」
「そうか、うおりゃああ!」
松浦さんの掛け声とともに流木が一閃、見事にスイカが割れた。目隠ししていても見えているかのような見事なスイカ割りだった。
すご~い! と言いながらジャンプする女性三人組。女の子二人はいいとして、僕は先生のパットが落ちないかと少し気になった。
五人で別けて食べるにも少し大きいと思われる割れたスイカ。包丁で綺麗に切って整えるのも何故かバーベキュー奉行の務め、ザクザクと切り分けてみんなに配る。
「松浦くん、結構甘いスイカじゃない! そういえば昔から甘いミカンとか、美味しいブドウとか選ぶの上手だったよね」
「松浦さん、これ美味しいスイカですね、どうやって見分けるんですか?」
「勘だよ、カン! 触ったら何となく美味しいかなって勘がするのさ」
♡ ♡ ♡
海風に吹かれ、みんなでレジャーシートに座ってスイカを食べていると、この一瞬がかけがえのない時に思えてくる。
瑞希と那智はスイカを食べたあと海へと入って遊び、神楽坂先生と松浦さんは学生時代の昔話をしていた。
僕は二切れ目のスイカをかじりながら海で遊ぶ二人を眺める。ふたりとも今日はラッシュガードを着ていないけど日焼けは大丈夫なのかな、と少し眩しい素肌を見て妄想していた時だった。――誰かの携帯が荷物の中で鳴っているくぐもった音が聴こえた、多分この音は瑞希のスマホ。
「おーい! 瑞希、携帯鳴ってるぞ!」
「えー? わたしのですかあ~!?」
「多分、瑞希の荷物の中だと思うけど~」
海から上がってきた瑞希は、水滴を気にしながら荷物からスマホを取り出した。「え、叔母さんからの電話だったんだ……」と呟き早速コールバックしている様子。
「もしもし……」
瑞希は少し離れた場所で叔母さんと話し始めた。
電話を始めてすぐに「えっ」とか「ウソ……」と聞こえ、「はい……、帰ります」と瑞希は電話を切りその場で立ちすくんだ。暑い日差しの中、少し震えているような瑞希の後ろ姿に不安を覚えた僕は声を掛けに行く。
「どしたの? 何かあったのか?」
「岸本先輩……さっき、お祖母ちゃんが死んじゃったって……。容態が急変して、叔母さんたちも間に合わなかったって。一週間前に行った時にはあんなに元気そうだったのに……」
そう言うと瑞希はその場にへたり込んでしまう。
「瑞希……」
「帰らないと……、なんで……お祖母ちゃん。早く帰らないとお祖母ちゃん、一人で可哀想……」
それだけ呟くと、瑞希は堰を切ったように泣き出した。大粒の涙がポタポタと砂浜に落ちていく。そして空気が震えだし、瑞希の感情の爆発とともに衝撃波がやってきた。
それは僕の知る限り最大級の衝撃波だった。