第57話 バーベキュー奉行の出番だ その1
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「そ、そうか、塩コショウしたのは那智だったんだな。ちょっと味が刺激的過ぎるからさ、もう少しマイルドにした方がいいな!」
那智の塩コショウによって絶望的に塩辛くなった串をどうするか? ほぼ焼きあがりかけているのにどうすればいい? 水で洗うなど論外、焼肉のタレを付けたら余計にヒドくなりそう。悩んだ僕の目に飛び込んできたのは、神楽坂先生の持ってきていた焼酎の瓶だった。
アルコールなら串をドブ漬けしても、もう一度焼けばフランベみたいに何とかなるんじゃないだろうか? それにお酒に漬けると肉が柔らかくなるって言うしな……。
「先生! その焼酎をちょっと借りますよ」
「ダメダメ、この『魔王』はダメよ! プレミアム焼酎なんだからね、全部アタシが飲むんだからっ!」
――このアル中教師め……、バーベキュー奉行の名にかけてその焼酎を奪ってやる。
「あっ、先生! あそこUFO!!」
「えっ、どこどこ? UFOどこ!?」
酔っ払っているのか、もともと天然なのか、こんな手で焼酎を奪える神楽坂先生を、僕は不覚にもちょっと可愛いと思ってしまう。
サッと奪った焼酎の栓を抜きタッパーに波々と注いだ。「あーーー、アタシの魔王!!」とかなんとか先生が言っているけど、バーベキュー奉行の責任として許して欲しい。
♡ ♡ ♡
「岸本先輩、美味しいですね! バーベキュー上手だと思います!」
「甚、次はタレでも焼いてみようよ。わたしはタレ味も好きなんだ」
「……魔王が、アタシの魔王が……」
那智と瑞希はニコニコ笑いながら、先生は涙を浮かべながら串を食べていた。――先生……、先生の魔王は尊い犠牲になったんですよ、アルコールは飛んでますけど魔王でフランベした串焼きって素敵じゃないですか。
その後、タレ味の串、鉄板に変えての鉄板ヤキソバへと進み、デザートはかき氷を作ることになった。もちろん手動式のかき氷機をガリガリと回すのはバーベキュー奉行の役目で、僕は先生が持ってきたペンギンちゃんのかき氷機を一生懸命に回した。
「オラオラ、岸本! 回せ回せ! 回さんかい! 煙が出るほどペンギンちゃんを回さんかい!」
魔王を取られた腹いせもあるだろうけれど、先生はマダムの恰好には似つかわしくない言動で僕を叱咤する、どこをどう見ても酔っ払いだ。
頭がキンキンするかき氷を四人で食べ、簡単にバーベキューセットの後片付けを済ませた後、飲んで食べて散々騒いだ先生は「よしっ、昼寝する」と言ってペンションに戻ってしまった。
時間は昼の一時半。僕も少し部屋でゴロゴロしたかったのに那智が海に入ろうと言って、僕と瑞希を連れ出そうとする。正直言って面倒くさいと思ったけれど、ラッシュガードを脱いで海へ入るとわかった途端、僕のやる気は全開になった!
「せっかくだから瑞希も行こうぜ!」
「ね、瑞希ちゃん! 今度はザブンって海に入ろうよ。浮き輪持ってるから大丈夫だって」
「でも先輩……、ホントに足のつかないところはダメですよ」
どうやら瑞希は足の付かない場所はダメなようだ。
「へえ、瑞希は泳げないの?」
「ええ、ちょっと苦手です。足がつかなくなるともうダメなんです……」
「大丈夫だよ、瑞希ちゃんは浮き輪持ってたらいいからね!」
アツい砂浜を横っ切って波打ち際までたどり着くと、海水の冷たさが心地良い。那智と瑞希は手を繋いで海へと入っていく。さっきまで普通にセミロングだった瑞希は、後ろ髪をまとめてポニーテールのようにアップにしていた。
「甚! 早くビーチボール持って来て!」
「ああ、わかった」
僕も遅れて海に入りビーチボールを投げて三人で遊ぶ。ビーチボールと戯れる度に揺れる瑞希の胸と、一応揺れる那智の胸。――ホントに良かったな那智、まだ高2だからな、27歳までには絶対に追い抜けるぞ、誰を追い抜くとは言わないけどな。
どのくらいビーチボールで遊んだだろうか。海の中を動き回って足に疲れを感じてきた頃だった。少し離れた瑞希の様子がおかしく、泣きそうな表情で浮き輪にしがみついていた。
「せ、せんぱ~い……、ここ急に深くなって足がつきません……、たすけて……」
よしキター! 何がキタのかわからないけれど、その瞬間、僕はキターと思った。
ここはヒーローの出番だ、バーベキュー奉行の出番だと思った。