第55話 やっぱビキニっていいよねっ! その3
瑞希の水着姿を目に焼き付けようと振り返った僕は少々落胆した。
ラッシュガードを羽織った瑞希は、そのファスナーをこれでもかと上までキッチリと上げていたのだ。じゃあ那智はというと、那智もラッシュガードを羽織って前を締めている。
「甚、アンタ残念だったわね! お楽しみはちゃんとバーベキュー奉行をしてもらってからですぅ」
那智がエラそうに口を突き出して僕をからかった。――クソッ、何が『してもらってからですぅ』だ! チクショー、まあ今はそのラッシュガードで隠れていない太ももを見るだけで勘弁してやろう。
僕は落胆を希望に変えてバーベキュー奉行に復帰した。那智と瑞希は海まで走って行き、神楽坂先生はいつものようにレジャーチェアでプシュッとやり始める。
「夏ね……、すっかりサマーだわ……」
真っ赤なビキニに白いサマーカーディガン、マダムのような神楽坂先生は優雅に脚を組んでいる。何も知らない人が見ると生唾ゴックンな感じかもしれないけれど、僕は先生の胸パットが落ちないか心配で仕方がない。
「先生……」
「なに……、岸本くん……」
――いや、やっぱりやめておこう。先生だって一応女性だ、そして顧問だ。胸パットのことは、落ちそうになった時に教えてあげることにしよう。
「先生の水着って、セクシーですね」
胸パット以外の話題を考えていなかった僕は、ついそれらしいことを口に出してしまった。それを聞いた神楽坂先生はガバッとチェアーから身を起こし、勝利のガッツポーズを繰り返す。
「でしょでしょ♡ きしもとくんは見る目があると思ってたのよ♡ この水着似合ってるでしょ! 大人の女性って感じよね!」
その場でピョンピョン跳ねる先生。
ゴメンナサイ先生、そんな飛び跳ねる姿は大人の女性じゃないです。それにそんなことをすると――パットが落ちそうで怖いじゃないですか。
♡ ♡ ♡
一通りバーベキューの準備を僕が終えた頃、先生は2本目をプシュッと開けゴクゴクと美味しそうに飲んでいた。
「先生、僕はあいつらを呼びに行ってきますから、串に刺したやつを適当に焼いていて下さい」
「えー、面倒くさいし煙の臭いがつきそうだから。アタシは岸本が帰ってきて焼くのを待ってるわ」
先生……、網の上に串を置いてひっくり返すのもイヤですか?
もういいやと僕は海へと二人を呼びに行く。ペンションの前庭から見えているとはいえ砂浜には海水浴客も多く、那智と瑞希がどこにいるのかひと目で判らなかった。
道を渡り、コンクリートの階段を3段降りて砂浜に入る。8月の砂浜は暑く熱せられ、ビーチサンダルを通して足の裏に熱が伝わった。
「あいつら……、どこ行ったんだ」
僕は独り言を言いながら砂浜で那智と瑞希を探す。
海辺では家族連れや若いカップル、学生のグループなどが思い思いに夏の海を楽しんでいる。神楽坂先生の真っ赤なビキニも派手だと思ったけれど、砂浜にはそれ以上に派手な女の人がポツポツと見受けられた。
その中でもこの女性は凄い。
いま目の前で日焼け止めクリームを塗っているお姉さんは、僕が夢にまで見た極小ビキニの水着を着ていた。ここでマンガとかなら『ねえそこのボク、ちょっと背中に日焼け止めを塗ってくれない♡』なんていう展開になるのかもしれないけれど、現実にそんなことは期待薄。
でも想像するだけなら自由というものだ、なんと言っても憲法で保障されている思想と良心の自由というやつだ、政経の時間で習った覚えがある。
僕はすっかり極小ビキニお姉さんの後ろ姿に見とれてしまっていた。日焼け止めクリームを背中に塗っている時に、あのビキニの紐を引っ掛けたらどうしようと妄想の中で悩んでいた。
その場に立ち尽くし、極小ビキニに対して想像の翼を広げてどのくらい経ったのか。1分だったのかもしれないし、30秒だったのかもしれない。とにかく僕の後ろから声が聞こえてきた、今ここではあまり聞きたくない那智の声だった。
「甚、なに見とれてんのよッ! アンタってヤツは!!」
振り返ると黄色い水着にグレーのラッシュガードを羽織った那智が、僕のボディに渾身の一撃を加えてくるところだった。
「え、ちょっと待った那智! 思想と良心の自由は日本国憲法の19条で保障されてるって……」
「問答無用!!」
僕の憲法ガードは不発に終わった。やっぱり憲法じゃなくて拳法の方が身を守るのに必要なのかな、ハハハ……。
無駄にそんなダジャレを思いつきながら僕は砂浜に斃れていった。