第5話 ハンバーガー奢って胸が揉めるなら3日に一度は奢ってやるぞ その1
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「で、先輩たちは地理歴史研究部で何を研究してるんですか?」
僕たちは超能力少女を誘って駅前のファストフード店に来ていた。
美味そうにハンバーガーとポテトをパクつきながら、その超能力少女である瑞希が聞いてくる。
こんなファストフードのセットを奢って胸が揉めるなら安いものだ。確か那智が揉んだ回数が7回だから、450円を7で割ったら税込みでひと揉みが……。などと、僕が考えていると。
「岸本先輩、何をボーっとしてるんです!? それに、さっきからわたしの胸を見てません?」
「ああ、ごめん。そのセットメニューが450円で、それで那智が7回揉んだだろ、だからひと揉み当たりの単価を計算してたんだよ。ざっと消費税込みで64円ってとこかな」
「プププ、アンタしょうもないことだけは思いつくのね。甚のそういうところだけは小さい時から尊敬するわ」
それは僕と那智にとっては何気ない話だった。
ところが超能力少女の瑞希にとっては違ったらしい。手に持っていたポテトをポトリと落とし、ドンドンと顔色が赤くなっていく。やがてハンバーガーを包んでいた紙がカサカサと揺れ、僕もちょっと慣れ始めた空気の振動が伝わってきた。
「ストップ! ストップ瑞希ちゃん、ここはお店の中! 落ち着いて、はい落ち着いて……、ハイ、ヒーヒーフー」
「那智、それって出産の呼吸法じゃね?」
「もう! 先輩たちが恥ずかしいことを言うから動揺しちゃったんです! それで地理歴史研究部って何してるんですか?」
拗ねながらも平静を取り戻す瑞希。しかし僕が思うに地理歴史研究部が何をしているかより、アンタの体質がどうなっているかの方が重大事ではないだろうか。
「んとね瑞希ちゃん、地理歴史研究部って言ってもね、今年から私と甚の二人しかいないんだよ。瑞希ちゃんも入りなよ、部の中身は超常現象研究会だから瑞希ちゃんにピッタリだよ」
ボーイッシュなショートカットを手櫛で整えながら、超常研に入れと那智が誘う。
「超常現象……研究会? でも地理歴史研究部なのにいいんですか? そんなことして」
自分自身が超常現象の割に、地味に普通のことを気にかける瑞希。
「ああ、それはいいんだよ。顧問の先生がそういう人だから」
「そうそう。あのね顧問の神楽坂先生っていうのがそっちの系の人だからね! 全然心配しないで瑞希ちゃん」
顧問の先生がそっち系という情報に、瑞希が少し怯えだす。
「あの……、そっち系っていうことはマッドサイエンティストとかで、超常現象を解明するためには人体実験とかしちゃう系ですか? わたし……それはちょっと……」
「さすがに……、そこまでは……、ねえ甚?」
「神楽坂先生はそんな人じゃないよ、君の体質にはビックリするだろうけどさ」
そうですか、それなら何とか……と残りのポテトを食べながら瑞希が考えている。
「それより瑞希、君のその不思議な体質は周囲のみんなは知ってるの? って言うか何歳くらいからそうなったの?」
僕の質問に、はぁ、と答えづらそうにしながらも、瑞希は自分のことをポツポツと話し始めてくれた。
「実は……、子供の頃からこんな体質だったらしいんですけど、強力になり始めたのがここ最近一年くらいで……」
ここで少しため息をつき、瑞希は話を続ける。
「わたし、お父さんとお母さんがいないんです。それで、お祖母ちゃんと暮らしてたんですけど、少し前にお祖母ちゃんが入院しちゃって……。だからもう一緒に暮らせそうにないからって、叔母さん夫婦の家に引き取られることになりました。それで急遽この高校を受験することになったんです。こっちには知ってる友達なんて全然いなくて……、だから、入学式から2日経ってもクラスで沈んでます」
超能力少女のあまりにブラックすぎる過去に、僕は那智と顔を見合わせた。
「ま、まあ、辛いこともあったんだろうけど、出会ったのもパンツ見たのも何かの縁だからさ、友達いないんだったら超常研に入りなよ」
「そうそう、瑞希ちゃん私よりおっぱい大きいのは悔しいけど、一緒に楽しもうよ」
僕たちの言葉に瑞希は、はい……ありがとうございます、と言いストローで紅茶を飲む。
「それから、さっき不思議に思ったんだけど、なんで今朝階段から落ちたのが俺だってわかったんだ? 岸本って名前どこで知ったの?」
「それは、すいません……。スポーツバッグのネームタグがKishimotoだったし、二年のバッジだったんで、それで職員室で聞いて謝りに行こうって……」
「へえ~、瑞希ちゃん瞬間的によく頭が回ったね。頭いいんだ、おっぱいも大きいし」
「胸は関係無いです! 胸は!」
普通なら怪我をした痕跡も無くなって、記憶すら定かでない相手に謝りに来るだろうか? この子はヘビーな過去を背負っても、自分に正直にまっすぐ生きているんだな、などと僕は思い、改めて明日も部室に誘ってみることにした。