第42話 『パンゲア』から来た男 その1
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連休明けから一週間が経った頃、神楽坂先生の言っていた『パンゲア』の彼こと、松浦氏が部室にやって来た。
年齢は先生と同じ27歳、細身の長身で整った顔立ち。神楽坂先生と並んで立っているとモデルの撮影か何かと間違いそうだ。
オカルト雑誌の関係者ということで、もっとマニアックな人物を想像していた僕たちは呆気にとられた。
「改めて紹介するわ、大学の同級生で一緒に超常現象を追っていた松浦康介君。今は『パンゲア』の仕事をしているのよ」
「神楽坂の友人で松浦です、よろしく」
爽やかに握手を求める松浦さんの所作には隙がない、イケメンに握手を求められた那智と瑞希は魅入られたように握手を交わしていた。
「神楽坂とは大学時代に一緒だったんだけどね、堅く先生になったコイツと違って、俺はアルバイトの延長でオカルトの記者なんかになっちゃったんだよ」
自嘲気味に笑う松浦さんを見ながら神楽坂先生は大げさにため息をつく。
「ハァ……、だってアナタ結局大学卒業してないでしょ、アルバイトとサークルだけで勉強してるところ全然見たことなかったし!」
「まあな、でもこうやって何とか生きてるからさ」
肩をすくめ笑顔で自分を指差す松浦さんは、ゆっくりと椅子に座り直した。
「さて、君が超能力を持ってるっていう女の子かな?」
長机を挟んで反対側に座った女子高生二人の中から松浦さんは那智を見た。
「ひっ、いっ、いえ違います……、あ、あの、こっちの三枝さんで……す」
何だかよくわからないけれど、イケメンに見つめられて口ごもる那智を見ると腹が立ってくる。
「えっと、わたしです。三枝瑞希といいます、よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をする瑞希は那智に比べて堂々とした受け応え、イケメンだからといって妙に緊張していないことに僕の心も落ち着く。
「ああそうなんだ、二人とも可愛いからさ、どっちかなって思ったんだよ」
「そ、そんな、可愛いだなんて……、えっと、可愛いって言われても……」
「ちょっと松浦くん! 教え子を引っ掛けなくていいから早く話を進めて! くれぐれも秘密は守ってよ!」
可愛いと言われてモジモジする那智と怒り出す神楽坂先生。僕は瑞希と顔を見合わせて二人で苦笑する。松浦さんは落ち着き払った様子で一つ咳払いをして話を進めた。
「じゃあ三枝さん、一応ざっとした話は神楽坂から聞いたんだけど、本当にいつ頃からそんな不思議な能力があったのかな? ああ心配しなくてもいいよ、記事になんてしないって約束だし、君たちの相談に乗るだけだから」
そうですか、それなら、と瑞希が意を決めて喋りだす。
「あの……、まあ子供の頃からヘンな能力はあったみたいなんですけど、強くなり始めたのはここ一年くらいで……」
瑞希の語る話は以前にも聞いていた内容と同じだった。違うのはこの一ヶ月で徐々に覚醒していった新しい能力の話。恥ずかしいだけじゃなくて、恐怖を感じたり感情が高ぶった時などにも能力が出始めたこと、衝撃波についても直線的に放出することがわかったことなどを付け加えていた。
「……そんな感じで、自分の意志でコントロールできる訳でもなくて、突発的に出ちゃうこともあったりして、こちらの岸本先輩には何度か怪我をさせてしまったんです」
話し終え、ふうっとため息をついた瑞希に神楽坂先生が付け加える。
「この前電話でも話したけど、この子の能力っていわゆるPKの一種かな? でも不思議なんだけど、この子の出す衝撃波って人間に当たっても空気の振動を感じるだけで素通りしちゃうのよ、オカシイと思わない?」
二人の説明を聞き終わった松浦さんは真顔になって腕を組み、しばらく考え込んでいた。
「三枝さん、話してくれてありがとう。このまえ神楽坂に聞いた時も、にわかには信じられなかったんだよ。そしてこうやって三枝さんから直接話を聞いてさえ全部本当だと信じられる訳でもないんだ。例えば、今ここで能力を出すことって出来るかな?」
百聞は一見に如かずと言う通り、実際に能力を見てみないと信じられない、そういう松浦さんの言葉には納得せざるをえなかった。何といっても最初に瑞希から話を聞いた時、僕も那智も、神楽坂先生でさえ笑って信用しなかったのだ。
「えっと、いますぐに超能力を出せと言われても……」
瑞希は黙って俯いてしまい、部室内には微妙な空気が流れる。十数秒の沈黙の後、那智と神楽坂先生が双子のように同時に叫んだ。
「そうよ! 三枝ちゃんがここでパンツを見せたらいいんだわ!」
「そうだ! 瑞希ちゃんがいまパンツを見せたらいいんだよ」
――那智……、先生……、アンタら完全に他人事になってるだろ。