第17話 イスズガワミズキ その1
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「でも不思議よねぇ、瑞希ちゃんの超能力ってどうなってんの? 恥ずかしいから爆発しちゃう、っていう前提が無くなったね!」
ポテトチップスをボリボリ食べながら、そんなことを那智が言う。怒られて10分も経たない間に復活するコイツも凄い。
講堂に戻った僕たちは先ほどのきもだめしの分析に入った。ここにきてようやく本来の合宿の趣旨に辿り着く。時間は午後8時前、今日一日何と時間の掛かったことか。
「那智先輩……、ごめんなさい。わたしも全然周りが見えて無くて、まさかこんなことになるなんて……」
一瞬しょぼくれた那智のことを思ってか、瑞希は自分も悪いと言っていた。
「瑞希、そんなこと言うからコイツはいつもイタズラするんだよ。那智は少し反省しろよな」
はーい、と口では言いながらも、相変わらず那智は半分寝転びながらポテチを食べジュースを飲んでいる。
「瑞希ちゃんの超能力ね、あれは今まで恥ずかしい時に発動してたのは偶々《たまたま》と言うか、一部分だけを見せていただけで、もしかしたら色んな感情の変化で発動しちゃうんじゃないかしら?」
妙に真剣な表情の神楽坂先生が至ってまともな考察を始めた。こういうところだけを選んでディレクターズ・カットをすると、才媛という言葉がこれほど似合う人もいない。
「先生、それって今まで偶然恥ずかしい時に発動してただけで、もしかするとこれから驚いたり、怒ったりしても発動しちゃうってこと?」
「端的に言えば、そういうことね」
いとも簡単に神楽坂先生は僕の質問に答える。
「でも……、それって、どんどん発動しちゃう危険が高まるっていうことですよね。わたし……どうしたら……」
先生の仮説に瑞希が落ち込んでいく。今まで恥ずかしいと思うところを何とかすれば良かったことに比べると、驚きや恐怖などどうしようも無い感情も多い。それをどうしたらいいかなんて、いまの瑞希にわかるはずもない。
「瑞希ちゃん! 私が言うのも変だけど、これが解ったのが肝だめしで良かったんじゃないかな? 例えば街中で突然驚くような出来事に遭って暴発しちゃったら目立つどころの騒ぎじゃないし、そこで冷静に時間なんて巻き戻せるかなあ……」
多少の自己弁護を含めても、那智は那智なりに瑞希を慰めていた。
「宮前の言うことも少しは意味はあるのよ。今までは恥ずかしいという感情がトリガーだということで考えていたんだけど、実はそうじゃないことが解った。これだけでも今回の合宿は成功ね、やっぱり合宿してよかったわね! それに――」
そういうのを結果論というのではないでしょうか、という言葉を僕は飲み込んで、神楽坂先生の次の言葉を待つ。
「更に言うとね、もしかすると超能力のトリガーって自分自身で制御できるかも知れない、って言う話にもつながる訳よね」
「えっと神楽坂先生、言ってる意味が分かりません。いろんな感情を無理やり制御するって言う意味ですか? 仮に出来たとしても、そんなロボットみたいな瑞希なんて見たくないですよ」
喜怒哀楽を表に出さないように訓練するなんて、そんな酷いことを考えたくはない。
「違う違う、何ていうか……、説明しにくいわね」
先生は頭を掻きながら言葉を探す、こんな真面目な神楽坂先生を見るのは実に久しぶりだ。
「また今度こういうのに詳しいヤツを連れてくるから、その時に話すわ……、それでいい、三枝さん?」
「瑞希でいいですよ!」
この一週間、何度か聞いたこの「瑞希って呼んでください」という台詞。
三枝と言うより瑞希と言った方が言いやすいのは確かだけれど、僕は少しそれが気になる。
「なあ瑞希、なんで三枝って言われるより瑞希の方がいいの?」
「そうそう! 私もそれ思ってたんだ! 何か理由あるの?」
興味深げに那智もこの話題に首を突っ込んできた。
「えっと……、その……、三枝っていう名字にまだ慣れて無くて、自分を呼ばれているような気がしないんです。それに以前から名字じゃなくて瑞希って呼ばれる方が多かったし……」
またしても出てきたブラックな身の上話に僕と那智は顔を見合わす。つまり叔母さん夫婦の家に引き取られた時点で養女になったということだろう。午前中に神楽坂先生が言っていた「複雑な家庭環境」という言葉を僕は思い出す。
「ふうん……、そっか瑞希ちゃんは元々違う名字だったんだね?」
自分のことでも無いのに那智も少し寂しそうに言っている。
「はい、少し珍しい名字だったんですよ。イスズガワ瑞希っていう名前でした」
「へっ?」
「なになに?」
「ごめん瑞希ちゃん、もう一回」
イスズガワ? 僕にはそう聞こえたけれど自信がない。みんなが一斉に尋ねたので瑞希はスマホで漢字に変換して僕たちに見せた。
「えっと、こういう字で五十鈴川瑞希です。これってどこまでが名字で、どこからが名前か分かりにくいですよね。イスズガワって発音もしにくいから、親しい人はみんな瑞希って呼んでました」
「へぇ、三枝っていう名字も珍しい口だけど、五十鈴川ってなかなか無いよね~」
スマホを覗き込みながら那智が言う。
「五十鈴川、か。うーん私、どこかで聞いたことあるんだわ……、この字面。なんだっけ……」
五十鈴川という名に引っかかるのか、神楽坂先生は顎に手を当て目を細めて考え込んでいる。
「先生、伊勢神宮を流れる川が五十鈴川なんで、聞いたことがある人も多いと思いますよ。ウチは伊勢とは何の関係も無かったらしいですけど」
「ああ……、それで聞いたのかな、そうかも知れないなあ……」
そうは言いながらも、神楽坂先生はしばらく何かの記憶を辿っていた。しかし思い出せなかったようで、思い過ごしかもね、と言い会話の輪に戻ってきたのだった。