第11話 超能力って合宿でなんとかなるんですか? その2
僕たちを乗せた真っ赤なスポーツカーは、早朝の街を抜け郊外のバイパスへと出てきた。出発の時はなんだかんだと文句を思いついたけれど、こうして車内で一緒に過ごせば楽しいものだ。
特に助手席の瑞希は他愛もない話に何度も笑って楽しげだった。そんな彼女は後ろから見ていても至って普通の女の子、まさか超能力少女だとは誰も思うまい。
隣の那智がボーイッシュな容姿であるのに比較すると、瑞希は大きな瞳でふわっとした印象。全然知らない高校に入って一週間、まだ友達もいないようだけれど、クラスの男子連中の中には一目惚れした奴もいるんじゃないかとさえ僕は思う。
「岸本先輩!」
そんな考え事をしている途中で瑞希が振り向いた。
「先輩、今日は両手に花どころじゃないですね! 他の男子生徒に嫉妬されますよ」
そんな冗談を言うほどにこの雰囲気に慣れたのかと思って、僕も冗談で返す。
「ああそうだな、大きい花が一つに小さい花がふたつ……」
言った瞬間になぜか隣から拳が飛んできて目から火花が散った。
「甚、いったい小さい花って、何の例え?」
「那智! 考えすぎだって、誰も胸の大きさなん……て」
ここまで言いかけた時、どういう訳か車がバイパスの路肩に停まった。不思議に思って運転席を見ると、神楽坂先生がサングラスを外して後ろを振り向く。まるで関西のヤ○ザのように。
「宮前……、構わん、やれ!」
「イエス! 高◯クリニック!」
なぜ高◯クリニックか分からないが、僕は那智にボコボコにグーで殴られる。
「やめろ! 違う、先生が大きい花で、お前らが小さい花だっつうの!」
「紛らわしい例えをするな!」
最後に後頭部をポカリと殴られ、僕への折檻は終わった。折檻が終わっても、なぜ高◯クリニックだったのか最後まで訳がわからなかった。前を向き直ると、助手席の瑞希はほっぺたを膨らませて必死に笑いをこらえている。元はと言えば余計なことを言ったコイツが悪い。
車は一時間半ほどドライブをして道の駅へと休憩に入った。今朝は集合時間が早かったため、ここで各自朝食を買う。イートインのスペースでパンやおにぎりを食べた後、僕たちは席替えローテーションの争いに入った。
「わたしは今まで助手席でしたから、次は後部座席でいいですよ! 先輩たちどちらかでジャンケンでもして下さい」
瑞希、キミはなんて出来た後輩なんだ! さっきはお前が悪いなんて思って済まなかった。などと僕が思っていると、すかさず那智が口を挟む。
「じゃあレディーファーストで、次は私で決まりだよね! 甚、文句ないでしょ!」
「いや那智、考えてみろ。俺とお前とどっちが身体がデカい? 比べるまでもなく俺が助手席に座るべきだろう」
「甚? わかってる? 身体の大きい人が前に座ってシートをずらしたりしたら、後ろの座席って凄く狭くなるでしょ、アンタそこまでして広く座りたい?」
僕も那智も、もう後ろに座りたくない一心で汚い言い合いをする。
「ああ、もう岸本も宮前もジャンケンで決めなさいよ! ジャンケンで!」
見かねた神楽坂先生が食後のコーヒーを飲みながら面倒くさそうに言った。
――いや、アンタの荷物が多すぎて後部座席が狭くなってるんだって……、バーベキューセットは百歩譲っても、合宿にビーチパラソルやレジャーチェアーは無いでしょう。
とまあ、そんなことを言っても始まらない。この車には貴族の座る席は残り一つで、奴隷の座る席が二つなのは変わらないのだ。
「じゃあ、ジャンケンで勝負ね……、甚、卑怯な真似しないでよ」
「おう、那智。そっちこそな!」
僕と那智は貴族席を巡る戦いに身を投じた。
「最初はグー!」
「ジャンケンっ」
♡ ♡ ♡
「うわ~、夏美先生! 前に座ったらこの車カッコイイ! いいですね~先生!」
那智は前の席で楽しそうに神楽坂先生と話している。そして僕は……相も変わらず奴隷席で荷物に埋もれていた。
「岸本先輩……、本当に狭いですね……」
隣の瑞希が苦笑を漏らす。
「だろ、ビーチパラソルとかレジャーチェアーのセットとか下ろすだけで、ここの荷物がトランクに積めるんだぜ」
「でもこういう感じって初めてで、凄くワクワクしてます! ホントに自分が合宿なんて行くんだなあって感じで!」
「俺だって、こんな訳のわからない合宿初めてだよ……」
僕と瑞希は顔を見合わせてクスクス笑いあった。
しばらく走ると、朝食をとったせいなのか、それとも朝が早かったせいなのか隣の瑞希がうたた寝を始めた。アームレストに肘をかけて頭を僕の肩に乗せて寝ている。
寝顔まで少し笑みを見せている瑞希を見て、ある意味普通ではない彼女のために何か出来ることを考えてみようなんて、――このとき柄にもなく僕は思ったのだった。