第1話 水玉パンツの超能力少女 その1
目の前に水玉模様のパンツが見えた。
僕は決して見たんじゃない、これは「見えた」というのが正解だ。
へえ、高校生にもなってこんな可愛い柄の水玉のパンツを履くんだな……、と僕はそのパンツからそっと視線を上げる。
制服のえんじ色のスカーフに負けず劣らず真っ赤になった、可愛い女の子の顔が見えてくる。
えんじ色のスカーフということは新一年生か。この階段は確かに高校への近道だけど、よく滑ってコケる人もいる。僕は過去にもこういうラッキーに遭遇したこともあった。
――ああ……、今日はいい日になりそうだな。
そう思った僕は、今しがた見たパンツと女の子の顔を心のメモリーにしっかりと保存した後、その彼女が落としたカバンを極めて紳士的に取ってあげようとした――と、その刹那。
空気が振動する衝撃波とともに、僕の目の前にあったはずの通学カバンが吹っ飛んできた。避ける間もなくカバンは僕の顔に当たり、――その勢いのまま、僕は階段を真っ逆さまに落ちてしまったのだった。
♡ ♡ ♡
「あはははっ、甚、アンタそれ本気で言ってんの? あの階段を下まで落ちたって? あの高さから落ちたのに怪我の一つもしてないって? バッカじゃないのアンタ!」
放課後、僕の前でゲラゲラと笑っているのは同級生の宮前那智。
「いや那智、ホントなんだって! 階段でコケた女の子のパンツが見えてラッキーって思ったら、カバンが急に飛んできてさ、バーンて顔に当たって俺はそのまま体ごと下まで落ちたんだって!」
「そうは言ってもアンタどこも怪我してないでしょ! 制服だって破れるどころか、全然汚れてないじゃない。そんなの信じろっていわれてもさあ」
いま僕たちがいる第二小会議室は、現在地理歴史研究部の部室として使用されている。
しかし昨年の三年生が抜けて以降その実態は、岸本甚こと僕と、目の前の宮前那智しか所属していない超常現象研究会のアジトになっていた。
「だから不思議なんだよ! 気がついた時には階段の下で寝てたの! そのパンツを見せてくれた新一年生もすっかり消えていなくなってたんだって」
「いやいやいや……、甚、いくらウチらが超常研だからって、ウソまでついて超常現象をでっち上げなくてもさあ」
那智は胡散臭そうな目を僕に向けながら、顔の前で手をヒラヒラとさせる。
「でっち上げじゃ無いって……、だいたいこんな事で俺がウソついてどうすんのさ?」
「じゃあアレじゃないの? アンタ、カバンが飛んできたって言ってたけど、本当は新入生の子に投げつけられたんじゃないの?」
「はぁ那智……、じゃあ階段から落ちて怪我が無かったことはどう説明がつくんだよ」
「それはアンタの記憶違いじゃない? ホントは階段の下からイヤラシい目的でパンツを覗いたんでしょ、そこにカバン投げつけられてガツンとヒットしたってこと。ああ……イヤだイヤだ! こんなエロ男と一緒なんてね」
蔑むような那智の視線。
「俺はラッキースケベは歓迎するけど、自分から覗いたりはしない!」
「まあまあ、そのコケてパンツを見せた新入生とやらの子でも、アンタが捜して見つけ出したら信じてやっても……」
那智がそう言い出した時だった、ガラガラッと部屋の引き戸が開く音がした。
音につられて部室の入り口を見てみると、誰かが入って来ようとしている様子。逆光の夕陽がまぶしくて最初はよく見えなかったけれど、制服を着た背格好から引き戸を開けたのが女子生徒であることは分かった。
「あの~、岸本先輩という方がここにいるって聞いたんですけど……」
その女子生徒はそんなことを言いながら部屋をのぞき込み、用心深く近づいてくる。逆光のまぶしさに目が慣れてくるつれて、僕の目にはその輪郭がハッキリとしてきた。
肩まで伸ばした髪と大きめの瞳、そして制服の胸元にはえんじ色のスカーフ。僕が見間違えることなく、それは今朝の新入生の子だった。
「あーー! 今朝の水玉パンツの!」
気づいた僕が何も考えずに声を上げる、その瞬間、あの空気が振動する感覚が襲ってきた。
「みっ、みっ、水玉パンツって言わないでくださいっ!」
一瞬で真っ赤になった彼女がそう叫ぶと、空気の振動が軽い衝撃波っぽいものに変わり、僕と那智が飲みかけていたペットボトルがコロンと倒れた。
那智は不思議そうな顔でペットボトルを立て直し、僕に話しかけてくる。
「甚……、この子なの? ラッキースケベを見せてくれた子って」
「うんそう、可愛い水玉パンツ見せてくれた子」
「だからっ! 可愛い水玉パンツとか言わないでください!」
水玉パンツの新入生がまた叫ぶ。せっかく元に戻した那智のペットボトルは再び衝撃波で倒れ、倒れたままだった僕のペットボトルは更にコロコロと転がっていく。
「ああ分かったよ、水玉ちゃん。で、俺が岸本だけど何か用?」
水玉ちゃんとかも言わないで……、とブツブツ呟きながら彼女は近づいて来る。
「あの……、今朝の階段のことで……わたしが迷惑をかけてスイマセンでした……」
ペコリと頭を下げる水玉ちゃんを見て、僕と那智は思わず顔を見合わせたのだった。